管理人が特撮・アニメ・ネット等について書いたり自作の漫画を公開したりする処でございます。或いは、管理人の日々の愚痴等を垂れ流す処。または、画力向上を図る処。もしくは、インターネットラジオの投稿を報告する処。非常に混沌としております。

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飛翔掘削

Author:飛翔掘削
冴えない漫画描き。
「人生は楽しみながら」をモットーに、日々思ったことなんかを記していければと思っております。
色々観たり読んだりしますが、主食は特撮怪獣映画。
最近は、漫画と特撮映画と『ストライクウィッチーズ』があれば生きていけそうな気がしています。
2015年1月、人生初の商業漫画が出ました。

更新頻度が低下しておりますが、最低週一回は更新していく予定です。していきたい。
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「作品」と「作家の人格」は切り離して考えるべきじゃあ、ないかなぁ。 

作品と作家は切り離して考えるべきか否か」という話を、管理人はここ数年間くらい考えてきていた訳であります。

創作作品というモノは、当然の事ながら人間の手で創られるモノでございまして、その作品には大なり小なり作者の個性と言いますか、作者の主張やら考えやらやりたい事が詰め込まれている訳です。ですので、作品について考えたり考察したりというのは、突き詰めていけば作者について考えたり考察したりする、という事になっていく訳である、とも言えるんですよね。
体系化された創作作品研究なんかでは、「作家論」と「作品論」に分けて考えられていたりもする訳であります。
しかし、前者が「創造的行為を行う作家の人格や内面を突き詰めていこう」というモノであり、後者が「その作品単体から作品にブチ込まれている作家の主義主張、或いは意思や意図というモノを読み取ろう」というモノなんですよね。アプローチは異なるものの、結局のところは「作者ありきで考えるべし」というのが根底にある訳であります。
他にも、「作者は取り敢えず置いておいてその作品が生み出されるに至った社会の動きやら世界情勢やらを鑑みて、その作品にどのように反映されているか」というのを中軸に据えたアプローチ方法もあったりするのではありますけれども・・・。
まぁ、実際問題として我々がこうやって創作作品を愉しむ分に関しては、その愉しみ方は人それぞれであり「作者について考えろ!」とか「作品単体で考えろ!」とか言うような決まりは無いのでありますから、そんな事考えずに自由にやれば良い訳ですよ。飽くまで、趣味であり娯楽の一つでありますからね。
しかし、どうしてもそれについて考えたくなってしまうのがオタク的というか何というか・・・。性であり業ですね。

管理人個人と致しましては、「作品とは、本質的には作家では無くその作家が置かれた状況や社会が生み出すのだ」とかいうような考えに至りつつあるのではありますが、しかしその作品に対する作家の存在というのは非常に大きい訳であり、決して無視出来るレベルでは無いと考える次第であります。
その上では「作品と作家はどこまでの程度で切り離して考えるべきか」という新しい疑問が生まれてきた訳でありまして、ここ1、2年くらいは特にそういった事について色々と考えたりしておる訳でありますよ。
まぁ、「考えている」とは言いましても、以前描きました漫画『掛け値なしっ!』で登場人物の1人に言わせた「作者の人格と作品は切り離して考えるべし」というのに近い考え方から動いていないのではありますが。

拙作『掛け値なしっ!』より

そもそもどんな表現媒体であれ創作活動をやっている人間なんて、大なり小なり大抵は頭がオカシ・・・・世間一般からすると個性的な人が多い訳です。と、言いましても、しかし「作品同様やっぱりブッ飛んだ人だなぁ」という人から「こんな温和な人がどうやってあんな狂気に満ちた作品を創るんだッ!?」という人まで本当にまちまちなので一言で断じてしまうというのはアレなんですけれども。まぁ、逆に言えば「ネジがズレていないと創作活動など出来ない」訳であります。
しかし、別に尖っているから良い作品を創れる出来るとかそういう話でもありませんし、作者が尖った人だからといって作品そのものまで否定してしまうというのもおかしな話です。
ですので、「作品に込められた主義主張や意思」と「その作家の人格そのもの」は別々に切り離して考えるべきだと、管理人は思っておる訳であります。

しかししかし。
最近は様々な状況から、「作品と作者の人格を切り離して考える」というのが難しくなってきている訳でございますよ。
まぁ、早い話が現代の妖怪とも言うべきインターネットの仕業なのでありますが。

科学の発達に伴い、爆発的に普及した感のあるパソコン、インターネット環境。今日に於いては、簡単に個人が自分の考えやら主義主張を全世界に向けて、半永久的に残る場所で公開する事が出来る訳です。
・・・という話は何度も書いていますが、しかしこうやって具体的な文にするとインターネットって恐ろしいっすなぁ・・・。
このインターネットの恩恵は例外無く創作活動をしている人にも行き届いている訳でありますよって、現在に於いては「プロとアマチュアの境が曖昧になってきている」とさえ言われる程のショックを創作活動界隈に与えているのでございます。
そして、近年のSNSをはじめとした様々なインターネットコミュニティの爆発的とも言える普及に伴い、それまではどちらかといえば「雲の上の存在」であった創作活動者の「」が明確になってきつつあるんですよね。

インターネットコミュニティに於いては、発信者が書いた内容によっては、その人の思想や考え方、人格までもがある程度まで分かっちゃうんですよね。Twitterなんかに至っては、ある意味「自分実況」とも言える場所である訳ですので、その人のツイートを見れば「大体こういった生活を送ってるっぽい」というのが分かっちゃったりもする訳です。
創作活動を行っている人がそういったインターネットコミュニティで様々な「自分」を発信するようになった訳でありますので、受け手側としては「作品と作家の人格を切り離して考える」というのが否応なしに難しくなってきている、と言う事が出来る訳でございますよ。
その結果として、「あんなに良い作品だったのにこんな人だったとは・・・」と呆れてしまったり、延いては「前から好きだったけど、作者のせいでもうこの作品は嫌いになった」とかいうような人達が、現在に於いては多数出てきているみたいなんですよね。更には、作家の人格批判と作品批判がごちゃまぜにされて同一的に語られたりしているような現状もありますので、管理人としては「そうじゃねぇだろ、オイオイ・・・」という気分になったりする訳でして・・・。
そういった事を鑑みるに、尚更やっぱり「作品と作者の人格を切り離して考えるべきである」というように管理人は思ってしまうのであります。

・・・この話は「作品と作家」という話だけでは無く、「キャラクターと俳優・声優」とか「完成製品とそれを製作した技術者」とか「スポーツ選手の技術力とその人格」とか、色々な事にも言える事なんだとは思います。人格批判とその「成果物」に対しての批判が同一化されちゃってきているというような風潮がある様な無いような・・・。このご時勢、余裕の無い人が増えたからなのかも知れません。
作り手は作り手、成果物は成果物として切り離して考えるという事が求められる、そういう時代なのかも知れません。

時代なのかも知れません」とは言いつつもしかし、作者と作品を同元化して考えるも切り離して考えるも、結局のところは個々の自由でありそれぞれの愉しみ方でありますので、同調させようとしたり他人に強要するような事も無いんですが(笑)。
飽くまで、コレもひとつの考え方という事で。

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2014/06/20 18:16|混沌雑記TB:1CM:5

コメント


絵画でも小説でも漫画でも?「作者は作品以外では語らない」というのが古来の原則ですよね。作品だけを独立したものとして純粋に鑑賞するのを良しとする姿勢です。創作物というのは作者の手を離れた瞬間から作者にとっては「他者」なのですから、作者の意図と反するどんな感想であっても「間違い」ではないのです。芸術とはかように自由で、作品は作者のものではなくむしろ鑑賞者のものといえます。そして我々はまた、美しい作品を残した多くの文豪が精神を病んでいたり荒んだ生活をしていたことも知っています。
作者である以上、どんな作品でもその要素がすべて作者から出てきたものであるのは事実です。切り離して考えるのは事実上不可能ですが、好きな作品の作者のことを知ってますます夢中になるも、幻滅して嫌いになるも、それは鑑賞者側の勝手な問題でしょう。
矢端想 #1h4OZhZI|2014/06/21(土) 00:46 [ 編集 ]

ちなみに「人生は苦そのものであり、人間は芸術を鑑賞することを通して苦から解脱して生を終えるほかにない」という悲観主義哲学の代表者のひとりであるショーペンハウアーは、大学を半ば追放されたように野に下った後、ちょっとした遺産なんかも入っちゃって、信奉者に囲まれ、自分の本の売れ行きになみなみならぬ注意を払い、女を漁って、地元の名士として長生きしたそうであります。

世の中そういうものです(笑)
ポール・ブリッツ #0MyT0dLg|2014/06/22(日) 17:47 [ 編集 ]

>>矢端想さん
創ってしまったら、後は野となれ山となれ、受け手におまかせというのが基本でありますよね。

ただ、最近はなんだか、アニメでも漫画でも特撮でもですが、作者の、作品に関係の無い所での発言やら何やらが作品と結びつけて叩きの対象になっている、というような「場外乱闘」が起きたりしている訳ですから、それはどうなんだろうなぁ、と、思っており、こういった記事を書いた次第であります。
やっぱり創作者は黙して語らずを貫くべきなのかも知れません。
しかしそれは時代に逆行している、という指摘もあったりもしまして……。

受け手側にしろ創作者側にしろ、個々のスタンスに委ねられる話で、「コレ」というものが無い話ではありますけれども。


>>ポール・ブリッツさん
いつどんな時でも享楽的に過ごしていたいもんです……。

なして人は争わんばならんとですかッ!!(ヤケになっている)
飛翔掘削 #GpEwlVdw|2014/06/22(日) 19:07 [ 編集 ]

典型的なバカの発想
その人格がなければ全く別の作品になる事すら分からないのか…
匿名様 #-|2017/01/10(火) 14:25 [ 編集 ]

>>匿名様
あなたにバカ呼ばわりされる筋合いは無いと思います。
飛翔掘削 #GpEwlVdw|2017/01/30(月) 20:15 [ 編集 ]

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Asylum Piece|2014/06/21(土) 19:00

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