管理人が特撮・アニメ・ネット等について書いたり自作の漫画を公開したりする処でございます。或いは、管理人の日々の愚痴等を垂れ流す処。または、画力向上を図る処。もしくは、インターネットラジオの投稿を報告する処。非常に混沌としております。

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飛翔掘削

Author:飛翔掘削
冴えない漫画描き。
「人生は楽しみながら」をモットーに、日々思ったことなんかを記していければと思っております。
色々観たり読んだりしますが、主食は特撮怪獣映画。
最近は、漫画と特撮映画と『ストライクウィッチーズ』があれば生きていけそうな気がしています。
2015年1月、人生初の商業漫画が出ました。

更新頻度が低下しておりますが、最低週一回は更新していく予定です。していきたい。
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ゴジラという名の恐怖と幻想を体現した、まさに現代の怪獣映画 -『シン・ゴジラ』総括! 

平素より大変お世話になっております。当ブログ管理人の飛翔掘削であります。
そういった感じでございまして、哀しい出来事によって没になってしまった『シン・ゴジラ』についての原稿ではありますが、Twitter等でも「読んでみたい」という声がそこそこあったのもあり、ここにその原稿を公開するところであります。
ぶっちゃけた話、供養ですよ(笑)!

実際に執筆したのは昨年の秋の事なので若干手直し等もしてありますが(主に数字の面や、明らかな勘違い等)、ほぼそのまま掲載します。加筆したのはBD特典や「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」の内容についての追記くらいですかねぇ。
また、当ブログの『シン・ゴジラ』初見感想記事をベースにしているので、結構そこと被っている部分もありますね……。

本来は縦書きの本という形で掲載される筈だったモノを強引にブログ記事にしているので、色文字や文字の大小等は原則使用しておりませんし、加えて脚注欄として想定していた部分を()表記で記入している部分等も多々あり、ブログ記事としては多少読み辛い部分があるかも知れません。その点、ご了承していただきたく存じます……ッ!
代わりと言ってはアレですが、当ブログ内に上げた『シン・ゴジラ』関係のイラストなども貼ったりもしたいと思います(笑)。勿論、この原稿用に描いたイラストも貼りますぞい!

と、言った感じで、件の原稿は追記にて。
2万字超の長いヤツですが、楽しんで読んでいただければ幸いであります。



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ゴジラという名の恐怖と幻想を体現した、まさに現代の怪獣映画 -『シン・ゴジラ』総括!


 二〇一六年夏、最も熱かった映画は何か? そう訊かれると、筆者は一にも二にも置いて、こう答えます。
「『シン・ゴジラ』!」
 筆者は特撮怪獣映画ファンではありますが、正直なところこの『シン・ゴジラ』には色々と不安がありました。しかしながら蓋を開けてみれば大変満足出来る内容だった上に、世間的にも現時点で興行収入は八二億円を突破、動員数は五六〇万人を突破する大ヒット作品(※1 この動員数は平成のゴジラシリーズではトップ、昭和のゴジラシリーズを合わせてもベスト5に入る数字である。)と相成った訳でございます。いやぁ、本当に良かった!
 いまだ興奮冷め止まない中なのではありますが、本稿では、『シン・ゴジラ』公開前の特撮怪獣ファン界隈の一連の盛り上がりから、『シン・ゴジラ』本編とそれに付随する諸々のムーブメント、『シン・ゴジラ』の怪獣描写・特撮面という、概ね三部構成で『シン・ゴジラ』を総括してみようと思う次第であります。
宜しくお願い致します!

シン・ゴジラ!!


第一部――怪獣氷河期から『シン・ゴジラ』公開前夜まで――


◆怪獣氷河期と一二年間に及ぶ東宝ゴジラの不在
 大ヒットした『シン・ゴジラ』ではございますが、その陰には一二年間にも及ぶ長く哀しいゴジラシリーズの「休止期間」が存在する訳であります。
 二〇〇四年公開の『ゴジラ FINAL WARS』(※2 シリーズ五〇周年を記念した「ゴジラ最終作」と銘打たれた作品で、十四体もの怪獣が登場する東宝特撮映画の集大成とも言える作品だがバイクアクションや人間のアクションシーンも多く、良くも悪くも北村龍平監督の色が出た映画であった。特撮怪獣ファンの間で賛否が真っ二つに割れた問題作でもある。)は二〇億円もの製作費を注ぎ込んだ大作でしたが、興行収入は一二億円強という結果になり、正式にゴジラシリーズは終焉を迎えた(※3 いわゆる「ミレニアムシリーズ」に入ってからゴジラシリーズの興収は右肩下がりになっており、シリーズの終焉構想は前年の『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』で決定されてはいた。ただし、「終焉」とは言いながらも東宝的には「休止」というスタンスをとっており、『FINAL WARS』のパンフレットにもその旨の事が書かれていたりする。)んですね。東宝も『日本沈没』等の特撮(※4 「特撮」とはそもそもSFXとVFXの総称だが、今日ではヒーローや怪獣が登場する作品のジャンルを表す語にもなっている。)を駆使した災害パニック映画は制作しましたが、怪獣映画の制作は完全に休業状態となった訳であります。東宝以外の特撮怪獣映画事情に目を向けますと、二〇〇六年公開の『小さき勇者たち〜ガメラ〜』があった他は特撮怪獣映画も小規模興行のパロディ寄り(※5 『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』、『深海獣レイゴー』、『長髪大怪獣ゲハラ』、『デスカッパ』など。どれも愛すべき怪獣映画達ではあるが、『デスカッパ』を観た観客達の死んだ魚のような目が忘れられません。因みに、『デスカッパ』には庵野監督と樋口監督が出演している。)のものばかりになり、本格的な特撮怪獣映画は制作されなくなってしまいました。また、TV特撮界隈ではいわゆる『平成仮面ライダーシリーズ』が人気を博しており、いわゆる「イケメンヒーローブーム」なんかも訪れてはいたのですが、二〇〇六年に東宝の『超星神シリーズ』(※6 『超星神グランセイザー』、『幻星神ジャスティライザー』、『超星艦隊セイザーX』からなる、ヒーローが怪人やロボットや怪獣と戦う特撮ヒーローシリーズ。特技監督は、平成ゴジラVSシリーズの川北紘一監督。)が終了し、翌二〇〇七年に『ウルトラマンメビウス』が放送を終了するとウルトラのTVシリーズも休止状態になり、ここに完全なる「怪獣氷河期」が到来したのでありました。
 特撮怪獣ファンの筆者としては本当に哀しく苦しい時代であり、正直なところ「怪獣もの」というジャンルに飢えておりました。地方住まいだった為定期的に関東の映画館で催されていた往年の怪獣映画のリバイバル上映にも行けず、細々と刊行される怪獣関連書籍で飢えをしのぐ日々……。一方で「特撮」というジャンル界隈全体では「平成ライダー」が隆盛を極めており、ホビージャパンが刊行するSF・特撮ビジュアルマガジン「宇宙船」では、その主軸が怪獣ものからライダーや戦隊に移っていくのを複雑な思いで見たりもしていましたかね。いえ、筆者は平成ライダーも大好きなのではありますが!
 極めつけは学生時代のバイト先の雑談中にひょんなことからゴジラの話題になった際、相手から「えっ、ゴジラって特撮なんですか?」と言われてしまった事でありましょうか。渾身のストレートで殴られた気分なのではありましたが、同時に「嗚呼、怪獣が暴れていた時代は遠い過去のものになってしまい、特撮の主軸はライダーや戦隊に移ったのだなぁ」と実感したしきりであります。
その一方で、ハリウッドの方では『キング・コング』や『クローバーフィールド』等、モンスター映画・怪獣映画の大作が制作されており(※7 ハリウッドはハリウッドで、一九九八年公開の『GODZILLA』の失敗(興行的には成功でしたが)を引きずってなかなかモンスター映画が制作されないという状況だったりもしたのですが。)、後述の『パシフィック・リム』制作の下地となっていたりもする訳ですが。

 こうした日本の怪獣氷河期に雪解けの兆しが見えたのは、二〇一二年。東京都現代美術館で催された、「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」であります。この「特撮博物館」では、過去の怪獣映画、SF映画、戦争映画、ヒーロー作品、災害パニック映画等のSFX(※8 「Special Effects」の略。特殊効果とも言う。主に、撮影現場で用いられる特撮技術。着ぐるみ、ミニチュア、火薬、操演、ストップモーション、アニマトロニクス、特殊メイク等がこれにあたる。日本で「特撮」と言う場合、このSFXを指す場合が殆ど。)で用いられた様々なミニチュアや着ぐるみ等の展示と、短編映画『巨神兵東京に現わる』とそのメイキングを含めた上映展示によって、VFX(※9 「Visual Effects」の略。視覚効果とも言う。主に、撮影した映像の加工に用いられる特撮技術。CG、3DCG、デジタル合成、デジタル処理等がこれにあたる。これも特撮の範疇の筈なのに日本では「特撮」の仲間に入れられない事が多い。不公平だ!)の台頭によって失われつつある「アナログ特撮」への理解を深めてもらおうという企画でありました。
そしてこの年は、地球を舞台にした久方ぶりのウルトラ映画『ウルトラマンサーガ』が公開、更にはTV特撮でも巨大メカ戦に重点を置いたスーパー戦隊シリーズ第三六作『特命戦隊ゴーバスターズ』が放送を開始し、にわかに巨大特撮(※10 怪獣や巨大ロボ等を演出する特撮を「巨大特撮」と呼ぶ。本来怪獣ものが主軸だった特撮というジャンルに『仮面ライダー』等が参入した事で「等身大特撮」という概念が生まれ、差別化の為に「巨大特撮」という概念も生まれた訳である。)が復権を見せ始めた訳であります。いやぁ、あの一連の流れは熱かった! 諸々の書籍を読むに、業界内でも「このままでは従来の特撮が消えてしまう!」という危機感があったようでして、タイミング良くこの二〇一二年に様々な企画が噛み合って展開したという事のようです。
 そして翌年二〇一三年にはハリウッドからの黒船来航、『パシフィック・リム』(※11 巨大な人型ロボットと怪獣が殴り合う、極めて日本的な世界観のハリウッド大作映画。特撮怪獣ファンとロボットアニメファンを熱狂させた。監督は「Otaku Gaijin」を自称するギレルモ・デル・トロ監督。製作費は日本円にして約一八三億円だというのだから、ハリウッド資本は凄い……。)の登場と相成る訳でございますよ! 長かった怪獣氷河期を越えた先に海外からこのような特撮怪獣大作がやってきた事で日本の特撮怪獣ファン界隈は活気付き、そうしてその熱は翌二〇一四年公開の特撮怪獣映画『GODZILLA ゴジラ』で最高潮を迎えたのでありました。各種ゴジラ関連イベントに加え、一九五四年公開の『ゴジラ』のデジタルリマスター版が全国規模でリバイバル上映という形で公開するなど、東宝もかなり本腰を入れていましたしね。
 このギャレス・エドワーズ監督による『GODZILLA ゴジラ』は、一九九八年公開の『GODZILLA』(※12 ローランド・エメリッヒ監督による特撮怪獣映画。恐竜のような前傾姿勢とミサイル数十発で絶命するゴジラの姿は、日米のゴジラファンには受け入れられなかった。一方、ゴジラの元ネタのひとつでもある一九五三年公開の米映画『原子怪獣現わる』のリメイクとして観た場合、とても秀逸な作品となっていたりもする。ゴジラじゃ無ければなぁ……。)とは異なりゴジラが東宝のゴジラに準じる姿で登場し、怪獣王の風格を保ちながらスクリーンにゴジラが帰ってきたという記念碑的な映画でありました。長すぎる怪獣氷河期(※13 『FINAL WARS』から『シン・ゴジラ』までの休止期間以前のゴジラの休止期間としては、『メカゴジラの逆襲』から『ゴジラ(八四年版)』までの九年間が最長のものだった。こっちの休止期間の方でもウルトラやライダーが休止していたりで、こちらは「特撮氷河期」等と呼ばれている。)を抜けた先にこんな怪獣映画が待っていたなんて! 筆者など、ラストシーンでゴジラが海に帰っていくのを見て、思わず涙が溢れてしまった訳です。そりゃ『ゴジラ FINAL WARS』の時はまだ中学生だった筆者も『GODZILLA ゴジラ』の時には社会人になっちゃっていた訳ですので、色々と積もり積もった感情が爆発しちゃったんですわ……。まぁ、公開から暫く経った今では、色々と冷静になってこの作品を観る事が出来るようにもなったんですけどね。

 兎にも角にもそうして日本での興行収入が三二億円と『GODZILLA ゴジラ』が興行的な成功を見せたので、以前から東宝内で企画が進行されていたゴジラの復活プロジェクトが本格的に始動、二〇一六年の新作ゴジラの公開を目指して、総監督に庵野秀明、監督・特技監督(※14 特技監督は専門技術(=特殊撮影)を駆使して「現実ではありえない映像」ないし「実際に撮りづらい映像」を撮る為の役職であり、特撮の絡む場面の編集権や発言権も監督と同等に与えられる。映画によっては「特撮監督」や「特殊技術」等とクレジットされる事も。実質的な2人監督制である為、それを嫌う監督も少なく無い。)に樋口真嗣が据えられ、タイトルが『シン・ゴジラ』であると発表されたのが二〇一五年の暮れでありました。
 この二〇一五年には、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN(二部作)』(※15 世間ではアレな評判を受けている「実写版進撃の巨人」だが、精密に作りこまれた着ぐるみやミニチュア等のSFXとそれをVFXで加工していくという特撮の手法は目を見張るものがあった。「後篇」の中盤くらいから突然怪獣映画のノリになっちゃうのも個人的には好き。筆者も『進撃の巨人』の原作ファンではあるが、なかなかどうして憎めない映画でした。)と『ラブ&ピース』という二作の特撮怪獣映画も公開され、「怪獣」を主軸に据えたウルトラの新作TVシリーズ『ウルトラマンX』も制作されるなど、二〇一六年の「ゴジラ復活」に向けた空気が出来上がっていっていったのであります……!


◆「オタク・ドリーム街道」を突っ走っていった、庵野秀明監督たち
 そういった諸々の特撮怪獣界隈の諸事情がある中で公開した『シン・ゴジラ』でありましたが、冒頭で書いたように不安も大きかった訳であります。そもそもの話として、「総監督・庵野秀明」ですよ。庵野秀明監督と言えば、『新世紀エヴァンゲリオン』等のアニメ作品で知られる監督であります。筆者も庵野監督の作品は大好きなのですが、『シン・ゴジラ』の総監督をやるという発表があった時はひっくり返ってしまいました。「マジかよ!」と。
 しかしながら、庵野監督は学生時代から現GAINAX(※16 『新世紀エヴァンゲリオン』、『フリクリ』、『天元突破グレンラガン』、『放課後のプレアデス』等を制作しているアニメ会社。どの作品も大好きです。)の前身である同人映画制作集団「DAICON FILM」にて、『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』(※17 宇宙怪獣の殲滅に核攻撃を敢行しようとする怪獣攻撃隊MATとそれを阻止する為に戦うウルトラマン、というこの作品の構図は、『シン・ゴジラ』にも相通じるものがある。庵野監督が素顔でウルトラマンを演じている事でも有名。)や『八岐之大蛇の逆襲』(※18 侵略宇宙人の兵器・八岐之大蛇と国防軍の鳥取県米子市で繰り広げられる攻防を描いた、とてもユルいノリの自主制作特撮怪獣映画。ユルいと言っても、自然光をふんだんに用いた特撮は圧巻。特技監督は若き日の樋口真嗣。)といった自主制作特撮怪獣映画で監督や制作スタッフとして携わっておりました。商業監督になってからの初監督作『トップをねらえ!』やNHKにて放送された『ふしぎの海のナディア』では往年の東宝特撮映画へのパロディ・オマージュもふんだんに盛り込まれておりましたし、何と言っても社会現象にもなった『新世紀エヴァンゲリオン』は「ロボットアニメのフォーマットに置き換えたウルトラマン」と呼んでも差し支えの無い作品だった訳です。更には、先述の「特撮博物館」の館長を務めるほど特撮への造詣も深い。庵野監督のそういった諸々の経歴を鑑みるに、『シン・ゴジラ』の総監督に、まさにうってつけの人物だったという事が出来るのではないでしょうか。更には、監督・特技監督に樋口真嗣監督(※19 特撮怪獣ファンの間では伝説となっている平成ガメラ三部作の特技監督として、圧倒的な特撮怪獣演出を魅せた。)でしょう? もう、映像面に関しては全幅の信頼を置いても良いと、筆者は感じましたね。
 不安だったのは、やはりストーリーの面。まさかこのコンビでゴジラのアイデンティティーが崩壊するような映画になるとは考えられなかったのでそういった不安はありませんでしたが、しかし一二年ぶりの東宝ゴジラの復活でありますからどんなゴジラ映画になってしまうのかという不安は、正直なところ公開日まで拭えなかった訳です。だって庵野監督の近作が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(※20 いや、好きなんですけどね、『ヱヴァ:Q』。ポジティブ方向に振り切れていた『破』からの落差が物凄くて……。)なんですよ! そもそもちゃんとしたエンターテイメント作品になるのか、心配で心配で……。「現実対虚構」というキャッチコピーも、発表された段階では、「実はゴジラは日本人達が見ていた集団幻覚で、その実態は無かったのだ!」(※21 押井守監督がやりそう。)みたいなオチになるんじゃなかろうかとか、いらぬ心配をあれこれしまして(笑)。

 そうして不安になる一方で、庵野監督以下メインスタッフは概ね「DAICON FILM」でアニメや特撮映画を制作していた面々や、庵野・樋口両監督に縁の深い人達が集結しているという情報も入ってきていた訳であります。八〇年代の『愛國戦隊大日本』や『帰ってきたウルトラマン』、『八岐之大蛇の逆襲』といった自主制作映画を撮っていた人達が、遂に東宝でゴジラを撮ったのかと思うと、庵野監督は「オタク・ドリーム」街道を見事に突っ走ったのだなぁと、感慨深くもなったりして。……いや、筆者は八〇年代にはまだ生まれてすらいませんでしたが。


◆公開前のプロモーション展開
 さて、今回の『シン・ゴジラ』では、庵野監督繋がりでの「ゴジラ対エヴァンゲリオン」企画をはじめとして実に多種多様なコラボ企画が展開していっておりました。流石に、スマートフォンアプリ版の「スーパーロボット大戦」に「ゴジラ対エヴァンゲリオン」名義でゴジラが登場するという扱いは驚きましたが。
 そうして発表される様々な企業とのコラボ企画とそのポスター。手を上に向けたゴジラのポスターは何かを持たせるのにはピッタリでもあり、ハンバーガーや網戸に買い物袋など様々なモノを持たせるコラボポスターが続々と展開した為、今回のゴジラは禍々しい見た目である筈なのに、「どこか気さくでひょうきんなコワモテのおっちゃん」という、謎の印象を我々に与えてきたりもしました(笑)。
 一方、肝心の映画本編のプロモーションの方はやたらと本編内容を秘匿する方針が採られ、筆者らのような一部怪獣ファンをやきもきさせた訳であります。作品内容を秘匿するというのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』と同様の方針な訳でありますが、一般的な日本映画では異例中の異例とも言える措置だったのではないでしょうか。映画の予告編って大体本編の良いとこ取りという感じですので、『シン・ゴジラ』の音楽と短いカット割りの予告編は、筆者らのような特撮怪獣好きにとっては良いのですが、世間一般の非怪獣ファン層が観に行きたくなるような予告編とも思えなかったのもまた事実であり……。

 一二年間の休止期間は、確実にゴジラを「死んだコンテンツ」と化してしまっておりました。同じく休止期間にあったウルトラの方は、それでも過去作の再編集番組を展開したり、予算が無いながらも年に一度は劇場映画を公開したり、或いは「ウルトラ怪獣擬人化計画」といったオタク向けのコンテンツを展開する等、「忘れられない」為の策を打っていたので復活も段階的に進める事が出来た訳でありますが、ゴジラに関してはこの一二年間、メディアでの展開が殆ど無し。辛うじて、パチスロでゴジラのタイトルのものが出たり、二〇〇七年公開の映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』にて冒頭一瞬だけゴジラが登場して東京タワーを破壊する(※22 『三丁目の夕日』シリーズのVFXは、『シン・ゴジラ』と同じ白組。この「三丁目のゴジラ」を創った白組が、『シン・ゴジラ』でVFXを担当しているという事を考えると、実に感慨深い。チームは違うらしいんですけどね。)というのがあったくらいです。そうしたゴジラのコンテンツ力を鑑みるに、『シン・ゴジラ』に於けるプロモーションのやり方は、ちゃんと集客に結び付いてくれるのだろうかという不安が付きまとってしまったんですよね(※23 一九六二年公開の特撮怪獣映画『キングコング対ゴジラ』に「宣伝にやり過ぎは無い!」という台詞が出てくるのだが、『シン・ゴジラ』の公開前にはこの台詞を繰り返し復唱していた怪獣ファンも多かったとか少なかったとか。)。
 二〇一四年の『GODZILLA ゴジラ』の興収三二億円というのは「ハリウッドが制作したゴジラ」という興行ブーストがかかったものでもあった訳で、怪獣オタクが観に行っただけだと、『パシフィック・リム』と同等の十五億程度、二〇億円に届くかどうかという興収規模に収まってしまうのではなかろうかと、ヒヤヒヤしていた訳ですよ。ともすればせっかく復活したゴジラが再び眠りについてしまうんじゃなかろうか、と。今となっては完全な杞憂でしたけどね。
 「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」によると、「情報を秘匿しファンを不安にさせた上で作品内容によって全力で殴りにかかり、ファンが「凄い!」とSNS等で拡散させる事で話題が人を呼ぶような形にする為の戦略でもあった」という旨の事を庵野監督が言っており、筆者のようなボンクラ怪獣オタクはまんまと庵野監督の策略に乗っちゃった、とも言えるんですよね。でも、同時に「ファンの力を信じた」とも庵野監督は言っており、「嗚呼、俺達を信じてくれたのか、庵野!」という気分にもなったりで(笑)。
各種コラボも、『シン・ゴジラ』のプロモーション以上に、「ゴジラ」という存在の再認知に繋がったでしょうから、これから再度ゴジラシリーズを展開していく上での足掛かりにもなってくれているでしょう。

 ところで、『シン・ゴジラ』のプロモーションといえば、日本各地にゴジラの立像が出現・巡廻していたというのがあった訳ですが、アレを着ぐるみでやればもっと皆がゴジラと触れ合えて良かったんじゃないかなぁと思うんですよね。今回のゴジラは3DCGで表現されており着ぐるみは存在しない訳ですが、プロモーション用の着ぐるみを新造するのも一興だったのではないかと。各種プロモーションに登場していたゴジラの着ぐるみはミレニアムシリーズ期やVSシリーズ期に制作されたゴジラ達であり、長谷川博己ら出演陣と並ぶ「釈ゴジ」や「モゲゴジ」は、なんとなく場違い感もしまして……。また、古いゴジラの着ぐるみたちは、経年劣化によって大分くたびれているという事情もあり。
 まぁ、気にするのはどうせ筆者らのようなボンクラ怪獣オタクくらいだったんでしょうけれどもね(笑)。

ゴジラ対エヴァンゲリオン!


第二部――『シン・ゴジラ』本編と、それに付随する諸々のムーブメント――


◆緻密なシミュレーションに基づく物語展開
 さて、『シン・ゴジラ』の本編について語る段と相成りました。「本当に面白い日本映画をつくろう!」という庵野総監督の指揮で制作された『シン・ゴジラ』。
 そのあらすじは、以下の通りでございます。


 ある日(※24 本編を注意深く見ていくと、二〇一六年一一月三日という事になっているようだ。これは、一九五四年一一月三日が最初の『ゴジラ』の公開日であるという事に起因しているものと思われる。)、東京湾横断道路アクアライントンネルで原因不明の崩落事故が発生した。これを受け東京湾は全面封鎖、首相官邸では対策を講じる緊急化会議が開かれた。
 崩落事故の原因は局地的な地震ないし海底火山の噴火によるものだと推測され、それに準じた対策を立てて行こうという方向で会議は結論付けられようとしていたが、内閣官房副長官の矢口はネットにアップロードされた動画等を根拠とし、「今回の事件は海底に生息する巨大不明生物によるものではないか」と発言する。
 あまりに突拍子もない矢口のこの発言を閣僚達は一笑に付すのだが、その直後、海底から巨大な尻尾が出現し、否が応でも矢口の巨大不明生物説を信じざるを得ない状況となる。

 巨大不明生物は東京湾を移動し吞川を遡上、遂に蒲田に上陸した。近隣に多大な被害をもたらしながらも品川方面へ移動を開始する。白昼の首都東京はたちまち混乱の坩堝と化した!
 前代未聞の巨大不明生物出現に政府は緊急対策本部を設置、遂には害獣駆除の名目として自衛隊に出動の命令が下った……。

 これは、ゴジラという未曽有の災害に立ち向かう、日本人の物語である。



 この映画は政府関係者に中軸を置いた作品で、ゴジラ対策の会議とゴジラによる都市破壊を交互に挟むように物語が展開していく訳でありますが、なんと申しますか、その会議が本当に面白いんですよね! 会話劇でありながらテンポの良いカット割り、随時表示されるテロップ等、庵野演出がこれでもかというくらいに炸裂しており、巨大不明生物という未知の存在にてんやわんやする総理をはじめとした閣僚や官庁、自衛隊関係者の姿がコミカルテイストかつドキュメンタリータッチで描かれていく訳であります。本作の上映時間は二時間という尺でありますが、その間殆ど中だるみする事無く最初から最後までノンストップで魅せ切る、非常にエネルギッシュな作品であったという事が出来るでしょう。怪獣パートとドラマパートのバランス配分も絶妙でしたしね。そして、ドラマの背後にはいつもゴジラが存在しているという、ゴジラの存在感が素晴らしかったです。
 会話劇での映像の感覚としては一九七六年公開の市川崑監督の『犬神家の一族』を想起しましたし、ノンストップで物語が進行していって気付けば全編観終わっているという映画全体の感覚は、やはり一九六七年制作の岡本喜八監督による映画『日本のいちばん長い日』(※25 一九四五年八月一四日正午のポツダム宣言を受諾するという政府の決定から、翌一五日正午の玉音放送までの激動の二四時間を描いたノンフィクション映画。登場人物の役職や場所にテロップが付けられる部分など、『シン・ゴジラ』に強く影響を与えている。『トップをねらえ!』や『エヴァ』のヤシマ作戦等もこの作品のオマージュである。好きなんだなぁ、庵野監督。)を想起させられます。特に『シン・ゴジラ』では岡本喜八監督がゴジラの謎を解き明かして自らは海に消えた牧五郎教授の役(※26 写真出演。因みに、牧教授が乗っていた「グローリー丸」は、初代『ゴジラ』で最初に破壊される漁船「栄光丸」のオマージュ。登録番号「MJG15041」は、円谷プロ制作の特撮SF作品『マイティージャック』に登場するマイティ号の「全幅一五〇メートル・全高四一メートル」というスペックからか。牧五郎という名前は、同じく円谷プロ制作の『怪奇大作戦』の登場人物である牧史郎からっぽい。他にも、『シン・ゴジラ』には色々な特撮ネタが差し込まれていたりする。やっぱり好きなんだなぁ、庵野監督。)として登場する為、やはり今回の『シン・ゴジラ』は、『日本のいちばん長い日』にオマージュを込められた映画なのだなぁと、そう感じたところであります。

 前半の展開としては、あらゆる意味で「想定外」な巨大不明生物への対応に追われる政府の悲喜劇と、アメリカ経由でもたらされる巨大不明生物=ゴジラの情報、事後の対応といったあたりを中軸に据えた物語展開でありました。閣僚の面々が最初は割とのほほんとした感じだったのに事態が深刻化していく中でだんだんと余裕を無くしていくというのが非常に面白かったですね。あと、石原さとみ演じるアメリカ特使カヨコ・アン・パタースンによる「GODZILLA(ガッジーラ)」発言とか。ギャレゴジ(※27 『GODZILLA ゴジラ』のファンによる愛称。「ギャレス・エドワーズ監督のゴジラ」という事から来ている。ゴジラ映画の略称・愛称は、大体ゴジラの対戦相手から取られる場合と監督から取られる場合、公開年から取られる場合の三パターンに別れるのだが、映画に登場するゴジラ(の着ぐるみ)の愛称にもこの法則が当てはまるのだから、ややこしい。)に於ける渡辺謙の「We call him...ゴジラ!」の対になっている台詞だと感じました。
 しかしながら、混乱しながらも粛々と法的根拠に準じて、国民の安全を最優先としながらゴジラ対策を立案・決断・実行していく彼らの姿は、一九六一年公開の『世界大戦争』や一九七四年公開の『日本沈没』、一九八四年公開の『ゴジラ』といった往年の東宝特撮映画に登場する政治家達と同等かそれ以上に格好良く描かれておりました。現実の政治家の皆さんは、果たしてこういった事態になった時にこのように立ち回る事が出来るのか、ちょっと疑問ではあるんですけれども……。他方、パンフレットやスタッフインタビュー、そして実際の政治家の方々の『シン・ゴジラ』に対する反応を見ていくと、かなり現実に即したシミュレーションにもなっているようでありまして、実際にゴジラが出現しても、ちゃんと政府は対応してくれそうで、何よりでありますね!
 そして、政治家達が「格好良く描かれている」から言って別に「政治家賛美」という訳でも無く、実質的にはその政治家の下で働く官僚達による「プロジェクトX」的な物語となっており、「懸命に働く日本人たちへの賛歌」とも言うべき内容になっていたという事が出来るのではないでしょうか。出世に無縁な霞ヶ関のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児といった各官庁のはみ出し者達が集結してゴジラ対策に一致団結する展開もまた、岡本喜八監督の『独立愚連隊』的でもあり。
 よく、本作の評論として、「登場人物がきちんと描けていないのでは」というように言われる事も多いのですが、筆者は寧ろ逆で、演出的には「行間を読ませる」という方式だったように感じます。実力派俳優達の演技は、その登場人物の「それまでの人生」を感じさせるような深みが付与されておりまして、単なる「三百二十八人ものにぎやかしと話題作り」では無い、三百二十八人が必要だったのだという事が作品を持って裏打ちされておりました。登場人物が大量に出てくるのでいちいち名前までは覚えられないのですが、しかし役職や立ち位置と顔は一致するようにきちんとキャラクターが立っていたのが凄いところでしたね。もっとも、繰り返し見ていくうちに名前も覚えていくようになる訳ですが。


◆自衛隊 対 ゴジラ
 中盤の見せ場としては、何と言っても「タバ作戦」でありました。このタバ作戦に於ける自衛隊のゴジラ攻撃は、これまでの怪獣映画よりも現実に即した描写が為されておりました(※28 自衛隊の兵器が全弾命中している部分もポイント。これまでの怪獣映画では画的な見栄えとミニチュアワークの制限から、結構自衛隊の弾が外れているんですよね。現実的に考えれば、あんなに巨大な的を外してしまう筈が無い訳で。その点も『シン・ゴジラ』がこれまでの怪獣映画とは一線を画す点だろう。)。AH-64D攻撃ヘリや10式戦車や機動戦闘車による砲撃、99式自走榴弾砲やMLRSによる長距離砲撃、F-2戦闘機による爆撃、そしてタバ作戦後の、米軍のB-2ステルス爆撃機によるバンカーバスターの投下! このあたりの魅せ方は非常に秀逸に出来ておりまして、「自衛隊の出動が出来るかできないか」というところから見せて、段階的に威力の強い兵器にランクアップさせていき、「それでもゴジラが倒せない!」という絶望へ持って行く事に成功している訳であります。効果音も段階的に重厚なものになっていっておりまして、「音の面」からも、自衛隊の兵器の強さが演出されていた訳ですね。延いては、それを喰らっても倒れないゴジラの強さも……。
 自衛隊とゴジラの交戦は絵面的にも非常に格好良く中盤での見せ場だった訳ですが、一方筆者の脳内では碇ゲンドウが「ゴジラ相手に通常兵器では役に立たんよ」とか言い出したりもして(笑)。怪獣には通常の兵器が全く通用しないというのは、ある種常識になっている訳ですからね。考えてみると妙な話ですが。
 海軍好きの筆者としては、海上自衛隊とゴジラの戦い等も観たかった気はしますが、海中に潜伏するゴジラを索敵するたかなみ型護衛艦の姿や、都民の疎開に出動する護衛艦いずもと輸送艦おおすみが登場し、短いながらもきちんと「仕事しています!」とアピールしてきたので、良し、です(笑)。そもそもとして護衛艦は足が遅いので、ゴジラが出現してからの即応は困難であるという話もあり、実際に劇中でもそう言われていましたしね。

 しかしながら、自衛隊の攻撃も日本の同盟国である米軍の攻撃もゴジラに対して殆どダメージを与えられなかったというのは、現体制下での日本の敗北を意味している訳でもあり。「ニッポン対ゴジラ」という本作のキャッチコピーに対しては、ここで結論が出ている訳でありますね。閣僚達もここでゴジラの攻撃を受けて全滅(※29 正確には、外遊中だった里見農相含め数人の閣僚は生き残っている。映像ソフトの特典で誰が生き残ったのかが確認できるぞ!)してしまいますし……。

迫りくる虚構


◆ヤシオリ作戦!


 米軍の攻撃に反撃したゴジラは、エネルギーを使い果たして東京駅近郊で活動を停止。内閣の壊滅に伴って、東京を離れていて難を逃れた里見農相が繰り上がりで臨時の総理が就任したりする中、通常攻撃ではゴジラに大したダメージを与えられなかった事を受けて国連では熱核兵器使用によるゴジラ抹殺が承認され、東京はゴジラと核兵器の二重の危機に直面する事になる。
 一方矢口達巨災対では、牧教授の遺したゴジラの遺伝子データと全世界の研究機関の協力によってゴジラの活動を停止させる血液凝固促進剤を完成させ、核兵器発射の前にゴジラに対して血液凝固促進剤の経口投与を試みる事となる。「ヤシオリ作戦」と呼称されたこの作戦が、日本最後の希望となった……!



 後半の展開としましては、大体こんな感じですか。
 いやぁ、全世界の研究機関が協力とか、もう『地球防衛軍』や『宇宙大戦争』、『妖星ゴラス』といった往年の東宝特撮の「四海兄弟」の精神(※30 異星人が攻めてきたり、宇宙の彼方から地球の六〇〇〇倍もの質量を持った妖星が迫ってきたりという共通の困難に世界が瀕した時、互いに手を取り合って困難を解決しようじゃないかという考え方が、往年の東宝特撮には流れている。今からすればその精神性は眩しかったりするのだが、その魂は『パシフィック・リム』にも引き継がれており、そして『シン・ゴジラ』にも……。いやぁ、感慨深いですねぇ……!)じゃないっすか! まぁ、米国や欧州諸国が日本のゴジラ災害をどこか対岸の火事のように捉えている節があったり、中国やロシアといった極東近隣国が核攻撃を推進しているあたりは、非常に現実的な肌感覚だなぁと思ったり。また、経済的な損失も物凄い事になって日本のデフォルトにも繋がりかねないという事も示唆されておりました。台詞で軽く流されている感じですが。
 今回の『シン・ゴジラ』では、「もしゴジラが現代日本に出現したら!?」というシミュレーション映画であるという側面も多分にある訳ですが(※31 「怪獣が実際に出現したらどうなるか?」というのは、古くから怪獣オタクの間で論議されていた。一九八四年公開の『ゴジラ』では、「東西冷戦下の日本にゴジラが出現したら」というコンセプトで制作されたが、衛星兵器やレーザー兵器、スーパーXといった超兵器も登場し、徹底的なシミュレーションという訳にはいかなかった。「もしも怪獣が出現したら?」という議題については、九〇年代に展開した平成ガメラシリーズにてひとつの答えが出されたが、今回の『シン・ゴジラ』ではそれがアップデートされた形になる。一方でそれを「オタクっぽい」と嫌悪する向きも、少なからずあるようだ。)、前半では政府の対応や自衛隊の攻撃、後半ではゴジラに東京を蹂躙された後の日本と世界の対応が、シミュレートされている訳ですね。尤も、先述の通り「内閣総辞職ビーム」(※32 ファンの間で自然発生的に付けられた、内閣の面々をぶっ殺したゴジラの熱線。それにしても「内閣総辞職ビーム」って最初に言った奴、誰だよ。的確過ぎるわ!)で日本が敗北を喫した訳ですから、その後の展開はシミュレーションからフィクション側にシフトしていく訳であります。

 その「フィクション側」の最たるものが、最終決戦である「ヤシオリ作戦」(※33 日本神話に登場するヤマタノオロチ退治に使用されたヤシオリの酒に由来。部隊のコードネームが「アメノハバキリ1」などとつけられていたりするのもポイント。命名は矢口なのだが、「矢口プラン」と仮称されていたのが気に入らなかったったのでここぞとばかりに命名しちゃった感じが出ていて、非常に面白い。)であります。正攻法の攻撃では全く動じないゴジラに対して血液凝固促進剤を経口投与するという作戦であり、通常兵器で陽動、その後本命兵器でトドメ! というのは、やはり『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の「ヤシマ作戦」を彷彿とさせますが、もうこの東京駅決戦の奇想天外っぷりは素晴らしいですよ!
 米軍の無人機がゴジラの熱線と放射線流を引き受け、新幹線や山手線、京葉線、京浜東北線等の無人操縦による列車達が爆薬を積んでゴジラに突撃する「無人新幹線爆弾」と「無人在来線爆弾」(※34 新幹線が併走して突っ走ってくる構図は、一九七五年の映画『新幹線大爆破』を彷彿とさせられる。因みに、無駄に語呂が良い「無人在来線爆弾」は、一編成あたり五〇〇〇トン以上もの爆弾を積みこんでいる計算になる為、米軍がゴジラに対して使用したバンカーバスターの威力を遥かに上回っている。おバカな構図でありながら、その実はかなりえげつない爆弾なのだ……。)攻撃、ゴジラ周辺のビルに爆弾を仕掛けて倒壊させ、トドメにゴジラを固定させた後はタンクローリーとクレーン車による血液凝固剤の強制投与! 口から一気に流し込むのだ!! そして流れる「宇宙大戦争マーチ」(※35 曲名通り、一九五九年公開の特撮SF映画『宇宙大戦争』でクライマックスの侵略者・ナタール人との攻防で使用された楽曲。当時は映画を流しながらの録音であり、長時間の演奏に加え難易度の高いこの曲が来た為、トランペット奏者が酸欠を起こしたという。後年の再録の際は「人権問題に関わる」とされ、一ループ分しか収録が行われなかったりもする。色々な意味で凄い曲なのだが、特撮ファンの人気は非常に高い。ピアノは打楽器。)ッ!!!
 ……実際に観ている時は勢いに吞まれてしまって全く気にならず「やれ! いけーッ!」ってなっていたのですが、こうやって文字に起こすとなかなかシュールな画ですなぁ(笑)。しかし、その一見ギャグに見えかねない事を、大真面目に熱量を持って演出するというのは『トップをねらえ!』以来からの庵野演出の真骨頂でもある訳であります。「宇宙大戦争マーチ」も、作中の後が無い追い詰められたヤケクソ感とも相俟って良い効果を上げておりました。
 在来線やタンクローリーといった兵器でも何でもない「普通の車輌や列車」がゴジラに一矢報いているという構図は、なかなかにカタルシスがありますよ! ゴジラを倒すのは戦車でも戦闘機でもましてや超兵器でも無い。作業機械(※36 ゴジラに凝固剤の経口投与を行ったコンクリートポンプ車は、東日本大震災に於いて福島第一原発の燃料棒冷却の放水にも活用された。)と旅客列車、そして決して諦めない人の意思だったのであります。まるで意思を持っているかのようにゴジラに襲い掛かる無人在来線爆弾やビルなどは、さながらこれまでの六二年間ずっとゴジラや他の怪獣達によって破壊されてきた事に対する大逆襲のようにも見え……。
 しかしながら、血液凝固促進剤と言うと、思い出すのは『ゴジラVSスペースゴジラ』の「結城スペシャル」ですね。ほら、本作にも柄本明(※37 『VSスペースゴジラ』で柄本明は、親友をゴジラに殺されてゴジラへの復讐をしようとしていた対ゴジラ用ロボット兵器MOGERAのパイロット・結城を演じていた。「結城スペシャル」は、結城が作成した対ゴジラ用血液凝固剤である。)が出ているし!

 そうして、ゴジラは完全な抹殺とまでは行かなくとも活動を停止。体内の炉心に相当する器官に於ける冷却液の役割を持っていた血液を凝固させる事で暴走が起きる事を防ぐ為に、ゴジラ自らが自己冷却の手段を取るのではないかという憶測に基づいたある種のカケでもありましたが、矢口達はそのカケに勝ったのであります。兎にも角にも日本は広島、長崎に続く三発目の核兵器を浴びずに済むのでありました。ゴジラに破壊された東京を再建させるからにはちゃんと政治機構や都市開発も見直すぞという「スクラップアンドビルド」の精神というのは、どこかしら『妖星ゴラス』的な話でもあり。やっぱり『シン・ゴジラ』は往年の東宝特撮の魂を正当に受け継いでいますよ。
 オチとしては「ゴジラとの共存」というのが選択された訳でありまして、筆者はてっきり抹殺か全滅かというオチを想定していましたから、ちょっと驚いたところであります。しかしながら、怪獣(※38 本来は「妖怪」の概念に近い語だったが、一九五四年の『ゴジラ』以降は、映画に登場する巨大な怪物を指す語として定着した。現在の日本に於いて「怪獣」は単なる「巨大な生き物」としてでは無く、「人智を超越した神の如き生き物」という存在として描かれる事が多い。また、自然災害のメタファーとしてもよく用いられる。倒すには現代科学を超越した超兵器や巨大ヒーローのような怪獣と同等の力を持つ存在が必要不可欠であるとされる。……大怪獣バランのように爆弾を呑み込んで死んじゃったヤツも居るけど。)という、ゴジラという存在を見つめると、アレは荒ぶる自然神そのものでありますから災害大国日本としての感覚としては、非常に納得の出来るオチでありました。「抹殺」では無く「凍結」というのは、いかにも「荒ぶる神を鎮めました」という感じがするじゃないですか。
 そして、作戦が成功した瞬間に全員が溜息をつくというのも、なかなか日本人的だなぁと、感じたりもして。全編通して、非常に日本的な感覚で作られていたという印象がありますね。そういう意味でも「日本対ゴジラ」だったのかな、と。
 しかし、ヤマタノオロチの尻尾からは天叢雲剣が出てきた訳ですが、ゴジラの尻尾からは一体何が生まれたんですかね。新しいエネルギーの技術体系なのか、それとも……。


◆伊福部音楽の引用と往年のSE群――「音」にこだわりを見せる庵野監督――
 映画全体を通してはそういった感じだった訳ですが、ここでひとピックアップしておきたいのは、『シン・ゴジラ』の音楽・音響面についてであります。
 本作の劇判音楽は、基本的には『ふしぎの海のナディア』以降庵野監督と様々な作品でタッグを組んできた鷺巣詩郎(※39 作曲家・音楽プロデューサーとしての活動がよく知られるが、漫画家のうしおそうじ先生の息子であり、『マグマ大使』や『スペクトルマン』、『快傑ライオン丸』といった作品群を制作したアニメ&映画制作会社ピー・プロダクションの現職社長でもある。)氏によるものでしたが、要所要所で伊福部昭(※40 「和」、延いては「アジア」的な音を根底に敷いた力強い曲を多数発表した、北海道釧路出身の日本を代表する音楽家。クラシック音楽の他映画の劇判音楽も非常に多く担当しており、『ゴジラ』や『大魔神』をはじめとした特撮映画から『柳生武芸帳』や『座頭市シリーズ』といった時代劇映画、『つばめを動かす人たち』という鉄道ドキュメンタリー映画まで、音楽を担当した映画は三〇〇本以上にも及ぶ。いつか「日本狂詩曲」を生で聴きたい。)による往年のゴジラ映画、東宝特撮映画で使用されていた曲がバッチリ流れる訳であります。本編での使用曲目は、ゴジラが第二形態から第三形態へ変態する際にかかった「ゴジラ再上陸」、ゴジラが鎌倉に上陸した際に流れた「ゴジラ復活す」、引き続きゴジラが白昼堂々と進撃する際に流れる「ゴジラ登場」、そしてヤシオリ作戦にて無人新幹線爆弾が突入してくると同時に流れる「宇宙大戦争マーチ」の四曲。
  「ゴジラ再上陸」は、一九五四年公開の『ゴジラ』の劇判曲で、ゴジラが東京へ再上陸し、それからの東京蹂躙の幕開けとして流れるゴジラの不気味さを体現した曲なのですが、本作でも第二形態から第三形態へゴジラが変貌を遂げる時に流れる事で「これから始まる悪夢」を予見させるような使われ方がされておりました。
 「ゴジラ復活す」は、一九六二年公開の『キングコング対ゴジラ』にて、ゴジラが北極の氷山から出現し「某国の軍事基地(※41 基地から赤い星のマークが付いたシャーマン戦車が出てきて、ゴジラにやられる。東西どちらの陣営だったんだろう?)」を破壊するシーンで流れた曲でありますが、この『キングコング対ゴジラ』もまた『ゴジラの逆襲』から七年ぶりのゴジラの登場でしたので、まさに『シン・ゴジラ』にてゴジラが我々の知っている姿で登場するのに相応しい使われ方だったと言えるでしょう。
 「ゴジラ登場」は一九七五年公開の『メカゴジラの逆襲』にて、子供の声に応えるような形でゴジラが登場する際に流れる曲。我々の知る「ゴジラのテーマ」のあの旋律は、本来は「ゴジラに立ち向かう人間たちのテーマ」だった訳でありますが、一九五四年の『ゴジラ』のメインテーマとして使われていた関係上「ゴジラそのもののテーマ」として扱われる事が多くなり、そうした経緯もあって『メカゴジラの逆襲』で初めて伊福部昭自身が正真正銘の「怪獣・ゴジラのテーマ」としてアレンジを加えた曲が、この「ゴジラ登場」だった訳なんですね。この映画ではメカゴジラという機械の怪獣とゴジラが対峙するという構図だった為、より生物らしい怪獣の恐ろしさ、不安定さが強調されたアレンジとなっております。我々が見慣れた「いつものゴジラ」の姿となった第四形態の進撃を、「いつもの旋律」と「怪獣の持つ不気味さ」を両立させつつ引き立てる曲としては、これ以上に無い曲だったと思いますね。
「宇宙大戦争マーチ」は、脚注欄(※35)にて書いた通りです。追い詰められ、それでも諦めず、最後まで日本を見捨てずにやる矢口達巨災対の、日本人達のテーマとして、究極的にまでマッチした選曲だったと筆者は感じます。
 そしてエンドロールでは、さながら「伊福部怪獣音楽メドレー」とも言うべき選曲となっておりました。キャストのロールで「ゴジラに立ち向かう人間たちのテーマ」である「ゴジラ・タイトル」が流れ、メインスタッフのロールでゴジラとラドンという二大怪獣のテーマを組み込んだ「三大怪獣地球最大の決戦・メインタイトル」が流れ、B班、つまり特撮班のスタッフロールに切り替わった瞬間にゴジラ映画に於ける防衛隊のテーマの代名詞とも言うべき「怪獣大戦争マーチ」が流れ、自衛隊をはじめとした撮影協力等のロールで人類が一致団結して造り上げた英知の結晶・メカゴジラのテーマたる「ゴジラVSメカゴジラ・メインタイトル」が流れるというのは、非常に芸が細かかったです。庵野監督の事ですから、アレは絶対意図してやっているでしょう。
 こうした伊福部音楽を、再録では無く(※42 原典に極めて近い形の演奏で再録自体はしていたものの、本編では原典をそのまま使用という形に落ち着いた。)原典から引っ張ってきているのですから、もう東宝特撮映画のファンとしては溜まらなくなる訳ですよ……!

 また、効果音に対しても「東宝効果集団」による、往年の特撮映画等でよく使用されていた爆発音やビーム音が使用されているというのがこの『シン・ゴジラ』の特徴なのですが、よくよく聴いてみると、往年のSEが付けられているのって、ゴジラが歩いたり放射線流を放ったり、ゴジラに砲弾が当たって爆発したりした時のみで、その他のSEは普通に現代的なものが充てられているんですよね。詰まる所、「虚構」たるゴジラの性質を「音」の面からバックアップしていた演出方法だったという事が出来るのではないでしょうか。

 よくよく考えてみると、庵野監督は音楽やSE等、作品の「音」の部分にもかなりこだわりを持っている監督でもあるんですよね。『ふしぎの海のナディア』に於いてはN-ノーチラス号のエンジン音やら主砲発射音やらが『宇宙戦艦ヤマト』のヤマトのそれになっていたり、『新世紀エヴァンゲリオン』に於いては「ハレルヤ・コーラス」や「交響曲第九番」の使用、『彼氏彼女の事情』ではあらすじ部分での『鉄人28号』の「正太郎マーチ」の使用、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』では、『彼氏彼女の事情』や『ふしぎの海のナディア』からの流用・アレンジ曲や映画『太陽を盗んだ男』(※43 一九七九年公開の、冴えない中学校理科教師が原発からプルトニウムを盗み出し原爆を製造して日本政府を脅迫するが、しかしその脅迫に主義や主張というものは一切無く……という、時代を反映させた映画。樋口監督が本作の熱烈なファンなんだとか。タイトル案のひとつだった「日本対俺」は、『シン・ゴジラ』のキャッチコピーに少なからず影響していると考えられる。また、『シン・ゴジラ』の「ヤシオリ作戦」指揮所であった科学技術館屋上はこの作品のクライマックスシーンの舞台でもある。そして、紫色に光る『シン・ゴジラ』の放射線流は、この作品のプルトニウムのチェレンコフ光と殆ど同じ色をしている。『シン・ゴジラ』の石原さとみ演じるカヨコ・アン・パタースンが、本作に登場する池上季実子演じる沢井零子に外見・性格含めて非常によく似ていると思うのは筆者だけでは無い筈。)の劇判曲である「YAMASHITA」の使用に、「翼をください」や「今日の日はさようなら」といった歌謡曲の使用……等々、場面や演出意図にマッチングした曲の挿入という事には、昔から相当にこだわりが見られます。商業作品としては初監督作である『トップをねらえ!』の曲の指示からして、「アレに似た感じの曲を」というオーダーだったという話もあるくらいですからね(※44 尤も、あの作品の場合は「全場面オールパロディ」という企画意図もあった訳だが。)。
 今回の『シン・ゴジラ』ではそうしたこだわりが、効果音や伊福部音楽、そして『ヱヴァ』の「EM20」、「Quelconque 103」を使用する、という部分に炸裂したという事でありましょう。


◆作品の全体的なまとめ
 『シン・ゴジラ』では、先の東日本大震災を想起させられるシーンも、多々ありました。ゴジラの呑川遡上で溢れる水、ゴジラが去った後の無数の瓦礫、都内での放射線量上昇の報告、テレビで報じられる閣僚達の死、避難生活を送る人々……。直接的な一般市民の描写は無くとも、そうした断片的な映像によって、近年、現実で起きた様々な災害の記憶ともシンクロさせていくという感覚は、恐らくあの震災から五年という、二〇一六年だからこその映画だったとも言えると思います。かつて、戦後九年で制作された『ゴジラ』がそうであったように。また、Twitterやニコニコ生放送風の映像を挿入する事で、現実世界との地続き感が出ていたのも素晴らしかったですね。怪獣映画の醍醐味でもある、「現実を怪獣という圧倒的な虚構が浸食していく」という事を突き詰めた、まさに、「怪獣映画」の決定版であったということが出来るでしょう。
 緻密な考証でシミュレーションされた政府や自衛隊の動き、観客と作中世界の人物達とのシンクロもひっくるめて、まさしく「現代の日本」がこれでもかというくらいに、克明に描かれていた映画だったと思います。

 そんな感じで、全編通して大変満足出来た映画でございました!
 個人的に印象深かったのは、「この国で、好きな事をやる事は難しい」という台詞と、牧教授の遺した「私は好きにした。君らも好きにしろ」という言葉ですね。ある意味、この映画のテーマであり、庵野監督のメッセージでもあるのでしょう。いや、本当に庵野監督の「好き」が詰め込まれ、そうして纏まった大傑作だったと、筆者は思います。「俺も好きにやってみるか!」と、「明日から頑張るか!」という気分にさせてくれる、活力をくれる映画(※45 安野モヨコ先生の『監督不行届』の単行本の「庵野監督 カントクくんを語る」にて庵野監督は「『エヴァ』では視聴者に「明日への活力」を届ける事が出来なかった」という旨の事を言っていた訳だが、『シン・ゴジラ』では色々な人から「よし、明日からもまた頑張るぞい!」という旨の感想がバンバン出てきており、感慨深く、なります。)として、この『シン・ゴジラ』は仕上がっていましたよ!
 

◆予想外の大ヒットと、それに伴うムーブメント
 そうして大ヒットを迎えたこの『シンゴジラ』だった訳でありますが、動員数五六〇万人という、これほどまでに多くの人に届いた事によって予想だにしなかったムーブメントなんかも、結構起こった訳であります。
 特撮怪獣映画ファンとして一番驚いたのは、ファンの間で登場人物達、特に巨災対の面々が人気を博していたという点でしょうかね。イラスト投稿サイトには連日巨災対の面々の二次創作イラストやら漫画やらが投稿されたりもしており、大変な盛況となっていたのを見て、筆者は目を疑ったりもしまして(笑)。ここまで登場人物がクローズアップされた怪獣映画が、果たしてあったでしょうか(※46 『キングコング対ゴジラ』の多湖宣伝部長とか『宇宙大怪獣ドゴラ』の宗像博士とか、特撮怪獣映画ファンの間で語り草となっている印象深い登場人物達はいる訳ではあるけれども。)!? これは、先述のように「行間を読ませる」という演出方針が、「スキマ」を想像したがるオタク層にクリーンヒットしたが故の現象という事が出来そうな気がします。そういうの、皆好きですもんね!
 また、庵野監督の大学時代の同期生でもある漫画家・島本和彦先生のツイートを発端とした「発声可能上映」(※47 応援上映」や「絶叫上映」等作品によって様々な呼ばれ方をする、近年活発になってきた映画の上映中に発声してもOKというイベント上映。筆者は、まだ一般的では無かった頃にアニメ映画『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's 』で初めて体験しましたが、思えばあれから随分と遠くまで来たものじゃ……。今回の「『シン・ゴジラ』発声可能上映」にも行きましたが、あの一体感は溜まりませんでした……!)の展開も、大変な盛り上がりを見せました。
 そして、政界や批評論壇等にも話題は波及し、一大ムーブメントを起こすに至った訳であります。

 緻密な取材に裏打ちされた美術面や、人物・組織の描写等、ハード、ソフトにまたがったリアリティーの追及という事がヒットの要因、なんて言われてはいますが、詰まる所、「強大な怪獣が襲ってきて、それに対して皆が一致団結して倒す!」という、非常にシンプルな物語をテンポよく魅せ切ったという、作品自体の面白さが全てだったと思います。
 こうして『シン・ゴジラ』が「本当に面白い日本映画」として完成し、そして多くの人に作品が届いたからこそ、こうした盛り上がりを見せたのでありましょうなぁ……。
 このムーブメントにリアルタイムで立ち会えて、本当に良かったです。



第三部――「恐怖のゴジラ」と、特撮――


◆「進化」するゴジラ
 さて、本稿最後の部、怪獣描写と特撮面についてであります。
 今回のゴジラ、一言でいうと「滅茶苦茶怖かった!!」ですね。

 冒頭で登場して尻尾が見えて、背鰭も見えて、劇中で政府関係者が「なんなんだアレは!?」、「いや、上陸しない筈では!?」と慌てふためく中、筆者は「ふふふ、俺は知っているぞ。その怪獣はゴジラだ。じきに上陸してきますよ、総理!」等と心の中で思っていたのですが、いざ、ゴジラがその姿を現わすと、背鰭は我々の知っているゴジラではあっても、その身体はまるでハイギョのような姿で体色も白が基調。

すっかりマスコットと化した蒲田くん

なんなんだアレはッ!?

 筆者が全く知らないゴジラが、そこには居たのであります。これは非常に衝撃的でありましたよ。
 これまでのゴジラ映画に於いては、「ゴジラは最初から黒い体色の尾が長い直立二足歩行怪獣として登場する」というのが常識であり、これまでのゴジラ映画に登場したミニラやゴジラザウルス等のゴジラの幼体や変化前の個体というのはあくまでもゴジラが存在している事が前提としていた訳であります。しかし今回登場したハイギョのようなゴジラ第二形態(※48 通称、「蒲田くん」。気持ち悪さと可愛さが同居した蒲田くんは絶大な人気を誇り、『シン・ゴジラ』のマスコット的な立ち位置を確立している。)の登場は、六二年にも及ぶゴジラ映画の常識が崩れ去った瞬間でありました。「コイツは対戦相手の怪獣なのかな?」というのも無くは無かったのですが、筆者はあの背鰭と尻尾からゴジラと断定していたので、まさに慣れ親しんでいたゴジラが、「初めて見る怪獣」になってしまった瞬間でありました。この衝撃は非常に大きかったです。
 そうしてゴジラは陸上をしばらく這い回った後に第三形態(※49 通称、「品川くん」。蒲田くんに比べると人気は無い。ちょっと不憫な扱いを受けている気がしなくもない。)へと変態し、直立二足歩行をはじめます。劇中では「進化」と呼ばれていましたが、今回のゴジラは環境によって自らの姿を変える完全生物として登場したのであります。腕が小さいのも歯が不揃いなのも、急激な肉体の変化に起因するものだった訳でありますね。しかしながらその姿は、筋肉繊維が引き伸ばされて剥き出しになっているようで、更にはエラから血を吐くなど「完全生物」とされながらもその姿は痛々しく、どこか苦しげにも見えました。ヨタヨタと歩行していっている姿も苦しみから逃れたいような仕草にも見え……。
 その一方でこの第二・第三形態のゴジラは、あんなに不気味なナリでありながらもその仕草はどこかしら可愛らしくも見えるんですよね。特に第三形態は、たどたどしい歩みや放熱が追い付いておらず焦っているような仕草なんかがとてもかわいい。
一旦海に逃れて数日後鎌倉から再度上陸する際には、我々のよく知るゴジラのスタイルとなっておりました。この第四形態になっても相変わらず筋肉繊維が剥き出しになっている感じはありますが、皮膚も黒くなってクリクリとしていた大きな眼も小さくなり、そこから思考を伺う事は困難という、紛れもない怪獣にゴジラは姿を変えたのであります。

 今回のゴジラ(第四形態)で、特筆すべきは、「生物感」がかなり薄いデザインになっていたという点でありましょうか。デザイン的には、過去のゴジラ「らしさ」を引き継いではいるんですけどね。
 昨今の「怪獣」は「生物感」を強化する方向に向いていると筆者は感じているのですが、今回のゴジラはそれに逆行する考え方でデザインされていたように思います。かと言って「作り物」っぽくも無く、これまでのような「着ぐるみ感」は残しつつも、全く新しいゴジラ像の創造に成功していたように感じました。それはやはり、ありとあらゆる常識に縛られない「怪獣」という存在であるが故なのでしょう。

 そうして進撃を続けるゴジラですが、自衛隊の攻撃は一切受け付けず、米軍のバンカーバスターMOP2による爆撃を受けて流血するも即座に放射線流で対応。ダメージを受けても即座に対応できるように体を造り替えていくというのが、今回のゴジラの驚異的な部分であります。次々と変態して姿を変えて強くなっていく様は、ヘドラやデストロイアといったこれまでのゴジラ映画に登場した怪獣達とも相通じるものもあり。


◆神にも悪魔にもなれる存在
 さて、今回の「放射線流」と呼ばれている放射熱線は、これまでのゴジラの放射熱線と比較して非常に細いレーザー状のものになっており、色もこれまでの青白い色では無く、紫がかったものとなっておりました。また、放射線流放出の際は背鰭だけでなく発光している体表部分も紫色に輝くようになっておりました。放射線流自体も、まずは真っ赤な炎を吹き出し、後に細いレーザー状の熱線へと変化していくという段階を踏んでの放出。その際、ゴジラ自身も自分が熱線を吐けるとは思わなかったようなかわいらしい仕草を見せているのがポイントです。兎にも角にも今回のゴジラはこの放射熱線の威力がデタラメに強化されている上に、口からだけでは無く背中や尻尾からもバンバン撃っていくというなんでもアリな感じがして、もう……。
 ゴジラが東京を火の海に変えた(※50 ところで、ゴジラが放射線流を吐く直接の要因を作ったのは、米軍の攻撃である。東京を壊滅させたのは米軍の攻撃だったのだ、という穿った見方も、或いは成立するんですよね。)一連のシークエンスは、劇判曲「Who will know」とも相俟って、とても哀しく、そしてひたすらに美しい場面になっておりました。間違いなく、特撮怪獣映画史に残る名場面でありますよ! 崩れるビルを個々に映すのではなく、俯瞰視点で東京が火の海になっていくという絶望感と美しさが同居した、まるで悪夢を見ているかのようなシーンでもあり。
 圧倒的な放射熱線での攻撃もそうですが、環境に適応してどんどん自分の身体を変化させていく今回のゴジラに、初見時の筆者は本気で恐怖していた訳であります。こいつは本気でヤバい怪獣なのだ、と。ゴジラが我々の知らない「得体のしれない存在」になっているからこその恐怖というのも多分にあったと思います。
 何回も観た今でこそ、「品川くんかわいい」とか「いや、第四形態にも可愛いところはあるぞ!」とか、そんな呑気な事を言えるようになっただけで(笑)。しかしこのゴジラ、普通に歩いているだけで(※51 歩いているだけでも甚大な被害が出ているあたりが、流石ゴジラだなぁと思うところです。)、他は自衛隊や米軍の攻撃に応戦しているだけのようにも見え、本質的には割と温厚な性格のような気もします。

 ゴジラの出自については、海底に生き残っていた原始生命が放射性廃棄物を食べた事によって異形化していったという説明が為されており、これまでのゴジラ(※52 これまでのゴジラの出自は、「核実験によって安住の地を追われた恐竜の末裔」ないし「核実験によって突然変異した恐竜の末裔」等とされていた。)とは根本的に異なる出自設定となった訳でありますが、しかしそのエネルギー原理を応用して新しいエネルギー技術体系を作り出す事も出来るともされており、破壊の力にも人類の役に立つ技術にもなり得るというのは、やはりゴジラが原子力・核エネルギーのメタファーであるという精神性を完全に受け継いでおりましたね。
 そしてラストカットでは、ゴジラの尻尾に人間のような骨格が出現……。これはゴジラの生存本能が人間を模した方が効率が良いという結論に行きついたからなのか、それとも、牧教授がゴジラを「好きにした」結果だったのか。

立ち上がる虚構!!


◆ゴジラ映画のアイデンティティを崩壊させかねないゴジラ第五形態
 いわゆる「第五形態」と呼ばれるこの形態でありますが、人型の群体形態というこの形態にゴジラがなっていたらもはや人類に打つ手が無かったでしょう。しかし、コレを登場させたらもはやゴジラ映画とは呼べなくなってしまったというのもまたひとつにはあると思うんですよね。劇中的にもメタ的な意味でも、ゴジラの凍結に成功したというのは本当にギリギリだったと言えるのではないでしょうか(笑)。
 ここでこれまでの庵野作品を振り返ってみると、どうにも「人型」というのがひとつのキーワードになっているような気がするんですよね。
 『新世紀エヴァンゲリオン』に於いては、最後の使徒が人間そのものの姿をしており、同作の第二拾四話のビデオフォーマット版では、第一使徒アダムの魂を身に宿したカヲルくんが、同じく第二使徒リリスの魂を身に宿した綾波に対して「お互いにこの星で生きていく身体は、リリン(ヒト)と同じ形へと行き着いたか」なんて言っている訳ですから、この法則がつまりはゴジラにも適応されたと言えるのかも知れません。
 と、言いますか、庵野監督の考え方として、やっぱり「人類最強!」なんだと思うんですよ(笑)。正確には、「人類の生み出した英知(科学の力)が最強」と言うべきなのかも知れませんが。そして、それを凌駕するのは、やっぱり「光の巨人=ウルトラマン」なのでは? と、筆者にはそう思えてなりません。だから庵野作品に於いてはやはり人型の巨人が、最も強く恐ろしい存在なのであります(笑)。ゴジラが巨大なヒト型の群体になろうとしていた、というラストカットは、そういった庵野監督の作家性とゴジラ映画としてのアイデンティティのせめぎ合いであったりなかったり、するのかも知れません。


◆入魂のVFX!
 さてさて、最後に本作の特撮面についても少し見ておきましょう。
今回は本気で「どこまでが3DCGでどこからがミニチュアでどこからが実景なのか」というのがかなり分かりにくくなっていたように感じます。
 各種インタビューや映像ソフトの特典で発表されているメイキングを見ると、今回は3DCGとミニチュアワークの合成、実景合成を複合的に組み合わせて完成映像に持って行っているという事なのでありますが、相当数のカットが3DCGで表現されているようでありますね。タバ作戦時のヘリの飛行カットや、ヤシオリ作戦での東京駅周辺は実景合成では無く全て3DCGによって表現されていたり、実車の合成だと思っていた自衛隊の車輌が実は3DCGだったりする等、日本の3DCG技術、VFX技術もここまで来たのかと、脱帽する限りであります。流石は白組(※53 『永遠の0』や『GAMBA ガンバと仲間たち』で有名なアニメ・VFX制作会社。特撮界隈に於いては、『トミカヒーローシリーズ』にてTV作品とは思えないクオリティの高いVFXが話題となった。)!
 勿論、割と「ここはミニチュア撮影かな?」と感じる部分もあれば、「ちょっとゴジラさん、画面から浮きすぎですよ! もっと背景と色調合わせて!」というようなVFXカットもあり、まだまだ日本で「全編通して実物に見える巨大特撮」という道は長く遠いのかなという感じはしたのでありますが、一方では本気で本物にしか見えないビルの倒壊であるとか、崩れる建物の中で家具や机等が散乱するというミニチュア撮影による描写、そして地上から見たゴジラの姿が、本当にそこに存在しているかのように見える瞬間が頻繁にあるなど、カメラアングルやカット割りで魅せる特撮というのが本作の見どころであったと言う事が出来るのではないでしょうか。その辺りはやっぱり庵野&樋口監督による信頼と実績の画面構成力という事になるのでしょうね。勿論、そのイメージを完成まで持って行くスタッフの力も相当なものであるというのは言うまでもありません。
 また、『GODZILLA ゴジラ』同様、今回3DCGで表現されたゴジラ(※54 実際に作成された雛形造形物をスキャンして取り込み、更に細部を造りこんで完成した。)にはモーションキャプチャーが採用(※55 第三形態までは基本的に手付けのアニメーションで、第四形態から本格的にモーションキャプチャーが導入されている。)されており、能楽師で俳優の野村萬斎さんがゴジラの「中の人」となり、能や狂言の動きを応用して、「この世の者では無い怪獣・ゴジラ」の動作を表現しております。

 更には今回ゴジラが出ている部分の多くが昼間であったという点は、夜間や深海での戦闘や怪獣の破壊活動がメインであった『パシフィック・リム』や『GODZILLA ゴジラ』、『ラブ&ピース』とは好対照となっており、「暗さで特撮の粗を誤魔化す」という選択を使わなかったのは、潔かったと言えるのではないでしょうかね。実際に粗も殆ど目立ちませんでしたし。


◆リアルな表現を追求した特撮
 SFXの面では、第二形態によって破壊される木造家屋や、倒壊するビルの内部がミニチュアワークによって表現された他、瓦礫や爆発等の合成素材にもミニチュアワークが多用されているようです。ミニチュアのスケールは6分の1から4分の1という非常に大きなもの(※56 一般的な巨大特撮には、25分の1スケールや10分の1スケールのミニチュアがメインとして用いられる。大きいミニチュアになるとより造り込みが出来るようになるので本物に近い質感を再現できるが、取り扱いが難しくなるという難点もある。)が使用され、3DCGでは表現できない(※57 「3DCGでも表現出来ない訳では無いが、表現しようとすると手間やお金がかかる」と言った方が正しいか。)、生の存在感を発揮する事に成功しておりました。また、結局本編では使用されなかったものの、ゴジラ第四形態のアニマトロニクス(※58 撮影用のロボットのこと。今回は上半身のみ制作された。映像ソフトの特典のメイキングを見ると相当な迫力と実在感を感じたが、本編で使用されなかった最大の理由は、恐らく3DCGとの造形の乖離だろう。因みに、一九八四年公開の『ゴジラ』でも「サイボットゴジラ」と呼ばれるアニマトロニクスのゴジラが制作されたが、こちらも本編では殆ど使用されなかった。なにかそういうジンクスでもあるのだろうか。)も製作されています。
 ミニチュアや着ぐるみ、3DCG等といった表現手法にこだわり無く、求める映像を仕上げる為に様々な技術が使われるという『シン・ゴジラ』の特撮の方向性は、「特殊撮影」の本義に立ち返ったともいう事が出来るのではないでしょうか。

 部分部分では厳しいカットはありながらも、しかし部分部分では本物に見えるカットが入り混じって展開しており、まだまだ日本の特撮の未来を感じさせるものになっていたと、そう確信する次第であります。


◆おわりに
 そういった具合で、非常に良質の怪獣映画として、何より楽しい映画として完成していたこの『シン・ゴジラ』という作品。もう、庵野総監督以下、この映画に携わった全ての人に、「ありがとうございました! そして、お疲れ様でした!」と言いたいですね。今の日本でこれほどまでの怪獣映画を、ゴジラ映画を創ることが出来た。これはひとつの希望とも言えるのではないでしょうか。
 こうして、今まで怪獣映画やゴジラに興味が無かったという人達が老若男女を問わず『シン・ゴジラ』を語り合っているという現状が、心の底から嬉しいんですよねぇ……!
 本当に、夢のようです。



―――――――――――――――――――――

以上、ここまでが件の原稿の全てであります。
没になってしまったのは哀しい出来事でしたが、こうしてネット上に上げて不特定多数に読んでもらえるようになったのは結果オーライなのかな、と、前向きに考える事にしたいと思います(笑)。



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2017/05/15 20:50|特撮怪獣TB:0CM:0

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