管理人が特撮・アニメ・ネット等について書いたり自作の漫画を公開したりする処でございます。或いは、管理人の日々の愚痴等を垂れ流す処。または、画力向上を図る処。もしくは、インターネットラジオの投稿を報告する処。非常に混沌としております。

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飛翔掘削

Author:飛翔掘削
冴えない漫画描き。
「人生は楽しみながら」をモットーに、日々思ったことなんかを記していければと思っております。
色々観たり読んだりしますが、主食は特撮怪獣映画。
最近は、漫画と特撮映画と『ストライクウィッチーズ』があれば生きていけそうな気がしています。
2015年1月、人生初の商業漫画が出ました。

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『EOE』以来の衝撃! 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』 

と、いう事でございまして、今月17日より絶賛公開中のアニメーション映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の2回目を観てまいりました!
いやはや、なんというか凄かったですね
個人的には『The End of Evangelion 』(いわゆる『旧劇場版』。以下、『EOE)を観て以来の衝撃でありました。管理人は初日に観に行ったのでございますが、あまりの衝撃に観てから約1日半の間ひたすら呆然としてしまいましたよ。いえ、大袈裟ではなく。
同時に、中学2年の時に『新世紀エヴァンゲリオン』に出会い、色々考え考察したりしていた頃と何も変わっておらず、「嗚呼、これがエヴァの呪縛、なのか・・・」と若干の自己嫌悪に陥る等・・・。
本来であれば『ヱヴァ:Q』の公開日には『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』の感想を書こうと思っていたのですが、あまりの衝撃で書けなかった訳でございます・・・。

いつかの記事で書きました通り、そもそも管理人は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズは、『新世紀エヴァンゲリオン』の、ある種同窓会的なモノである的観方をしていたのであります。
かつて思い悩んでいたシンジ君が自分の意志で行動を起こし、そして想いを実現させる物語になったのだなぁと感動しておったのであります。

エヴァ』は、大事な局面では、シンジ君が意思を持ってエヴァ初号機を動かして状況を変えて行ったのではなく、使徒を倒したり状況を変えて行ったのは、全て初号機、つまり母さん(碇ユイ)によるものだった訳です。
第12使徒レリエルが生み出したディラックの海から生還したのも、第14使徒ゼルエルを倒したのも初号機の暴走・覚醒行動によるものでありました。
エヴァ』の物語としては、「母は強し」なんですよね(そういう話ではありませんか(笑))。しかし、実際に人類が滅んでも、太陽が無くなってさえも尚エヴァの中で、たった一人生き続ける事を選んだ碇ユイは、本当に強い女性であります(自分勝手で迷惑な人などと言ってはいけません(笑)。しかしユイさんのせいでゲンドウは「ユイに会う」という目的を持って補完計画を遂行し、結果的にシンジ君が思い悩み世界が崩壊しちゃった訳ですから、迷惑と言ったら迷惑な人ではあります)。
そして、母に別れを告げ(守ってもらう」事をやめ)、自分自身で世界と向き合うのが『エヴァ』という、碇シンジの物語でありました。

それから翻って『ヱヴァ』ではどのようになったのか。
』では「自分の意志で」ポジトロンライフルを撃ち、第6の使徒を撃破。
』では、「動いてよ!」と頼むのではなく、「綾波を、返せッ!」と、まるで石川賢先生の漫画の如くグルグル目玉にさせて自らの意志でエヴァを動かし、そして綾波を助けたのであります。
ここでポイントとなるのが、「ミサトさんがシンジ君を全面的に応援している」という事なんですよね。『エヴァ』ではミサトさんは自分の事で精一杯であり、シンジ君をフォローする事は殆どありませんでした。しかし、『ヱヴァ』ではもう全面的にシンジ君をバックアップしているんですよね。
対第6使徒戦の直前にリリスの所にシンジ君を連れて行き、「辛いのは、あなただけでは無いわ」と語ったり、命日にシンジ君を母の墓前まで連れて行って父さんと会話する機会を与えたり。
その最たるものとしてはやはり、「行きなさい!シンジ君!!誰かの為じゃない、あなた自身の願いの為に!」という台詞でありましょう。もうこの台詞に『ヱヴァ』に於けるミサトの全てが詰まっていると言っても過言ではありません。
そういったミサトさんからのバックアップがあったからこそ、「シンジ君は願いをかなえる為に行動する」ようになったのでありましょう。
ついでにミサトさんへの恋愛感情も芽生えているようですし。

思えば『エヴァ』は、シンジ君が「何もしない」から凄惨な様になってしまった物語でありました。
勿論、シンジ君がTVシリーズ24話を経て「何もしない」事を選んだのは、「エヴァに乗ると状況がどんどん良くない方向へ転んでいく」からでありますが、しかし、最終的に「何もしない」事がゼーレの計画に利用され、最終的にサードインパクトを引き起こしてしまうという最悪の状況に繋がってしまった訳であります。
今回の『ヱヴァ』でも、同様に、アスカの乗った3号機が第9使徒に乗っ取られてしまった時、「人殺しになるよりは良い!」と戦う事を拒絶した結果、ダミーシステムが起動されてしまう事となり、3号機とアスカは「処理」されてしまう事となったのでありました。
そして、完全にエヴァに乗る事を拒否しますが、しかし、第10使徒が引き起こした惨状と零号機と綾波が第10使徒に捕食され取り込まれてしまうのを目の当たりにしたシンジ君は、自分の意志でエヴァに乗る事を再び決意するに至ったのでありました(まぁ、このあたりの展開は『エヴァ』をなぞったものなのではありますが、決定的に違うのは先述の通り、シンジ君が自らの意志でエヴァを動かし、綾波を救出したという点なのであります!)。

変わったのはミサトさんだけではありません。
エヴァ』ではゲンドウと肉体関係のあったリツコさんの設定は、『ヱヴァ』では書き換えられており、綾波に対する感情が変更されています。
そして、アスカも『エヴァ』から設定が書き換えられているキャラのようでありますね。

管理人はもう『エヴァ』を観返すたびにアスカが可哀想で仕方が無くなるのでありますよ。
エヴァに精神を取り込まれてしまった廃人となってしまい、人形を娘だと思って可愛がる母親。そんな姿を見るアスカ。そしてその母親は「アスカちゃん、一緒に死んで頂戴!」と、人形の首を切断し、首を吊る。その顔はとても安らかに見えた、と、語るアスカ。
そういった経緯から、「自分はエヴァに乗るしかない、エヴァに乗る事でしか他人からは認められない」という強迫観念に押しつぶされてしまうアスカ。
憧れだった加持さんは死んでしまい、心の奥底では好きだったシンジは自分を見ておらず、そして第15使徒アラエルからの精神汚染を受け、シンクロ率が低下し、エヴァを動かす事すらできなくなり、最終的に精神を病んでしまい、投薬処置を受けるアスカ。
エヴァの中に母親が居る事を感じ「偽りの復活」を果たすも、最終的にエヴァシリーズに完膚なきまでに敗れ去ってしまうアスカ。
管理人は彼女を見ていていつも思うのですよ「そんな強迫観念に囚われなくても良いんだ。君にだって自分の居場所はあるんだよ」と。

そこにくると『ヱヴァ』での設定変更は嬉しいものとなっていると言えますね。
今回は恐らく、母親絡みのトラウマは別のものに置き換わっているか、乗り越えたのか、もしくは無くなっていると思うんですよね(』を観るまでは、ひょっとしたら試験管ベビーとして生まれ、エヴァに乗る為のエリートとして教育され、両親は居ない、という設定なのでは?と、管理人は思っていたりしました。)。『』で登場した縫い痕のあるアスカの人形は、「今回のアスカは、母親のトラウマを克服したんだぞ!」という意味が込められていると、管理人は感じるのであります。
また、『エヴァ』の時は「自分はシンジの事を好きだ」という感情を無意識的に押さえつけて自分で気付く事も出来なかったのに対し、今回は自分の気持ちに物凄く素直になっているんですよね。綾波にライバル意識持っちゃったりして(笑)。
それでもアスカは綾波の気持ちを尊重して、一歩引くのでありました。
3号機に乗る直前のミサトさんとの電話越しでの会話シーンは、そうしたアスカの設定改変を感じさせるものでありました。
でも最近、他人と居るのもいいなって思う事もあったんだ」「そっか、私、笑えるんだ
しかし、その直後の(やっぱりやってきた)3号機の使徒化とその殲滅。アスカ派としては哀しい気分になった訳でありますが、しかし今回の『』での元気なアスカの活躍は嬉しかったのでございますよ。

変わったと言えば、綾波も変わりました。正確には、「変わったミサトさんによって変わったシンジ君によって変わった」というべきなのかも知れませんが。
シンジ君から渡された弁当を食べた綾波は食べる事、食事の楽しさを知り、その「食事」をもってしてシンジ君とゲンドウの仲を取り持とうと企画しました。
そして、対第10使徒戦では感謝の言葉である「ありがとう」を自然に言えるようになるに至るというようにまでなる、と。そして最終的に綾波はシンジ君の「綾波手を!・・・ 来い!」という言葉に呼応し、生きる事を選ぶのでありました。
命令を受け、行動するだけだった綾波が、自分の気持ちを持ち、自分を助けてくれたゲンドウの為に尽くそうとし、自分の為に泣いてくれたシンジとの触れ合いで徐々に変化して行く、という流れは『エヴァ』の展開通りですが、『ヱヴァ』ではその更に先の、「自分自身に価値を見出す」という行動をとった綾波は、『』でどうなるのだろうと思って止まなかったのであります

変化というと父さんこと碇ゲンドウもその一人でありましたね。
綾波から食事会の話を聞き断りかけるも、その姿と妻であるユイの姿がダブって見え、「分かった。行こう」と言ったり、食事会に向かう途中に3号機の事故の連絡を受けると形相を変えて狼狽したり、シンジ君に対して「大人になれ」と説教したりするなど、『エヴァ』に比べてかなり丸くなっているじゃないですか!
その最たる部分は、『』での対第9使徒戦。『エヴァ』でいうところの対第13使徒バルディエル戦でありますが、『エヴァ』ではダミーシステムが起動し3号機を解体する初号機を見てゲンドウはニヤついていたのでありますが、『ヱヴァ』では全くニヤけず、寧ろ若干哀しそうな目をしているというところでありますね。これを見て管理人は物凄く感慨深くなったのでありますよ。
エヴァ』では、エヴァに取り込まれたユイに再び会うというただそれだけの為にゼーレの人類補完計画を利用するというはた迷惑極まりないおっさんであり、「ユイ以外からは自分が愛されるとは思えない」と言い、「シンジを傷つけてしまうのであれば、自分は何もしない方が良い」と語ったゲンドウ。
はた迷惑ではありますが、しかし「愛する人に再び会う」というただそれだけの為にあらゆる犠牲を厭わないその姿は、(駄目なおっさんであるのは確かなんですけれども)格好良いと管理人は思えてしまうんですよね。加えて、不器用ではありましたが、しかし、息子であるシンジに対する愛情は確かにあったという事を鑑みると、目頭が熱くなります。
しかし、ひたむきであれ、根本は駄目なおっさんでありますからなぁ(笑)。その「駄目」なところに母性本能をくすぐられ、ユイはゲンドウと付き合い、「可愛い人」と評したのではないかと管理人は思うんですよね(笑)。
そんなゲンドウが『ヱヴァ』では丸くなっている。感慨深くもなりますよ。
・・・管理人はある意味では、『エヴァ』のキャラの中で一番好きなのはゲンドウなのかも知れません(笑)。

そう言う訳で、「『エヴァ』から変わった世界で変化を続ける碇シンジの物語」として、何よりも「庵野秀明監督の創る純然たるエンターテイメント」として、更には『エヴァ』との同窓会として、管理人はこの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズを観てきていたのでありますよ。
ところが、今回公開された『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、そんな管理人に真っ向から冷や水をぶっかけた、そういう作品だったのでございます。
これは、大変な事になってきたな」、と。

そう言う事でございまして、漸く長い前置きが終わりました。
以下、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』についての記述であります。

衝撃の展開でございました。

まずびっくりさせられたのは、「飛行戦艦ヴンダー」の存在です。
使徒っぽい何か(恐らく、ネルフかゼーレの使徒のテクノロジーを利用した兵器でありましょう。)と戦う為にふしぎの海のナディア』のΝ-ノーチラス号のテーマ(アレンジ)も高らかに飛び立つ飛行戦艦ヴンダー!!
飛行戦艦くらいは出て来るかも知れないと予想はしていましたが、まさかここに来て『ナディア』の曲とは思いもしませんでした。しかし、『』で『彼氏彼女の事情』の曲が数曲流れていた訳でありますから、考えられない事では無かったとも言えますね。
この調子だと『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』ではバスターマシン・マーチ』が流れても全く不思議ではありませんね!作曲家が違うのでそれはありませんか(笑)。
ブンダーに引っ張られて浮上している取り巻きの艦隊は、特撮の操演のピアノ線を彷彿とさせられましたね。

そして次に驚かされたのが、『』の舞台は『』から14年後だということ。
この発言まで管理人はてっきりシンジ君が並行世界かどこかに飛ばされてしまったのかな?と、思っていたものでありますから、この「14年後」というのはかなり衝撃的でありました。

更に驚かされたのは、『』の時に完全に防止されたかに見えた覚醒した初号機によるサードインパクトは実は完全に防止されておらず、「ニア・サードインパクト」と呼ばれる現象が引き起こっていおり、更に人類の殆どが消滅したサードインパクトのトリガーになっていたたという事。
もう管理人はこのあたりから頭の中に幾つもクエスチョンマークが浮かんでおり、まともに観る事は不可能となっていたのでありました。

その他にもトウジの妹は出て来るし綾波は3人目(と、勝手に思っていたのですが、『新劇場版』の世界では2人目なのかも知れませんし、或いは5人目、6人目なのかも知れません。アスカが「アヤナミタイプ」と言っていたので、ひょっとしたら『』の時代ではポピュラーなクローン人間なのかも知れませんね。)になっていたりするしシンジ君は冬月先生と将棋を指すしカヲル君は良い奴になって登場するもやっぱり爆死するしフォースインパクトは起こりかかるし・・・
もう何が何だか分かりませんでしたよ!!
管理人、完全にシンジ君にシンクロしてしまっていたのであります。

で、気付いたら映画が終わり、いつの間にか帰路についていたのでありました。

それから約1日半の間、『』の内容を反芻し、咀嚼するという作業を繰り返していたのであります。
なんというかまぁ、本当に『EOE』を初めて観た時と同じような感じになってしまったんですなぁ、管理人は。
まさに「エヴァの呪縛」を体現しているかのようですらありました。多分、管理人は一生引っ張られていくんでしょうなぁ、この作品には(苦笑)。

で、冷静に作品を噛み砕き、2回目を観た後の今、確実に言える事があります。
やっぱり庵野監督は『ヱヴァ』を純然たるエンターテイメント作品として完成させるつもりだ!
と。
』には確かに『EOE』並みの衝撃を受けたのですが、冷静になって観ると何の事はありません。『』もちゃんとエンターテイメントしているんです!
EOE』は庵野監督の「気分」によってああいった作品になった訳で、エンターテイメントでも何でもありません。
しかし、今回の『』は違います。いや、制作動機はあくまでも「気分」だったのかも知れませんが、明確に「エンターテイメント作品にする」という意思が感じられ、尚且つ「『EOE』を超える」という宣言もされていると管理人は感じたのですね。

今回の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、『』でのシンジの行いを否定する物語でありました。つまり、先述の「自分の意志で行動を起こし、そして想いを実現させる物語」の否定でありますな。
エヴァ』はシンジ君が何もしなかった事で大変な事にる物語」と先程書きましたが、『ヱヴァ:Q』は逆に、「シンジ君が何かしたら大変な事になってしまう物語」であった訳です。
今回はシンジ君が何をやっても悪い方へしか事態は転がりませんでした。
アヤナミレイ(仮称)に呼ばれてヴィレを離れるという行為がそもそもの全ての元凶であると言えますので、終始に渡ってシンジ君は「余計な事」しかしなかったと言える訳です。
しかしながら、誰が彼を責められるでしょうか。

綾波を助ける為に死力を尽くしたのに、目覚めたら14年後の浦島太郎。
見知らぬ人達は皆冷たい目を向けるし、ミサトさんもリツコさんといった知っている人達も風貌が変わって皆まるで知らない人であるかのような態度。
そして、眼帯はつけているが唯一見知った姿のアスカにも冷たく突き放されてしまう。
まともな説明もされず、「今は14年後だ」と言われ訳が分からないまま爆発機能付きの首輪をつけられてしまっては、ヴィレの人々なんか信用できる筈も無く、自分が助けた「碇君」と呼んでくれる綾波の方に行くのは当然と言えるでしょう。
14歳の少年がいきなりこんな目にあってしまったら、そりゃこうなりますわな。
しかし、連れて行かれた先のネルフでは、仲良くなったカヲル君から「世界をこんなどうしようもない姿にさせてしまったのは君だ」と現実を突き付けられ、それでも「綾波を救えたんだから、それで良いじゃないか」と思う事で精神の均衡を保とうとします。
しかししかし、冬月副指令からは母である碇ユイがエヴァ初号機に取り込まれた事と綾波レイがクローンであると教えられ、シンジが助けたと思っていた綾波は本当は助けていなかったと悟ってしまうのであります。
もうこうなったら信用できるのはカヲルしかいない訳で、そのカヲル君に「地下のリリスに刺さった2本の槍があれば世界を元に戻すことが出来る」と言われてしまっては、シンジ君はもうそれに縋るしかない訳ですが、しかし、やはりフォースインパクトのトリガーとなってしまいかけます。
シンジ君以外が頑張り、カヲル君も死に、もうシンジ君としては生きる意味を見失ってしまうのでありました・・・。

いやぁ、シンジ君をどん底に突き落としておりますなぁ!ここまでくるともう「見事」と言わざるを得ませんよ!
今回は多くの謎が提示されましたが、殆ど何も解決していません。しかし今回の場合、シンジ君にスムーズに感情移入させるには、観ている側をシンジ君と同じ目線に誘導するのが一番手っ取り早いですからね。
分かろうとする」ではなく、「分からない」が『ヱヴァ:Q』の正しい観方なのではないかと思います。
しかしまぁ、シンジ君がどん底に突き落とされるというのは、考えてみたら当然の成り行きでもあるんですけどね。
今回の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、『新世紀エヴァンゲリオン』に於ける第弐拾四話に該当する訳です。
』では対最強の使徒、綾波の消失、第3新東京市の潰滅、と、やりましたから、今回はもう「最後のシ者」を殺すしか無いんですよね。

エヴァ』第弐拾四話「最後のシ者」は、こんなお話でありました。

何もかも失って精神的にかなり参ってしまっているシンジの前に、不思議(というか、奇妙)な雰囲気を持つ少年「渚カヲル」が現れた。
暖かい雰囲気の彼にシンジ君は心を許すが、しかし彼の正体は最後の使徒・タブリスだった。
裏切られた」と激昂するシンジ君でありましたが、戦闘と葛藤の末、カヲル君を殺すという選択をとる。それは、カヲル君の願いでもあった。
「生き残るのは彼だったんだ」とシンジは言うが、ミサトは冷たく「生き残るのは生きる意志を持つ者だけよ」と言い捨てるのであった・・・。



ええ。直接『EOE』に続くお話である為、シンジの精神にトドメをさしにかかっているのが分かりますね。
その再構成の物語である『』も、それに倣ったお話になった、という事でございます。

』の終了時点からでは、シンジ君をどん底にまで突き落とす事は不可能であると言えます。
だって、アレですよ。ミサトさんが「行きなさい!シンジ君!」とバリバリフォローしちゃうんですよ!
加えて綾波は「ポカポカして欲しい」とか言っちゃってますし、アスカはシンジ君LOVEですし、友達にも恵まれていますし、どん底に落とすにはミサトさんが死ぬとか友達が皆死ぬとか、そういうのが無いと駄目なんですよね。
と、いう事で、物語の舞台を14年後に飛ばし、尚且つシンジ君のあずかり知らないところで世界を崩壊させ、ミサトさんらの反応を(表向きでは)冷淡にさせるという方法で、シンジ君の精神をどん底に突き落としたのでありますな。

これで漸く『EOE』直前のシンジ君の精神状態と似たような精神状態にさせたという事で、文字通り完結編である『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の「前準備」が整ったと言える訳でございますよ。
そもそも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズのひとつの目標として、「『EOE』を創りなおそう!」というのがあります。もっと言えば、「『エヴァンゲリオン』を『ガンダムシリーズ』のような、シリーズ展開が出来るようにしよう!」という思惑のもと、『ヱヴァ』は創られているんですよね。
そういう訳でありますので、『エヴァ』をシリーズ展開するのであれば、『EOE』をやり直すしかない。やり直すのであれば、それを超えなければならない訳であります。少なくとも、どうやら庵野監督はそのように思っていらっしゃるようであります。

シンジ君は『』で『EOE』直前のような精神状態に追い込まれてしまいました。しかし、希望はあります。
冷淡に振舞っていたミサトさんも、本心ではシンジ君の事を気にかけ、心配し続けていた訳でありますし、アスカは相変わらずシンジ君LOVEですし、アヤナミレイ(仮称)は、綾波ではないものの、この『』の物語の中で「命令されるだけの人形」ではなく、ちゃんとした自己意識を持って行動するようになった訳です。
そして、『』のラストは3人のチルドレン(新劇場版』ではこの表記は正しくありませんが、敢えてこう表記させていただきます。)が紅い荒野を歩いていくというカットで〆となっていました。この3人が大丈夫だったらなんとかなる。そんな感じが、するのであります。
そして、ミサトさんもまだ生きている。
希望は持てますよ!!
前回の完結編『EOE』は、ただただ閉じる物語でありましたが、今度の完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は開けた展開になるのではないかと思います。
タイトルも「ヱヴァンゲリヲン」から「エヴァンゲリオン」となっており、「エヴァンゲリオン」を超えるのは同じ「エヴァンゲリオン」だけだ!という庵野監督の宣言が聞こえてくるようでありますね(庵野監督はよく「○○を超えるのは××だけだ!」という言い回しの台詞を使うのですが、よく考えてみたら『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズでは一度も出てきていませんね)。


ってな感じでございまして、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』はこんな感じでありました。
次回『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が今から待ち遠しいのであります。

と、いう事でございまして、以下、『ヱヴァ:Q』からの考察をやりたいと思う次第です。「考察はエヴァの華」でありますから(笑)。

・・・と、思ったのでありますが、書いていったら思いの外長くなってしまってきましたので、明日以降、別の記事で書きたいと思います。
既に特撮博物館の記事よりも長い記事になっちゃってますからなぁ、この記事は(苦笑)。


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エヴァQ、感想を書こうとするとどうしても長くなるでありますのですよね
今回のQは何がなんだかわからなかったので次のシン・エヴァンゲリオン劇場版:||に期待をせざるを得ないでありますのです。
キングハナアルキ #SqN0A6sw|2012/11/25(日) 17:30 [ 編集 ]

>>キングハナアルキさん
単純に私の思い入れの問題でもあるんでしょうけどね(苦笑)。
今回に限っては何となくですが、「分からない」は「分からない」のままにしておいても良いと思うのです。

何にせよ全ては、完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が公開してから、なんでしょうね。
飛翔掘削 #GpEwlVdw|2012/11/25(日) 18:12 [ 編集 ]

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