管理人が特撮・アニメ・ネット等について書いたり自作の漫画を公開したりする処でございます。或いは、管理人の日々の愚痴等を垂れ流す処。または、画力向上を図る処。もしくは、インターネットラジオの投稿を報告する処。非常に混沌としております。

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飛翔掘削

Author:飛翔掘削
冴えない漫画描き。
「人生は楽しみながら」をモットーに、日々思ったことなんかを記していければと思っております。
色々観たり読んだりしますが、主食は特撮怪獣映画。
最近は、漫画と特撮映画と『ストライクウィッチーズ』があれば生きていけそうな気がしています。
2015年1月、人生初の商業漫画が出ました。

更新頻度が低下しておりますが、最低週一回は更新していく予定です。していきたい。
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これは、ひとりの女の子が自分の創作物に救済される作品なんです。 『SSSS.GRIDMAN』 

目を醒ませ! 僕らの世界が何者かに侵略さ! れ! て! る! ぞ!

……はい。2018年ももう終わろうとしておりますが、皆様に於かれましてはいかがお過ごしでしょうか。
個人的に今年は、TV作品・劇場作品を問わず「心に来るアニメ」と多く遭遇出来た年でもありまして、ひょっとしたら2018年はこれまでの人生で一番アニメの映像ソフトを買った年になっているかも知れません(笑)。そんな管理人の「心に来たアニメ」のうちの1作が、先日最終回を迎えました。ええ、そうです。90年代の円谷特撮をアニメ作品として現代に蘇らせた、あの作品でございます。この作品もBD全巻購入マラソン確定っすよ。
そういう訳で「感想は熱いうちに打て」という教えもあるので、本日はアニメ『SSSS.GRIDMAN』について少し書いてみたいと思います。宜しくお願い致します!

GRIDMAN.jpg

SSSS.GRIDMAN』は、2018年の10月から12月にかけて放送された作品であります。制作は『キルラキル』や『リトルウィッチアカデミア』等の制作でおなじみのTRIGGER。脚本は『ウルトラマンネクサス』、『ウルトラマンギンガ』といった平成ウルトラ作品でシリーズ構成を務めた長谷川圭一氏で、監督は『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』の監督を務めた雨宮哲監督であります。
本作の制作経緯としては、2014年から展開されている「日本アニメ(ーター)見本市」の「電光超人グリッドマン boys invent great hero」があり、雨宮監督が「日本アニメ(ーター)見本市」の企画とは別に円谷プロに「ウルトラのTVアニメシリーズとか、どうっすか?」と打診したところが発端となっているそうです。円谷的には現行でウルトラシリーズを展開している事もあり、「ウルトラは難しいが、『アンドロメロス』か『電光超人グリッドマン』のアニメ化ならヨシ!」という話になり、雨宮監督がリアルタイムで観ていたグリッドマンのアニメ化がここに決定したのでありました。

電光超人グリッドマン』は1993年に放送された、円谷プロ制作による特撮ヒーロー作品であります。現実世界では無く電子機器の内部である「コンピュータワールド」を舞台に怪獣とヒーローが戦いを繰り広げる全39話の物語でありました。3DCGの導入や現在で言うところの「フォームチェンジ」等、『グリッドマン』で試みられた様々な要素は、後の平成ウルトラシリーズにも活かされていく事になります。
グリッドマン』放送当時管理人はまだ3歳だったのでリアルタイム視聴はしていないと思うのですが、大学生の頃にレンタルで1回、今回の『SSSS.GRIDMAN』の放送前に配信サイトで1回、合計2回通して観ております。
いやぁこの作品、主人公側よりも悪役側に感情移入して観ちゃうんですよね(笑)。歪んだ性格を持った怪獣好きの少年・武史と、ハイパーワールドからやってきた魔王・カーンデジファー様のやりとりが面白いんですよ。悪役でありながらも割と良識人な武史と、武史の言い分を聞いて叱咤激励、時に言いなりビームで武史を洗脳しちゃうカーンデジファー様の構図は、誰が言ったか「悪いのび太とドラえもん」。しかし歪んだ性格の持ち主として描かれている武史の言い分にも共感する部分もあり、「頑張れ怪獣、グリッドマンをやっつけろ!」なんて応援しちゃったりもするんですよねぇ。嫌な事があったら誰しも大なり小なり「あんチキショーに復讐してやりたい」という気持ちを抱いたりするものですが、本作の武史は「怪獣を送り込む」という手段が取れる訳で、そこは純粋に羨ましい部分であります。管理人も「誰それに復讐したい」とまでは行かなくとも、通勤中とかに「嗚呼、今怪獣が出現したら仕事行かなくて済むなぁ」とか思ったりしますもん(笑)。俺のPCにもカーンデジファー様来ねえかなぁ……。
本編でも後半は主に武史側の物語が多くなってきて、最終的には武史の「歪んだ心」は救済され、カーンデジファーも撃ち滅ぼされるという話になり大団円を迎えるんですけど、カーンデジファーを倒すプログラムを組み込む時に武史が流す涙がですね……!
電光超人グリッドマン』は、主人公格の直人・ゆか・一平とハイパーエージェント・グリッドマンの活躍を描いた作品でありながら、武史の成長物語でもあったんですね。管理人はリアルタイム世代では無いのですが、リアルタイム世代の方々が大切な作品だと言うのも頷ける、そんな作品でありました。アシストウェポンと合体するグリッドマンも格好良いですしね!

そんな、『電光超人グリッドマン』を下敷きとしたアニメ『SSSS.GRIDMAN』。
放送前はまぁ、特撮怪獣・ヒーローファンの間ではそこそこ話題になっていましたがそこまで注目されている作品でもありませんでした。正直なところ管理人も、「20年以上も前の特撮ヒーロー作品のリメイクだからなぁ。一部で話題にはなるだろうけど、皆見向きもしないだろうなぁ。かなしい。」とか思っていたんですよね。
しかし、蓋を開けてみたら普段特撮ヒーローとか怪獣に興味の無い層まで届いた作品になっていました。評判も上々、映像ソフトの売り上げも好調。いやぁ、本当に良かったっす! ついでに、原典である『電光超人』の方にも目が向けられ、『SSSS.』の放送期間中に現実世界で起きたネットの不具合等が「カーンデジファーのせい」にさせられて武史とカーンデジファーのコントがインターネットミームと化すなどといった現象も起きていますし(笑)。良い感じで『電光超人グリッドマン』へも目が向いたのではないでしょうかね。
折しもこの10月から12月までの期間は、現行ウルトラ作品である『ウルトラマンR/B』の放送があり、また『怪獣娘(黒)~ウルトラ怪獣擬人化計画~』の公開、そして「ウルトラ怪獣バトルブリーダーズ」の配信開始(Android版。早くiOS版もリリースして欲しい!)等がありまして、TV・映画・ゲームと媒体を問わずに円谷コンテンツが展開した、まさに「円谷の秋」であったという事が出来るのかも知れません。
2018年円谷の秋に展開した『SSSS.GRIDMAN』、そのあらすじはこんな感じです。

ツツジ台に住む高校生の響裕太は、ある日クラスメイトの宝多六花の家の前で倒れる。目覚めた裕太は自分が記憶喪失になっていた。
戸惑い混乱しながらも日常生活に戻る裕太だったが、街に突如として正体不明の巨大生物・怪獣が出現する。
六花の家のジャンクショップに置かれた古いパソコンに宿る「ハイパーエージェント・グリッドマン」の導きによりグリッドマンと合体した裕太は、六花と友人である内海将のアシストもあり、怪獣の撃破に成功する。
だがこれは全ての始まりに過ぎなかった……。



全体を通しては、やはり原典である『電光超人グリッドマン』を踏襲する形で、裕太達「グリッドマン同盟」とグリッドマンの活躍を主軸に置きながらも怪獣を生み出す新条アカネちゃんの心の救済という部分にフォーカスをあてた作品であったという事が出来ると思いますが、まず管理人が言いたいのはコレですね。
怪獣アニメとしてのレベルが非常に高いッ!!!!

やっぱり第1話が完璧なんですよ。
完全に平穏無事な日常生活・学園生活を描いて、劇判も環境音以外一切無いし、登場人物達の日常に於ける掛け合いなんかも非常に「生っぽい」感じで「ああ、居るよね、こういう高校生」という気分にさせられます。絶対管理人のクラスにも居ましたよ、こういうクラスメイト(笑)!
そうした「何の変哲もない日常」をこれでもかというくらいに描いた後に、満を持しての怪獣出現。怪獣という存在は日常を浸食して破壊する存在でありますので、日常をきっちりと描く事で怪獣が一層際立った存在になるのであります。怪獣出現後は日常部分では一切流れなかった劇判曲を盛大に流す事によって「日常から切り離されてしまった」という感じをより強く印象付ける事になっています。そして戦いが終わって翌日、破壊された街が、学校が元通りになっているという引きになる訳ですから、もう次の話が気になって仕方が無くなる訳ですね。
アニメの1話目として、何よりも怪獣作品として、『SSSS.GRIDMAN』第1話「覚・醒」は本当に完成度が高い、完璧な回だったのです。まぁ、その後の話の展開は個々人で好き嫌いはあるかと思いますが、第1話放送時点では概ね絶賛だったという事からもその完成度の高さが認められるところであると思います。管理人はもうこの第1話の時点で『SSSS.GRIDMAN』が世に出た意味はあったとさえ思いましたもん(笑)! 
そうした日常部分での登場人物達の「生っぽい」感覚や演出は全編通して一貫しており、日常を際立たせる事で「日常の裏で戦うヒーロー」という原典の『電光超人』らしさを分解・再構築したモノにもなっていたと思います。

管理人はやはり原典である『電光超人』と同じく怪獣を生み出す側であるアカネちゃんに少なからず感情移入をして観ており、第2話からは「最終的にどうやってグリッドマンはアカネちゃんを救済するのだろうか」と固唾を飲んで見守っていた訳です(笑)。しかしながら作劇の展開的に仕方が無いとは言え、やっぱりグリッドマンの活躍によってどんどん追い詰められていくアカネちゃんを見てられなくなっていったんですよね。最初の方は「グリッドマンをいかにして倒すか」という事に愉しさを見出していたアカネちゃんも、何をどうやっても自らの創りだした怪獣ではグリッドマンに勝つことは出来ず、徐々に精神をすり減らされていってしまう。
特に管理人が心を痛めたのは第8話「対・立」です。「文化祭なんてぶっ潰せ」みたいに思っていたアカネちゃんが、「文化祭の出し物」として怪獣を出してグリッドマンに勝つというのを構想していたにも関わらず、グリッドマン側は怪獣の出現前に出てきた挙句、「アニメのロボのような姿」になってしまう。大した活躍も見せ場も無くフルパワーグリッドマンにふっとばされてしまうメカグールギラス。「そんなんに私の怪獣は負けないから!」というのが悲痛な叫び過ぎて、もう……!
いやぁ、主題歌を背負ったヒーローがこんなにも凶悪に見えてしまったのは管理人も初めての事でありましたよ……。アカネちゃんにとってツツジ台は、「自分にとって都合の良い箱庭遊び」の舞台だった訳でありますから、見ようによっては彼女の管理下で廻っていたツツジ台という世界は、外からやってきたグリッドマンという「侵略者」によってバランスが崩れていってしまったと見る事も出来るんですよね(笑)。回を追うごとに怪獣の活躍シーンに割り振られる尺が短くなっていっている事も、「アカネちゃんの世界の否定」を描いているように見えます。
ここで面白かったのが本放送時、アカネちゃんが追い詰められていくにつれて管理人を含めた怪獣好き達が大なり小なりダメージを負っていたというところですかね。特にオリジナル怪獣を創作している人達からの叫びが(笑)。アカネちゃんに感情移入するボンクラ怪獣オタク達を確実に殺すアニメ、それが『SSSS.GRIDMAN』だったんです!

さて、作品の構造として『SSSS.GRIDMAN』という作品は、「自分が制作した創作物に救われる話」でもあると思うんですよ。
アカネちゃんが現実世界でどういう状況に置かれていたのかは作中で明示されている訳ではありませんが、「都合の良い箱庭遊び」に逃避するまで追い詰められていたのではなかろうかと思うのです。アカネちゃんにとっての「怪獣」という存在とは、「爪弾き者の象徴」なんですよね。自分自身がそういった「爪弾き者」であるが故に、怪獣に自己を投影させ、「自分にとって都合の良い箱庭」を構成するうえで不必要な存在を消す存在として「怪獣」を使役していた、と。
そうしたアカネちゃんが抱える情動に惹かれて無限の命を持て余したアレクシス・ケリヴが「退屈しのぎ」にやってきて、それを逮捕する為にハイパーエージェント・グリッドマンの登場と相成る訳ですが、あくまでグリッドマンは「アレクシス・ケリヴを逮捕しに来た」のであり、アカネちゃんの救済に関してはグリッドマンは間接的な関わりに留まっており、実際にアカネちゃんを救ったのは六花と臥薪嘗胆怪獣アンチであったという事が出来る訳です。
作中に於いて六花は「自分を好きになってくれる友達」として創造され、アンチは「一緒に朝ごはんを食べてくれる怪獣」として創造されました。最終回でアンチは怪獣化したアカネちゃんを殻から引っ張り出し、六花は「私はずっとアカネと一緒にいたい。このお願いがどうか叶いませんように」と、エールを送った。
現実逃避したその先で、自分の生み出したモノ達に救われるという、「自分が創作した存在が創造主に寄り添う」というオチは、非常に「心に来た」訳であります。管理人が創作をしている者の端くれでもあるというのも大きいと思うのですが(笑)。
そして、アカネちゃんの単なる「現実逃避先の箱庭」だったツツジ台は、アカネちゃんの手を離れた後もひとつの世界として継続していくという結末でもあったので、模造された命も世界も生まれたからにはその後も生き続けるという、『SSSS.GRIDMAN』はそうした創作全般に対する高らかな賛歌でもあったように管理人は感じました。

グリッドマン

さて、『SSSS.GRIDMAN』は空想特撮ヒーロー作品『電光超人グリッドマン』のアニメ化作品でもある訳ですので、その観点からも少し見てみましょうか。
何と言っても魅力的なのは、怪獣とグリッドマンがぶつかり合う戦闘シーンであります。戦闘シーンは空想特撮ライクな画作りでありながらも、白い体色やスケール違い等の怪獣の造形や、ビルに刺さる車、戦闘に付随して揺れる電線など、実写特撮では表現不可能、或いはやり辛い表現が随所に見られました。この辺りは、アニメならではの表現と言えるのではないでしょうか。本作で3DCGを担当したのは『ガールズ&パンツァー』や『楽園追放 -Expelled from Paradise-』のグラフィニカですが、本当に素晴らしい仕事っぷりだったと思います。戦闘シーンはコマ送りして観ても色々な発見が多く、色々な意味で「楽しい戦闘シーン」を堪能する事が出来ました。
また、原典と同じくグリッドマンがアシストウェポンと合体・強化する演出では、「アニメらしい表現」が採用されており、「グリッドマンをアニメ化する」にあたっての最適解であったと管理人は思います。『電光超人』でのアシストウェポンとの合体自体が当時のロボットアニメの影響を多分に受けたモノでもありますので、『電光超人』と同じく90年代に展開した『勇者シリーズ』的な合体演出が採用されるというのは先祖帰り的な部分を感じなくもないですね。加えて言うとホラ、どっちもタカラ版権作品ですし(笑)。
SSSS.GRIDMAN』では全体的に90年代頃の様々なアニメ作品へのオマージュが盛り込まれた作品でもありましたが、25年ぶりのグリッドマンでもあるので、そうした演出はある種のノスタルジーを感じさせるという意図があったのかも知れません。それが鼻に付く、という意見もまぁあるとは思いますけどね……。
最終回では「本来の姿」を取り戻したグリッドマンが「全面手描き作画」で表現され、『電光超人』の主題歌である「夢のヒーロー」をバックに闘った訳でありますが、もうね、管理人はここで感涙した訳でございますよ(笑)。こんなの音楽の暴力ですやんか!! いやぁ、劇判の使い方と言い、ここぞという時の「夢のヒーロー」と言い、本作の音楽の使い方は素晴らしいとしか言いようが無いですね。
全面手描き作画というのも、今のアニメで「かつてのヒーロー・電光超人グリッドマン」を表現するのに3DCGとの対比というのもあって良い表現だったと思います。

最後に触れておきたいのが、本作の怪獣達についてですね。
アカネちゃんの尖兵となって暴れる怪獣達のデザインは西川伸司、丸山浩、山口修、板野一郎、前田真宏という方々が手掛けられているのですが、この人達、ウルトラ作品やゴジラ映画で怪獣等のデザインを手掛けられている、怪獣デザインの重鎮やトップランナーの皆さんなんですよね。放送前に幾人かのデザイナーが公開されていましたが、それを見た特撮怪獣ファン(管理人を含む)達が「ヤバい、この作品、本気だぞ」とザワついてましたし(笑)。
毎回毎回個性豊かな怪獣達が画面狭しと大暴れする怪獣アニメとしても、非常に楽しめた1クールでありました。
因みに、管理人が一番好きな『SSSS.GRIDMAN』の怪獣は、捲土重来怪獣メカグールギラスですね。上の方でも書きましたが、メカグールギラスは作劇上アカネちゃんの肝入りの怪獣として登場したにもかかわらず、大した活躍も見せ場も無く「瞬殺」されてしまうという、この作品の中で一番哀しみを背負った怪獣だったという事が出来ると思います。だから、好きなんです。萌えるんですよッ!! 純粋にデザインが好き、というのもありますが(笑)。

あと、怪獣面で言うならば、ツツジ台には唯一原典から引き続いて登場した怪獣である電子アニマル アノシラスとその2代目(因みに管理人は、登場キャラでは2代目アノシラスちゃんが一番好きです。友達になりたい……。)、そしてアンチ君の3体の怪獣が残るのみという所に至って「アカネちゃんの尖兵」という役割だった怪獣が、最終回で「そこに居る存在」に回帰してくれたというのも個人的には非常にポイントが高いですね。
いやぁ、グリッドマンの電光超人化、六花とアカネちゃんの離別、創作への賛歌、怪獣の「そこに居る存在」への回帰……といったのが詰め込まれていた最終回を観ながら、管理人は3回くらい死んだんですわ……(笑)。すごいさいしゅうかいだった。


いやはや12話・1クール分、本当に愉しめた作品でありましたよ、『SSSS.GRIDMAN』!
映像の面白さがあり、謎めいた世界観があり、キャラクター達の小気味良い掛け合いがある。『電光超人グリッドマン』のリメイクという以上に、1つのアニメ作品として最後まで楽しむことが出来ました。
あと、割と「語りたい」タイプの作品でもありましたよね、『SSSS.GRIDMAN』。普段滅多にネタバレが流れてこない管理人のTwitterのTLでも、放送直後にバンバンネタバレが流れてきましたよって、皆語りたいんだなぁと感じたしきりでありました。
本放送は終わりましたが、管理人の住む地域では年明けから再放送が始まるので、グリッドマンロスはまだ3ヶ月後っすね(笑)。
再放送以外でも、立体物の発売や様々なコラボ企画等の展開もあるとアナウンスが為されております。
SSSS.GRIDMAN』、今後の展開も期待したいところでありますなぁ……。


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2018/12/30 22:43|SFアニメTB:0CM:7

初のアニメシリーズとして再構築されたゴジラは、SF哲学怪獣論を展開する作品になっていた!  ~『GODZILLA』シリーズ総括~ 

去る2018年11月9日、アニメーション映画『GODZILLA 星を喰う者』が公開されました。これをもって2017年11月17日より約1年間に渡って展開してきたアニメーション映画シリーズ『GODZILLA』は、完結を見た訳でございます。
しかしながら本シリーズの評価としては見事に賛否両論真ッ二つに分かれており、「嗚呼、そうだよな。ここ最近のギャレゴジとシンゴジの絶賛の流れで完全に忘れてたけど、ゴジラ映画の新作が公開されると大体ファン界隈は大荒れするんだったよな……」という事を再認識するしきりだったりもします。

管理人個人としては、この『GODZILLA』シリーズは「面白い」とは感じていないのではありますが同時に「非常に興味深い」作品ではあり「好き」な作品でもある、という評価に落ち着くんですよね。
皮肉では無く本心から『GODZILLA』シリーズが好きなんですけれども、しかし作品評は結構厳しめになってしまうというなかなかどうして辛い感じにはなってしまうんです。が、しかしそれでも60余年続く「ゴジラ作品」の1ページとして1年間追いかけてきた作品でありますので、ここはブログ記事として書き記しておきたいと思います。
宜しく、お願い致します。

……因みに、当記事作成時点に於いて管理人は前日譚となる小説『怪獣黙示録』及び『プロジェクト・メカゴジラ』を、まだ読んでおりません。これは、『GODZILLA』シリーズを純粋に映像作品として愉しんだ上で作品全体を評価したかったからというのがある訳であります。なので当記事内の管理人の疑問が前日譚小説で明かされていたりする等の齟齬が生じている事も考えられる為、その点ご留意頂ければ幸いです。
当記事を作成し終わったら前日譚小説も読んでいこうと思います。こっちは本編と異なり特撮怪獣ファンからの評判も良いんで、純粋に楽しみでありますなぁ。

GODZILLA.jpg

GODZILLA』は、2017年から2018年にかけて公開された、アニメーション映画シリーズ作品。『怪獣惑星』、『決戦機動増殖都市』、『星を喰う者』の3部作構成で展開しました。企画自体は2014年に公開されたレジェンダリー制作の特撮怪獣映画『GODZILLA ゴジラ』の公開前から始まっており、2016年公開の特撮怪獣映画『シン・ゴジラ』よりも先発の企画であるとされています。
アニメーション制作はポリゴン・ピクチャアズ社で、静野孔文監督と瀬下寛之監督による2人体制。また、シリーズ構成には虚淵玄氏が迎えられております。いやぁ2013年放送の特撮ヒーロードラマ『仮面ライダー鎧武』の時も相当に驚きましたが、よもやゴジラ映画の脚本を虚淵さんがやる事になるなど、思いもよりませんでした。一世を風靡したエロゲライターが仮面ライダーやゴジラの脚本を手掛けるようになっているなど、10年前の自分に言っても「嘘乙」と返される事でしょう(笑)。世の中、どうなるか全く分かりませんなぁ……。

さて、本作最大の特徴は「史上初となる3DCGアニメーションで表現されたゴジラ映画である」という事でしょう。企画としても、従来のゴジラファンに向けての作品というよりは「ゴジラを見たことが無い若いアニメファン」をメインターゲットに据えているというアナウンスが東宝より為されておりました。
詰まる所管理人のようなボンクラ特撮怪獣ファンは、本シリーズのメインターゲットでは無いんですね。「自分はメインターゲットでは無い」とされるゴジラ映画を観に行くというのはそれはそれで哀しいものがあったのですが、同時に管理人はアニメファンでもありますので、「アニメーション映画シリーズとして再構成されたゴジラがどういった作品として完成しているのだろうか?」という、期待と不安を胸に、2017年11月17日の『怪獣惑星』公開日を迎えた訳でございます。まぁ、何だかんだ言っても管理人はこれまでのゴジラ映画は全て好きになっていた訳でありますので、今回も好きになるのだろうなぁという楽観的な感じで臨んだ訳ではあるのですが、しかし『怪獣惑星』を観て愕然としました。
駄目だ、これは俺の好きなゴジラじゃない……ッ!!
いやね、最終的に好きな作品にはなったんですが『怪獣惑星』で見せられた本シリーズの方向性は、管理人にとってはなかなかどうして厳しいものになっておりまして……。
誤解を恐れずに言うと、この『GODZILLA』シリーズは「怪獣映画では無かった」んです。

取り敢えず、何故そう感じたのかという話は後で書くとして、あらすじはこんな感じですかね。

1999年、アメリカ・ニューヨークに地球上で初めての怪獣が出現した。甚大な被害を出しながらも米軍はなんとか怪獣「カマキラス」の撃退に成功する。だが、この事件は始まりに過ぎなかった。これを境に怪獣は世界中に出現し、各地で甚大な被害をもたらし始めたのである。その中でも「ゴジラ」と呼ばれる怪獣はその他の怪獣とは比較にならないほど強大であり、人類はゴジラによって滅亡の危機に瀕してしまう。
時を同じくして「エクシフ」、そして「ビルサルド」という2種の異星人達が相次いで地球に襲来。母星を失った彼らは地球への移住への見返りとして、人類を凌駕するその科学力による怪獣の駆逐を約束。こうして人類・エクシフ・ビルサルドによる「地球連合」が発足した。
しかし、様々な作戦や超科学兵器が投入されたにも関わらず、それでもゴジラに勝つことは出来なかったのである。

最初の怪獣出現から半世紀が経過しようとする頃には、人類は7億人にまで減少していた。ゴジラに対してもはや打つ手なしとした地球連合は、系外惑星への移住計画を推し進める。
恒星間航行移民船「オラティオ号」がはくちょう座ケプラー425b星へ、そして同じく恒星間航行移民船「アラトラム号」がくじら座タウ恒星系e星へ、それぞれ出発した。ゴジラに勝てなかった人類は、エクシフ・ビルサルド同様の「宇宙の放浪者」となったのである……。

船内時間で出航から20年後、アラトラム号は目的地であるタウ恒星系e星に到着した。だが、e星は人類の生存に適した星では無かった。絶望する人類。長い旅で飢えと寒さに苛まれた人類に残された時間は少ない。
そうして、サカキ・ハルオ大尉が立案・公表したゴジラ撃滅作戦が支持を得た事もあり、アラトラム号上層部は超長距離亜空間航行によって地球へ帰還する事を決定する。
アラトラム号は地球への帰還を果たすが、地球では2万年もの時間が経過していた……。



怪獣惑星』の冒頭5分くらいで、人類がどのようにして怪獣軍団に敗北して宇宙の放浪者になったのかという事が描かれるのですが、その背景で流れるのがカマキラスやらダガーラやらオルガやらドゴラやらの新旧東宝特撮怪獣達が世界中を破壊している影絵なんですよね。特にカマキラスがポーズをキめながらニューヨークを火の海にしている図が本当に面白くて(笑)。しかも、エクシフとビルサルドなる二種の異星人が、完全にX星人とブラックホール第3惑星人なんですよ。シリアスで重苦しい雰囲気の中、「メカゴジラ、起動しませんッ!」という台詞が入るのが最高に面白過ぎるんですよね。
他にも、人類が使う可変式戦闘車両がどう見ても白いガンヘッドな上にそれがゴジラ撃滅作戦で大活躍するなどもあり、初見時に管理人は「ガンヘッド映画だこれ!!」と、妙に興奮したりもしましたし、移民船に乗れず地球に残された人類の末裔・フツアの民がどう見てもインファント島の住民で原典にもあった放射能の影響を低減させる「赤い汁」を再解釈して登場させたりするなど大小含めて本当に様々な「東宝特撮を知っているとニヤリとするネタ」がこれでもかというくらい作品随所に仕込まれていました。
また、「人類が去って2万年後の地球」という事で、舞台となるのが概ね樹木に囲まれている森林である事もあって、未知の植生や怪生物セルヴァムとの遭遇等の要素も、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』や『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』、或いは『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦! 南海の大怪獣』等の「南洋の島」で繰り広げられる怪獣映画っぽさがありましたね。そりゃモスラを神として崇めるフツアの民が出てくるってもんですよ。そう考えると冒頭で一番最初に登場するのが南洋の島の怪獣の代表格であるカマキラスなのも、「今回のゴジラは南洋の島系怪獣映画のテイストでいきますよ!」という宣言だったのかも知れません。
東宝特撮映画、しかも昭和期の作品を現代で再構築するとこうなるのかと感心したしきりでありました。いやぁ、満足満足!

東宝特撮的文脈でも色々と見どころはあるのですが、このシリーズのもう一つの特徴としてSFリテラシーが相当に高い作品となっている、という事が挙げられるかと思います。
まず2つの移民船が向かったはくちょう座ケプラー425bとタウ恒星系eは実在する天体であり、加えて地球型の生命が生存出来る可能性が高い「ハビタブルゾーン」内に位置する星でもある訳です。特にタウ恒星系eは地球からの相対距離が約11.9光年と、現在発見されている太陽系外惑星としては地球から最も近い「生命の居る可能性が高い星」であり、『宇宙戦艦ヤマト2199』で同じく人類の移住先候補として登場した実在の天体グリーゼ581d(地球からの相対距離約20光年)よりも近い位置にある星なんですよね。2007年に発見されたグリーゼ581dが『ヤマト2199』(2012年制作)に登場し、2012年に発見されたタウ恒星系eが『GODZILLA』(2017年制作)に登場した事を考えると、宇宙探索の進展を感じざるを得ません。
また、もう一方のはくちょう座ケプラー425bは地球からの相対距離が約1400光年ではありますが、現時点で発見されている太陽系外惑星の中で「最も地球とよく似た環境の天体である」と推測されている星であります。設定上オラティオ号はアラトラム号よりも多くの移民を乗せた上に冷凍睡眠装置も備えた上で出航したという事になっていますが、可能性の問題を考えるととても理にかなっているんですよね。
更には、アラトラム号が地球に帰還した際には2万年もの歳月が経過しているという描写ですが、これはもうSFでは定番の「ウラシマ効果」でございますよ! 劇中の台詞をよくよく聞いてみると、本作でのワープ航行にはどうやらブラックホールを使ったワームホール式の亜空間航行技術が使われているらしい事が分かりますので、ワープ航行を行うとそれだけで時間が消費されるようなんですよね。しかも跳躍距離が長ければ長いほど時間の消費は激しくなるらしく、タウ恒星系e到達時には数千年だった時間経過が地球帰還時には2万年になっているという事に繋がる訳です。形状から原子力推進を備えているらしいアラトラム号は別に光速の99.99999……%まで加速可能とかいう事では無いようです。単なる通常空間を亜光速で航行した結果のウラシマ効果発現では無く、ワープ航行を使用した結果のウラシマ効果発現というのがなかなかにポイント高いですよ!

そして、本作の「怪獣」に対するアプローチも非常に興味深く、SF的解釈が為されております。
本作では怪獣達の出現は「人類による環境破壊の結果大いなる地球の意思が怪獣達を生み出した」みたいな感じで語られているんですが、詰まる所これって地球自体がひとつの生命体であると解釈する「ガイア理論」ですよね。しかもそこから一歩踏み込んで「怪獣を、ゴジラを生み出す事自体が人類の最終目的だったのではないか?」という解釈が為されたりもしておりました。
ビルサルドの「怪獣は通常の手段では倒せないからこそ怪獣なのである」、「怪獣を凌駕して人類種が真の怪獣(惑星の支配者)と呼ばれる存在にならなければならないのだ!」といった考え方や、「怪獣に滅ぼされるのがこの宇宙の理であれば、いっそ怪獣に滅ぼされて怪獣の中で永遠に生き続けよう」というアブない教義のエクシフ、「怪獣は台風や地震のような存在であって、それ以上でも以下でも無い」とするフツアの民、そして最終的に「怪獣は憎まれるからこそ怪獣たり得るのである」という結論に行きついたハルオ……。
このように、三者三様の「怪獣論」が、作中では提示されているんですよね。「怪獣はそこに居る存在である」という説を唱える管理人としては、フツアの考え方が一番しっくりきますかね。「自然の猛威と戦う事は出来ない。ハリケーンが来たら逃げなければならない。だが、イェーガーに乗ればハリケーンと戦う事も出来るし、勝つ事も出来る!」論です(笑)。

本シリーズにはゴジラ以外にもメカゴジラとギドラという2体の怪獣が登場しましたが、ゴジラ怪獣を代表するメカゴジラとキングギドラという2体の怪獣を下敷きとする彼らに対しても、本作ならではの再解釈が為されておりました。
メカゴジラはビルサルドの「ナノメタル」という思考金属の集合体であり、最終的には人や物を呑み込んで地球をまるごと覆い尽くす恐るべき存在であるとされました。本作のゴジラは地球の生態系を丸ごと変貌させるという驚異的な力を持っている為、このナノメタルで構成されたメカゴジラは、まさに「ゴジラの対となる存在」であるという事が出来る、まさに概念的な意味で「機械のゴジラ」と呼ぶにたり得る存在でありました。

そして、ギドラ。
コイツはもう我々の世界の物理法則が通用しない恐るべき怪獣として登場したのですが、その理屈付けとして量子力学的アプローチが為されておりました。量子力学というのは、原子や分子よりも更に小さい物質である「量子」について考える学問であります。量子は時として現在知られている物理法則を一切無視したかのような動きが観測されているので、その観測結果の謎を解き明かそうとする学問でもあるのですが、まぁこいつを持ち出すともう「なんでもあり」になってしまうんですよね(笑)。
よく量子力学の例えに上がるのが「シュレディンガーの猫」でしょう。1時間以内に50%の確率で崩壊する放射性原子と、その原子の崩壊を探知したら青酸ガスを噴出させる装置と猫を同じ箱に入れて蓋を閉め、1時間を置いて箱を開けるまで放置する。箱を開ける瞬間までは、箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態が同時に存在している、という考え方です。これはあくまでも思考実験なので普通に考えると箱の中の猫は死んでいるか生きているかのどちらかでしか無い筈であり、これを提唱したエルヴィン・シュレーディンガー博士も「んなアホな話があるかいな!?」という意図を込めていた訳なのですが、しかし現在に於ける最新の研究では、理屈の上では「2つの状態が同時に存在している」という状態になるともされていますし、更には「観測した瞬間に猫が死んだ状態と生きた状態の2つのパラレルワールドが発生して分岐する」という主張をしている研究者もいます。
実際に量子の世界では「それまでは好き勝手に飛んでた量子達がセンサー等を用いて観測した瞬間に一定の動きを見せるようになる」とかいう訳のわからない現象が起きたりもしている訳で、考えれば考える程頭が痛くなってくるような凄い世界、それが量子力学の世界な訳でございます。
で、『星を喰う者』に登場したギドラもブラックホールの中から出現する、いわば「事象の地平面(ブラックホール内に存在する「重力が強過ぎて光や電波すらも脱出不可能になる面」の事。事象の地平面の向こう側は、我々の世界の物理法則が一切通用しなくなる、とされています。頭が痛い!」の向こう側からやってきている訳ですので、量子力学的な挙動を自由に取捨選択できるようになっている訳であります。いやぁ、有り体に言って出鱈目で滅茶苦茶なヤツですよ。
ヤツは、こちら側からの攻撃が「当たっている」可能性と「当たっていない」可能性を自由に選択出来る訳ですよ。逆に言えばギドラは、「存在している状態」と「存在していない状態」の二重の状態になっている訳でもあります。そんな感じで出鱈目に強いギドラは実は物凄く不安定で常に揺らいでいるような存在でもあるのですが、それなのに我々の宇宙に存在できるのは、メトフィエスがギドラを「観測」しているからなんですよね。「観測者」さえ居ればその存在は確定するので、ギドラは無敵の怪獣として君臨する事が出来たのであります。
当然、メトフィウスの「」が損なわれた瞬間に「観測者」はマーテイン博士ら機材でギドラを観測しようとしていた地球人類になるので、その瞬間にギドラは「我々の物理法則に縛られた存在」になりゴジラによって倒されてしまう事になる訳です。
いやぁ、『星を喰う者』でのゴジラとギドラの戦いはそうした量子力学的観点で見れば本当に興味深いものだったんですよねぇ。
また、このギドラが「ブラックホールからやってくる」という点も注目したいところであります。
現在の宇宙論では、最終的にこの宇宙に残る天体はブラックホールのみになり、そのブラックホールも順次蒸発していき最終的には宇宙はエネルギーを生み出さない光子だけが飛び交う、絶対零度に限りなく近い温度まで無限に冷却されていくだけの空間になる(ビッグフリーズ」と呼ばれています。)そうですが、「宇宙空間に最後まで存在し続けるブラックホール」という事を考えると、そのブラックホールから出現するギドラを神として崇め奉るエクシフの教義についても、なんとなく理解できるような気がしますね。

物語の展開的には上記二体の怪獣を退けたゴジラに対して「ゴジラを憎む最後の人間」であるハルオがゴジラに突撃・爆散していくという終わり方になっている訳ですが、このハルオの最期の行動は、1954年公開の特撮怪獣映画『ゴジラ』の芹沢博士の最期とやっぱり被るんですよね。
54年の『ゴジラ』に於いて、芹沢博士は「オキシジェン・デストロイヤー」なる原水爆以上の破壊力を秘めた化学剤を作っ(てしまっ)た人物として登場します。芹沢博士は、第二次大戦で傷を受けた事から婚約が危うくなり一人研究室に籠って研究に没頭するも、婚約者を取られてしまい、「絶対に秘密」であると念を押した自分の研究も(ゴジラ襲来による東京壊滅の惨状もあったとはいえ)明かされてしまった事から、「自分の居場所はここには無い」と悟ってゴジラと共に海に消えた男として描かれています。
また、芹沢博士は『ゴジラ』に於いて、ゴジラと対になる人物でもあるんですよね。災厄そのものと言える怪獣・ゴジラも、原水爆以上の威力を秘めた化学剤を完成させた芹沢博士も、作劇上「現代に居てはならない存在」であると言えるんですよ。だからこそ、『ゴジラ』の芹沢博士は、ゴジラと共に海に消えるしか無かった訳であります。2014年の『GODZILLA ゴジラ』に於ける渡辺謙さんが演じた芹沢博士は、原典の芹沢博士よりは山根博士の立ち位置なんですよね。

一方の『GODZILLA』の主人公であるサカキ・ハルオは、メカゴジラやギドラといった脅威が存在せず、人類もほぼ滅亡してしまい残された人類もフツアの民と共生していく中、「小さな幸せ」を見つけていくという未来がありながらもその道を選択しなかった訳です。
ここでハルオが敢えてゴジラに挑んだのは、「人類に変革をもたらし、最終的に再び怪獣を生み出す事になりかねないナノメタルと融合してしまったユウコ」と共にゴジラに「焼き払って」もらう事で後顧の憂いを断ち切る、という事もあったのでしょうが、ハルオがハルオである為に、彼は最期までゴジラと戦う事を選んだんですよ。同時に「ゴジラを憎む人間」をこの世から消し去る事で、「憎まれる事で怪獣として存在していたゴジラ」に概念的な死(生命としては普通に本編後も生き続けるのでしょうが。)を与える事になった訳であります。最後のハルオの微笑みは、そうしたゴジラと人類の長きに渡る戦いの呪縛からの解放を意味するものだと、管理人は解釈しました。

作劇上はやはり芹沢博士同様、「フツアとの共生を始めた人類にとってハルオはもう必要の無い存在である」という事であると思うんですよね。オキシジェン・デストロイヤーとナノメタルユウコ、芹沢博士とハルオ。行動原理は違っても、その生き様はやっぱり被って見えるんですよねぇ。
更には、「ハルオ」という名前が54年の『ゴジラ』以来昭和期のゴジラシリーズでゴジラの中に入っていた俳優の中島春雄さんに因んでいるという事を考えると、まさにハルオは「ゴジラの対となる存在」だったとも言う事が出来るのではないでしょうか。

そうした感じで、この『GODZILLA』シリーズは全編通してSF哲学怪獣論を展開し、1954年の『ゴジラ』から始まる東宝特撮映画の世界観を分解・再構築した非常に意欲的な作品であったという事が出来るのではないでしょうか。
いやぁ、ゴジラシリーズ作品としては完全な変化球ではありながらも、様々な要素を分解して考えるとなかなかどうして噛み応えのある骨太の作品でありましたよ。SFファンとしても非常に愉しむことが出来た、そんなアニメーションシリーズでありました。
これでまたゴジラ映画の可能性が拡がったと思います。これから先のゴジラシリーズに本シリーズの結果がどうフィードバックされていくのか、また楽しみなところでありますね!

アニゴジ絵

……と、この記事をここまで読んだら、管理人は『GODZILLA』シリーズを絶賛しているかのように感じる方も少なく無いと思います。
しかしながら、冒頭で記したように、管理人は本作を「面白くない」と評している訳なんですよ。それは一体どういう事なのか。
ええ。一言でいうとこういう事なんです。

映像が!! 圧倒的に!! 面白くない画で!! 構成されているんだよ!!

管理人が本作で「面白い」と感じたのは概ねSF哲学怪獣論的な文芸面の部分なんですよね。そのシナリオや設定を存分に映像が活かしきれていなかったというのが、このシリーズの物凄く残念な部分なんですわ……。

まず、地球に帰還してゴジラをなんとしてでも倒さなければならない根本的な理由として「もう人類は飢えと寒さに耐えて宇宙放浪する事は出来ない」というのがあるんですが、実際移民生活がどれだけ酷い状況なのかという描写も殆ど無いので、「不退転の覚悟でゴジラを撃滅する」というストーリー展開にノれなかったんですよ。
そして、ゴジラが全く持って「強大で恐ろしい怪獣」であるとは伝わってこなかった点であります。「ゴジラによって人類が滅亡の淵に追いやられてしまった」という事は『怪獣惑星』の冒頭5分くらいで簡単に説明されただけで、具体的にゴジラや怪獣達がどんな感じで人類を追い詰めて行ったのかいまいちよく分からない。だから、「ゴジラが人類にとっての憎むべき敵」というのがピンと来ないんです。更に本編でゴジラが闊歩するのは、樹木生い茂る森林地帯。これでは、「ただその辺を散歩してるだけのゴジラを人類がホバーバイクでチマチマ攻撃してるだけやんけ!」となってしまいます。
折角ゴジラを身長300mなんていう歴代最大のサイズにしたにもかかわらず、殆どゴジラを大きく見せる演出が無いせいでその大きさも伝わって来ませんでした。なんなら、『怪獣惑星』では対比物を見せる演出が多用されていたので、ゴジラ・アースよりもゴジラ・フィリウスの方が巨大に感じてしまうまであると思います。いや、だって『決戦機動増殖都市』でも『星を喰う者』でも、ゴジラが歩いたり戦ってるのは荒野なんだもん……。そんな場所で「ゴジラ・アースは歴代最大の300mでござい!」なんて言われても、ねぇ?
更には、対戦相手であるメカゴジラとギドラ。
上の方では「概念的機械のゴジラだ!」とか「量子力学の怪獣だ!」とか言ってはしゃいでましたが、メカゴジラがメカゴジラ要素皆無のガスタンク群になっていたのはどう考えても解せませんし、ギドラも大層なバックボーンを持った怪獣なのにゴジラ相手にひたすら噛みつくだけで全然動かないなんてのは、一体どういった了見なんでしょうかッ!! キミたち、ポテンシャルは良いんだからもっとちゃんと怪獣アクションして面白いバトルを繰り広げなさいよ!
他にも、登場人物達が棒立ちで話しているだけとか、折角ヴァルチャーという格好良いロボを出したのに飛んでるだけだったりとか、精神世界の描写とか、映像的な部分での問題点は少なくありませんでした。

また、本作は怪獣達に感情移入が一切できないというのも、怪獣好きとしてはマイナスな部分であります。
だってゴジラもギドラも、意志を感じる余地が無かったんだもん! 唯一メカゴジラが、「主人の帰りを信じて2万年間絶対ゴジラ倒すマンとして軍備を整えていた」という忠犬的な可愛さを見せたくらいでしょうか。このメカゴジラになら管理人は同化しちゃっても良いかなと思えます(笑)。鋼たれ! 自らも鋼たれ!
しかし、ゴジラもギドラも全体的に舞台装置然としていて一切の感情移入を拒んできたのが残念でありました。萌える事が出来るからこその怪獣である筈なのに!

このシリーズ、「ゴジラ」の名を冠していながら、ゴジラ自体が主役にはなっていないんですよね。怪獣映画に於いては、「主人公≠怪獣」ですが「主役=怪獣」という構図になっている作品が殆どであるのですが、本作は「主人公=ハルオ」、「主役=SF哲学怪獣論」という構造になっていて、「ゴジラ」はその「怪獣論」部分を説明するための舞台装置になっちゃっていたという事が出来ると思います。そこに怪獣が居るにも関わらず、「その怪獣とは何か?」という事を延々語っている感じですね。
作劇の構造上ゴジラが主役になっていなくて、管理人は非常に哀しかったです。だからこそ、管理人は本シリーズを「怪獣映画では無い」と、捉えてしまっているんですよね……。

そもそもですね、本シリーズは「ゴジラを見たことが無い若いアニメファン」に向けての企画だった筈なんですよ。しかし、完成したのはバリバリのハードSF路線の作品。
今の若いアニメファンは、ハードSFは敬遠しちゃうから!!
特撮映画としてのゴジラい興味の無かった層にアニメとして観てもらってファンを増やす」という企画から見ると、何か根本的なところで間違えちゃっている気がするんですよ、本作は。しかも、そのSF的な部分のガジェットや現象等についての説明は劇中で殆ど無い訳ですから、作品自体が結構難解なものになっていると思うんですよね。更にそこに怪獣論などを展開した日には、まぁその部分に興味の無い人からすれば「なんだコレ」ってなってしまいかねない訳ですよ。そんな感じで文芸面が超変化球で来るんだったら、怪獣バトルの部分は逆に正攻法でやった方が良かったんじゃないか? と、管理人などは思ってやみません。
俺は観たかったよ、メカゴジラシティからニョキニョキ腕が生えてきてゴジラを殴ったりする外連味たっぷりの怪獣バトルがよォ……!

あと、アレですね。今回は静野監督が「ほぼゴジラや怪獣モノに触れてこなかった人」であり、作品制作中も怪獣モノに触れる事を禁じられていた、というヤツです。お前それ正気か!? と(笑)。
いえね、全く新しいゴジラをやるに当たって「怪獣ファンでは無い人の立場からの視点」というのは重要です。ですが、「過去作で何がウケたのか? 何がダメだったのか?」というのを知らない人が作品の意思決定をする監督という立場に居るのはマズいだろうと思うのは管理人だけでしょうか。
各種インタビューを見ると、「静野監督が微妙な顔をした! この案はいけないんだ!」みたいなやりとりが何度もあり、「それまでの怪獣映画ではよくあったシチュエーションや構図」がガリガリ削られていく事になったらしい、という事が書かれているんですよね。その結果、削らなくても良い部分まで削ってしまったと思うんです……。
完全に人選とその後の対応をミスってしまったのではなかろうかと思ってやみません。よくネット上なんかでは静野監督が叩かれちゃっていますけど、これ、プロデューサーが悪いよね……。

最終的に、管理人が『GODZILLA』シリーズを観て感じたのが、「80年代のOVAっぽい作品だなぁ……」という事でした。
濃厚なSF描写、様々なガジェット、変化球的な作劇、原典の再解釈。雰囲気としては完全に80年代のOVA作品っぽいんですよね。AICとかが制作しているような感じの(笑)。……ただ、画の面白さが殆ど無いので、「出来の悪い」という枕詞が付いちゃいそうなのが哀しいのですが……。出来の悪い80年代OVA……悲惨過ぎる
同じ虚淵脚本の『翠星のガルガンティア』や『楽園追放 -Expelled from Paradise-』も80年代OVAっぽい感じがありつつ(80年代OVA」っぽいというのは、ある種虚淵さんの作家性の一面なのかも知れませんね。)現代アニメらしい作品に仕上がっていたのに、どうしてこうなったッ!?


全体を通して、怪獣を題材としたSF作品としては非常に興味深いのですが、怪獣バトルや映像の面白さが薄いせいで「別に映画じゃ無くてドラマCDとかビジュアルノベルでも良かったんじゃないか?」とかいう考えが頭をよぎっちゃう、管理人にとってはそんな哀しい作品に、この『GODZILLA』シリーズはなってしまいました。だから、「面白くないけど興味深く、好きな作品」なんですよねぇ。
多分、ギャレゴジやシンゴジが無くいきなりこのアニゴジを出されていたら、管理人も発狂していたと思うんですが(笑)、幸いにして2018年現在は来年も再来年も、ひょっとしたらその次の年も新作のゴジラ映画を観る事が出来るという状況でありますので、心穏やかにアニゴジを愉しむ事が出来たのかも知れません。
大小含めて文句は尽きませんが、良い作品でしたよ、『GODZILLA』!


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2018/11/23 19:56|SFアニメTB:0CM:12

アニメ『けものフレンズ』の肝は、作品の世界観全体を覆う「切なさ」だと思うんです。 

今年、最もブレイクした深夜アニメは何か?
そう問われたら、その回答は十中八九「『けものフレンズ』だ!」というモノになるでしょう。いや、まだ12月までの間に『けもフレ』を凌ぐムーブメントを起こすアニメが登場しないとは言い切れませんが、それにしても凄いですよね、『けものフレンズ』の一連のムーブメントは。
先月(2017年8月)には、全国のテレビ東京系列で平日朝7時30分という時間で大規模な「再放送」が行われ、管理人もこの再放送を観てから出勤するという実に「たーのしー!」8月後半だった訳ですが、先日最終回を迎え、BD付きガイドブックも全巻出揃ったこのタイミングが『けものフレンズ』というアニメに於ける一区切りなのかなと、そう感じるところでもある訳です。
と、いう事で、本日はアニメ『けものフレンズ』について、少し書いてみようかなと思うところであります。宜しくお願い致します。

……いえね、本当は本放送の最終回直後あたりにこの記事を書きたかったんですよ。しかしその時期は漫画とか描いてて時間が取れず、記事作成出来なかった事がずっと心残りだったんす(笑)。まぁ、今更色々な人が語り尽くした感のある作品について書くのも、なかなかオツなものでありますよ(笑)。

けものフレンズ

けものフレンズ』は、2017年1月から3月にかけて放送された作品であります。『けものフレンズ』は、「けものフレンズプロジェクト」がメディアミックス展開を行っていた作品群であり、アニメ版はその「けものフレンズプロジェクトA(アニメ」という位置付けとなっております。しかしながらこの「けものフレンズプロジェクト」は、アニメが始まる前の段階で既にスマートフォン向けアプリゲーム版が配信を終了、コミカライズ版も順次打ち切りが決定しているという状況であり、アニメ放送開始前は「最後の打ち上げ花火」とまで称されており、ゲーム・漫画版からのファンから見ると完全にお通夜ムードの企画でありました。
アニメファンの間でもこの『けものフレンズ』の前情報やそのキービジュアルから伝わってくる低予算3DCGアニメ感等を鑑みて、「やべーアニメが始まるぞ……」とか、「敗戦処理アニメ」とか、兎にも角にも散々な言われようだったっと記憶しております。アニメーション制作がそれまで『直球表題ロボットアニメ』や『てさぐれ! 部活もの シリーズ』といった、キャラクターの掛け合いや出演声優のアドリブを主軸に据えた15分尺での3DCGアニメ作品を多く手掛けている事で知られていたヤオヨロズという事で、「30分のストーリーアニメとしてちゃんと成り立った作品になっているのか?」という厳しい声も上がりました。
その一方で従来からのヤオヨロズ作品のファンからはそこそこ期待されていたり、「いや、販促の必要が無くなったのだから寧ろ自由な発想の作品になるのではないか?」という意見も少数ながら存在しておりました。その後の展開を鑑みると、それらの方々は先見の明があったと言わざるを得ません(笑)。まぁ、結果的には従来からのヤオヨロズ作品とは随分と趣の違う作風になったと思うんですけどね。

管理人も正直なところ「おぉ……こいつぁやべーな」という感じで構えてはおりました。しかしながら2017年1月期開始アニメには何の因果か分かりませんが、この『けものフレンズ』以外にも『亜人ちゃんは語りたい』と『小林さんちのメイドラゴン』という合計3作品の、いわゆる「人外娘」モノのアニメ作品が集結していたのであります。
人外娘さんに目が無い管理人は取り敢えずこの3作品がどういう方向性でアプローチしてくるのか、という事なんかを注視していた訳なのですが、よもや話題の漫画が原作だった『亜人ちゃん~』と京都アニメーション制作の『小林さん~』を抑えて、『けものフレンズ』がムーブメントを起こす話題作となってしまうとは夢にも思いませんでしたよ……ッ! 世の中、いつ何がヒットするのかは本当に分かりませんなぁ。管理人も知らない間にドハマりしちゃいましたし(笑)。

さて、アニメ『けものフレンズ』のあらすじは大体こんな感じになりますかね。

ある日、ジャパリパークのさばんなちほーで暮らすサーバルキャットのフレンズ・サーバルは、記憶を持たない迷子を見つけた。
自分が何者なのかさっぱり分からない迷子の子に、サーバルは持ち物から「かばん」と名付け、「としょかん」に行けば何かが分かるかも知れないと提案し、としょかんへの道案内を申し出るのであった。

果たして、かばんは何者なのだろうか。
ふたりの旅が、はじまった。


全体を通して見ると、かばんちゃんとサーバルちゃん、そしてボスのさんにんが行く先々でのフレンズとの出会いや、そこで起きるトラブルとその解決を描いたロードムービー的な要素の強い構成の作品であるという事が出来ると思います。ロードムービー構成のアニメというと管理人は、『銀河鉄道999』や『機甲創世記モスピーダ』、或いは『キノの旅』や『ローリング☆ガールズ』などが頭に浮かびます。時代劇で言えば『水戸黄門』、特撮ヒーローで言えば『シルバー仮面』に『快傑ズバット』ですね!
……『けもフレ』の場合は、「さばんなコンビのフレンズ助け ~ジャパリパーク珍道中~」とでも言うべきでしょうか(笑)、各ちほーで困っていたり悩んでいたりするフレンズ達をかばんちゃんとサーバルちゃんが、持ち前の知恵と体当たりで解決していくのが、各話のフォーマットになっているんですね。
そして、各ちほーでのフレンズ助けからの最終話での黒セルリアンに呑み込まれたかばんちゃんを今までのフレンズ達全員で助けるという構成は、非常に丁寧かつ見事で綺麗な流れであり、尚且つ1話からの伏線というか、かばんちゃんとサーバルちゃんの成長も如実に描かれている訳であります。各話の至る所に最終話へのフックが仕掛けられてもいまして、全話観終わったら「よし、じゃあもう一回観るか!」という気分にさせられてしまうんですよね。勿論、サーバルちゃんとかばんちゃん、そしてボスのさんにんの旅をまた観たい、というのもあるのですが。
そんな感じで、管理人が配信とか録画とかで何周も観ているとまた感慨深くなって最終話で涙ぐんでしまったりもする訳ですよ(笑)。いやぁ、このまま何周も観てるとしまいにゃ号泣しちゃうぞ。

そうした構成の妙も然ることながら、作品全体を流れる牧歌的な雰囲気と、「けものはいても のけものはいない」というOP主題歌の歌詞に代表されるようなフレンズ達の、相手をむやみに否定せず、違う価値観を認め合うという暖かさもまた、心地良いんですよね。相互扶助と互いの尊重というフレンズ達の性善説的な精神性は、実に尊いものであります。日常生活で息苦しい毎日を過ごす管理人にとってサーバルちゃんの、「平気平気、フレンズによって得意な事は違うから!」という台詞が滅茶苦茶心に沁みるんすよ……。
ヒトの手を離れた作中に於けるジャパリパークは、現代人が忘れつつあったものが存在するある種のユートピア、楽園でもあるという事が出来るのではないでしょうか。

ところで、先述のように2017年1月期開始アニメは、『けもフレ』を含めていわゆる「人外娘アニメ」が3本放送されておりましたが、どの作品も「人間とは違う他種族」という事をピックアップして、「互いの文化・価値観、或いは身体能力の違いに対してどう向き合うのか」というのが根底に敷かれておりました。
異文化・異種族間の交流というのは互いの理解、共存にというのが根底にはある訳で、そうしたアニメ作品が次々と登場するという事は、現代社会に於いて多様な価値観が表出してきて社会問題として取り上げられる事も多くなってきているという事の、ある種の表象でもあると言えるのかも知れません。
管理人と致しましては、異種間交流や異文化交流モノは大好物なので、この流れは非常に良いと感じる次第であります。いいよね、人外娘さんは……。

さて管理人の嗜好については置いとくと致しまして、『けものフレンズ』はそうした作劇・構成やキャラクターの造形も然ることながら、管理人は何よりも世界観の魅せ方が秀逸であると感じました。
よく『けものフレンズ』は「表層上は暖かく見えるが、世界観が不穏だ」というように言われます。そもそも「ジャパリパーク」という舞台自体が、「閉園した超巨大総合動物園」であるとされており、パークを造ったヒトは物語が開始する遥か以前にパークを去っているという事になっています。そのパークを去ったヒトについても作中で「絶滅した」とも言われております。ジャンル的にアニメ『けものフレンズ』は、「ポストアポカリプス(文明崩壊後の世界観」ものでもある訳なんですね。
本放送時には動物をフレンズ化≒ヒト化させる「サンドスター」なる謎の物質、フレンズを襲う異形の怪物「セルリアン」の存在等の設定が徐々に明かされるにつれ、「牧歌的な雰囲気を持つジャパリパークやフレンズ達が何か得体の知れない狂気を孕んだ存在に見えてくる」と言っている人も居ました。そういった部分が話題を生み、人を呼び込む事に繋がったのでしょう。管理人のTwitterのTLでも、途中(第4話の本放送前後あたり)から一気に『けもフレ』を視聴している人が増えましたし(笑)。
そうした設定や世界観の説明に大きく尺を割くのでは無く、断片的な台詞や「サーバルちゃんとかばんちゃんが旅をしている背景に、朽ちた人工物が存在している」といった状況描写で説明をしており、基本的には「この世界に於いてはそれが普通の事である」という方針で世界観を魅せ切っているんですよね。アニメに限らず映像作品に於いて世界観を説明台詞以外で描写するのは簡単な事では無いのですが、『けものフレンズ』の場合は世界観に説得力を持たせる事に成功していると言えると思います。
各種スタッフインタビュー等を読みますと、そうした『けもフレ』のポストアポカリプス的世界観は、アプリゲーム版やコミカライズ版の終了があらかじめ決まっていたが故に、アニメ版での「閉園後」という舞台設定を作っていった事に起因するようです。そうしたメディアミックス企画群の「祭りの後の物悲しさ」のようなものが転じて「作品世界の不穏さ」として話題を呼んだ訳でもあるので、まぁ、ある種の皮肉ではありますよね……。

管理人は巷で言われているような「不穏さ」では無く、作品舞台の閉園したパークの「物悲しさ」、或いは、作品全体を覆う「切なさ」に、この作品の肝があるような気がするんですよね。
サーバルちゃんとかばんちゃんは、旅を続けてはいるのだけれど、いつか「お別れ」がきてしまうという事を感じざるを得ませんし、かばんちゃんの知恵や思い付きがフレンズ達を助けてそれが肯定的に描かれる一方、環境破壊や乱獲によってヒトが絶滅させてしまった動物のフレンズが存在していたりするというのも、物悲しさを大いに感じさせる部分でもありました。
また、かばんちゃんが使うヒトの知恵は他の動物には思い付かないものであり、それはヒトとその他の動物が決定的に違うという断絶をも感じてしまって非常に心苦しく、そして哀しくもなってしまうんですよ……。管理人が特にそれを殊更強く感じたのが、第7話「じゃぱりとしょかん」に於いてかばんちゃんがカレーを作るのにあたって火を使用した際に、サーバルちゃんや博士達が「なんか怖い」と言ってかばんちゃんから離れてしまった場面でありました。
けもフレ』では、ヒトもあくまで動物の一種に過ぎないという方向性で描かれてはいるんですけれども、だからこその断絶が本当に切ない訳であります。翻って、だからこそサーバルちゃんが「かばんちゃんはすっごいんだよ!」と言って全面的に肯定していたり、最終話で紙飛行機に火を付けて飛ばして黒セルリアンの注意を惹きつけるという行動が尊いんですよ。だから、涙ぐんじゃう(笑)。
現在、『けものフレンズ』は続編が制作決定しておりまして、近い将来またかばんちゃん達の旅を観る事が出ると思います。ロードムービー的な作劇から無限に話は続けることが出来るのでしょうが、しかし「ヒトに会う」というかばんちゃんの旅の「終着点」が明確になっている限り、この切なさは継続するのでしょうね。
また、主題歌も作品世界の物悲しさ、切なさを引き立てているように感じます。ED主題歌「ぼくのフレンド」は直球の「卒業ソング」でしたし、OP主題歌の「ようこそジャパリパークへ」もドッタンバッタン大騒ぎな楽しい曲調でありながらも、どこかしら合唱曲「怪獣のバラード」を彷彿とさせるような、ある種の物悲しさを帯びているように感じますし。いや、そこはもう主観によりけりなのかも知れませんけどね。

さてさて、物語や世界観以外についても少し触れておきましょうか。
ぶっちゃけて言うと、やっぱり『けものフレンズ』って「低予算アニメ」なんですよね。それは3DCGによるキャラクターのモデリングやモーションといった作画面やキャスティングの面で大きく見受けられる事が出来ます。
特に作画面では、キャラの眉毛が透過してしまっていたり、持ち上げているのに手に対象物が触れていなかったり、ジャパリバスが動いているのにタイヤが回っていなかったりと、粗を挙げていけばキリがありません。観てて実際気になるレベルですからね。しかしながらそうした作画の品質や粗さえも、本作の雰囲気とマッチしてしまっていたりもするのだから不思議なものです。「例の顔」など、作画的な部分がインターネットミーム化しちゃった例も少なく無いですしね。そうした作画的な「緩さ」も、ムーブメント形成に一役買っているのでしょう。……いやまぁ、そうしたモデリング、モーションの緩さの善し悪しは個人的な主観の話であり、反対に嫌悪感を覚える人も少なくは無いようなんですけれども。まぁどちらかと言うと、「受け入れた」人が多かったという事で。
その一方でカメラワークやフレンズ達の挙動についてはよく考えられておりまして、フレンズには元となった動物の挙動を随所でさせており、「実際の動物こそが原作である」とさえ言われていたりもします。予算上の関係か3DCG作画であっても基本的には「動かない」方針が採られている訳ですが、それは静と動で見せる古くから用いられたリミテッドアニメ的な動きやカメラワークでもあり。吉崎観音先生の元動物の特徴をフレンズの外見に反映させたキャラクターデザインも、線の少ない単純化されたものになってはいますが、観ていてすんなり入ってくるものになっているんですよね。
本作は低予算であっても決して適当に制作された作品では無いというのが、多くの視聴者の心に届いた結果のヒットという事が出来るのかも知れません。
また、本放送が終わった今でもたつき監督による「12.1話」や各種コラボ動画が定期的に発表されるのも、低予算・少人数での制作作品だからこそのフットワークの軽さというのもひとつにはあるのでしょう。

作品本編から離れたところでは、全国の動物園とのコラボレーション企画等が挙げられましょうか。インターネット上では特に、埼玉県の東武動物公園で飼育されているフンボルトペンギンの「グレープ君」が、コラボ企画で設置されたフルルのパネルをずっと見つめている事などが話題になりましたね。
コラボ企画の有る無しに関わらず、「このフレンズの元になったのはどんな動物なのだろう?」という事で動物園に足を運ぶファンも少なからず出ています。本作はアプリゲーム版やコミカライズ版が終わってしまっていた関係上、放送終了後の受け皿になるような媒体がほぼ皆無であり、結果皆動物園に足を運ぶという状況になっていたのが非常に面白かったです。管理人も、別にコラボ企画が行われた訳では無いのですが、なんとなく地元の福岡市動物園や長崎バイオパークに行ってみたりもしましたし。……いや、別に一人で行った訳じゃないっすよ(笑)。
8月からの朝の再放送の前後で、長崎県対馬にて日本では絶滅してしまったカワウソが発見された(ニホンカワウソなのか大陸から渡ってきたユーラシアカワウソなのかは五分五分にせよ)という奇跡的なタイミングなんかもあったり、『けもフレ』人気を受けてNHKが動物紹介番組「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」のサーバルキャットの回を再放送するなどただし、管理人の住む地域だけピンポイントでのけものにされましたが、ムーブメント内外で色々と恵まれていた作品だったなぁと感じる事も多いです。
けものフレンズプロジェクト」の目標のひとつとして、「様々な動物に対しての認知・理解を深める」というモノもあるようでありまして、そういった意味ではアニメ版のムーブメントはそれを果たす事となったと言えるのかも知れません。

いやぁ、本当に丁寧で良い作品でしたよ、『けものフレンズ』は。
社会人になって以降ここまでハマれた新規企画での深夜アニメは無く、「俺もこのまま少しずつアニメからは距離を置いていくようになうのかなぁ……」等と思っていたのですが、完全に杞憂だったな、と(笑)。
今後ともこういった作品に遭遇していきたいものでありますなぁ。


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2017/09/01 19:51|SFアニメTB:0CM:4

『ブレイブウィッチーズ』第1話に見る、扶桑皇国の特撮映画事情(の妄想) 

2016年10月期開始アニメとして、『ブレイブウィッチーズ』が放送を開始し、管理人が住む地域でも先日第1話「佐世保の魔法少女?」が放送されました。
ワールドウィッチーズシリーズ」と銘打たれた本シリーズも『ストライクウィッチーズ』の放送から早8年が経過し、管理人もずっと追いかけている長い付き合いになっているシリーズな訳ではございますが、この度始まった『ブレイブウィッチーズ』(以下、「ブレ魔女)も非常に楽しめそうで何よりであります。

第1話は物語の導入としては申し分無く出来ておりました。歴戦の勇士であるウィッチの姉を持つ主人公・雁淵ひかりは、『ストライクウィッチーズ』の主人公・宮藤芳佳とはまた別のベクトルのタイプですが、前向きで根性のある感じの娘で、この物語を引っ張っていってくれそうです。佐世保航空予備学校の校長としてもっさん達の師匠でもある北郷さんが登場したり、これまでの「ワールドウィッチーズシリーズ」を追っているとニヤリとできるサプライズもあったりして。このシリーズはやはり、継承の物語なんですなぁ……。
何よりも今後502統合戦闘航空団ブレイブウィッチーズの面々の活躍が観れるのが、本当に楽しみでありますよ!
気になるのは映像面、3DCGの担当がこれまでのグラフィニカから『翠星のガルガンティア』等の3DCG作画を担当したトライスラッシュに変更となっている点でしょうか。3DCGと手描き作画のハイブリッドだったこれまでとは異なり、空戦やウィッチの飛翔シーンも全面的に3DCGで表現される方針のようですね。『ストライク』では定番となっていたズボンのアップショットもかなり抑えめでしたし、今までの作画演出に慣れてしまった管理人としては、結構違和感を抱いてしまったのですが、さて、今後どうなるのか。3DCG作画による作画的な省エネなんかも鑑みるに、なんとなくこれまでよりも予算が減らされているような気もするんですよね、『ブレ魔女』……。

さて。それはともかくと致しまして、『ブレ魔女』の第1話にて、こんな劇中映画のポスターが登場した訳であります。

リバウの翼

ワールドウィッチーズシリーズ」の世界の日本に相当する扶桑皇国では、陸海軍協賛によるウィッチを主役にしたプロパガンダ映画が制作されているという設定があり、この『リバウの翼』なる映画も『ブレ魔女』に登場する雁淵孝美をモデルとしたウィッチ映画なのでしょうが、注目すべきはそのスタッフクレジットですよ。
恐らく元ネタであろう東宝の1963年公開の戦争映画である『太平洋の翼』に準じて、夏木陽介に加山雄三、佐藤允に三船敏郎、星由里子に田崎潤らが元ネタであろう女優・俳優陣に、松林宗恵監督と『さらばラバウル』の本多猪四郎監督を足して割ったような名前の監督、極めつけは
特技監督 円山英一
と来ているのですから、もう特撮映画好きの管理人にとっては「たまんねぇ!」となる訳でございますよ(笑)!
この1カットを見てしまったのが運の尽き、管理人は「1944年の段階なのに特技監督が立てられている!? じゃあ、扶桑の映画史に於ける特撮事情はいったいどうなっているんだッ!?」という事が気になってしまいましたので、当記事ではそれについての妄想を、ちょっと膨らませてみようかなと思う次第であります。

1にも2にも置いてまず考えなければならないのは、円山英一なる特技監督の存在であります。言うまでも無くこの人は、我々の世界に於ける元祖特技監督にして特撮の神様・円谷英二監督が元ネタとなっていますね(因みに、円谷監督の本名は、円谷英一)。
我々の世界に於ける円谷英二監督は戦前から様々な特撮技術を駆使して様々な映画の特撮を担当していましたが、戦争が始まると戦時中に軍協賛によるプロパガンダ映画の特撮も担当する事になった訳です。実際の戦艦や空母、戦闘機を飛ばしたり爆発させたりする訳にもいかず、また、軍が機密として兵器の映像を出さなかったため、それらの戦闘シーンを演出するのにミニチュアワークをはじめとしたSFXによる特撮が用いられる事になった訳ですね。
戦時下の戦意高揚映画としては、1942年の『ハワイ・マレー沖海戦』や1944年の『加藤隼戦闘隊』、同年の『雷撃隊出動』等の特撮を円谷監督が担当しましたが、「戦意高揚映画の制作に携わった」として戦後GHQによる公職追放を受け、約4年ほど東宝を離れる事になってしまう訳ですが、しかしそれらの戦意高揚映画で培われた技術は戦後『ゴジラ』や『ウルトラマン』等にも応用される事になりました。ある意味では、皮肉な話でもあります。
因みに、特技監督は専門技術(=特殊撮影)を駆使して「現実ではありえない映像」を撮る為の役職であり、特撮映像と本編映像の編集権も監督と同等に与えられた、特撮のスペシャリストという事が出来ます。他方、ひとつの映画に2人の演出家が立てられるという事を嫌って、特技監督を立てなかった監督も少なくはありませんでした。

ところで、この円谷監督が「特技監督」という肩書きになったのは、1955年公開の特撮怪獣映画『ゴジラの逆襲』からであります。
それまでは一貫して「特殊技術」というクレジットだった訳ですが、海外も驚いたというその特撮技術と東宝社内に於ける東宝撮影所特殊技術課の重要性(怪獣映画やSF映画といった特撮を用いた映画は、海外輸出によって外資が稼げる当時の数少ない日本映画でした。)から、一種の称号として「特技監督」が用いられるようになった訳ですね。
因みに東宝に於ける「特技監督」は、戦後の東宝の特撮を一手に担当していた田中友幸プロデューサーの没後(つまり、1997年以降)、暫く「特殊技術」というクレジットに戻ってしまいましたが、今年・2016年公開の特撮怪獣映画『シン・ゴジラ』で堂々復活を果たしました。「特技監督」という名称を復活させた事で、東宝の本気度も測れるという話でありますよ(笑)!

……前置きが長くなってしまいましたが、ここで漸く「ワールドウィッチーズ」世界の円山英一特技監督に話が戻ってくる訳です(笑)。
ブレ魔女』第1話の時代設定は1944年の夏という事になっております。
現実世界に於ける1944年夏には、太平洋戦争も日本の負け戦と化しており、先述のプロパガンダ映画も「戦意高揚」のトーンが結構ダウンしていて、ともすれば「コレ、戦時下に制作されているのに戦争反対映画なんじゃね?」という感じになっていたりするのではありますが、円谷英二監督はまだ「特殊技術」でクレジットされていた頃です。それなのに円山英一は既に「特技監督」の肩書きになっている……。これは一体どういう事なのでありましょうか!?
それを読み解くヒントは、実は一連の「ワールドウィッチーズシリーズ」内に隠されているのでございますよ。

島田フミカネ先生によるイラストコラムや、にんげん先生による漫画『ストライクウィッチーズ零 1937扶桑海事編』、ヤマグチノボル先生によるノベル『スオムスいらん子中隊シリーズ』、鈴木貴昭氏によるノベル『アフリカの魔女 ケイズ・リポートシリーズ』等の作品に於いて、1937年に起きた大陸から扶桑海へネウロイが侵攻した「扶桑海事変」をモデルとした陸海軍全面協力の戦記映画『扶桑海の閃光』が公開され、大ヒットしたという事が描かれております。特に『スオムスいらん子中隊がんばる』に於いては、穴吹智子少尉が映画の撮影の為、「東京の世田谷、砧の円谷特殊撮影所」に出向いたというエピソードが語られているんですよね(該当書を持っている方は、65ページを開いてみてください)。
あれ、我々の世界と同じく円谷じゃないか。円山監督はどこ行ったんだッ!?
等と一瞬思ってしまいますが、しかし『スオムスいらん子中隊シリーズ』はアニメが放送される以前に発表された最初期の作品である為、色々と設定が現在の「ワールドウィッチーズシリーズ」とは異なっていたりもする為、現在に於いてはパラレルな扱いとされております。と、いう事は、『スオムスいらん子中隊シリーズ』の世界では「円谷」なる特撮関係者が居たとしても、それはあくまでもパラレル世界の話。現在の「ワールドウィッチーズシリーズ」の世界観に於いては、その「円谷」なる人物のポストに「円山英一」が来ていても不思議では無いという事が出来ると思います。思うんですよッ!
そして、『扶桑海の閃光』の大ヒットにより、扶桑ではウィッチに志願する魔法力を持った少女が急増したという話があります。大ヒットに加えてウィッチ志願者の増加という功績から、映画会社がその特撮を担当した円山英一監督に「特技監督」の称号を与えたのではなかろうかと、管理人はそう考える次第であります。あの世界観的に『扶桑海の閃光』は世界中で公開された事でしょうし、相当に外資を稼いだのでしょう(笑)。
そんな感じで現実とは全く異なる歴史を辿った世界なので、「特技監督」が誕生するのも我々の世界よりも10年以上早くなったという事になったのではないでしょうか。そうして『リバウの翼』でも、円山英一監督が特技監督を務めている、と……。

円山英一特技監督」の謎が解けた(そうかな?)ところで、次に気になってくるのは、その特撮技術がどのようなモノなのか、という点でありますね。
我々の住む現実世界に於いて1944年当時の特撮技術としては、ミニチュアワークやストップモーション・アニメーション、火薬、スクリーンプロセスにマットペイント、クロマキー合成等が存在していました。「ワールドウィッチーズシリーズ」の世界でも、これに準じた特撮技術が存在していると思われます。しかもあの世界では扶桑にはネウロイの侵攻も無く経済も安定していて平和そのものですので、我々の世界よりもより良い特撮を用いる事が出来た事でしょう。また、アニメ『ストライクウィッチーズ』を観る限り、「扶桑人形」という非常に精巧にできた人形も存在しており、その技術を応用したミニチュアワークによる演出も冴えわたっていたに違いありません。
更に、あの世界には魔法力が存在しています。念動系の能力を持ったウィッチが撮影に協力していれば、ピアノ線でミニチュアを吊る必要が無くなる為、よりアクロバットなミニチュア特撮を演出する事も可能でしょうし、発火系の能力を持ったウィッチが居れば火薬・爆薬も思いのままに炸裂させる事が出来るでしょう。ただし、固有魔法が使えるウィッチは稀少という話もあるんですけどね。
一方で、軍の全面協力が得られるという事で、艦船や戦闘機、航空ウィッチ等の表現は実物を撮れる為、特撮が用いられるのはネウロイと、艦船や戦闘機、ウィッチが撃墜されたり破壊されたりする場面に限られるのではないか、という話もあります。
しかしまぁ、実際に撮った映像よりも特撮を用いて撮られた映像の方が外連味があったり迫力があったりする場合もあるというのもまた事実でありますので(例えば、実際の建物を破壊するよりもミニチュアを破壊した方が軽いぶん破片等がよく飛んで迫力のある映像になったりする場合がある訳です。)、あの世界に於いて特撮の占める部分というのは大きいのかも知れません。
いずれにしても、円山英一監督も、我々の世界の円谷英二監督同様あらゆる手段を用いて効果的で迫力のある特撮映像を撮る事でありましょう……!

恐らく、第二次ネウロイ大戦が終結した折には、戦意高揚映画で培われた特撮技術を用いたSF映画や災害パニック映画が登場する事でしょう。しかし、管理人が大好きな特撮怪獣映画はネウロイという存在が現実に居る為、そもそも誕生しないのではないかと思うんですよね。哀しい話ですが、あの世界ではゴジラもラドンもモスラも生まれないと思います。という事は、怪獣マグマが突如出現しない『妖星ゴラス』が出来るよ! やったね!
しかし、「ネウロイと戦う光の巨人」は生まれるような気はします。魔法力で動くゴーレムとかが存在する世界ですので、光の巨人が登場しない道理は無いんじゃないかと(笑)。

……と、いった感じで、1枚のポスターから長々と妄想を膨らませてしまった訳ですが、いかがでしたでしょうか。
上記画像はお遊び的な1カットだとは思うのですが、しかしたった1枚とこれまでの「ワールドウィッチーズ」作品を読み解くだけでこれだけ妄想出来てしまうのだから、やはり「ワールドウィッチーズシリーズ」は懐が深いっすよ! 俺ァあの世界観に惚れたんだ!
ストライクウィッチーズ』をはじめとした「ワールドウィッチーズ」のファンには何故か特撮怪獣ファンを兼任している人が多いので、多分管理人のようにあのポスターの「特技監督 円山英一」に反応した人も多いんじゃないかなぁと思います。
Twitter上では古代の扶桑史に思いを馳せる「考古学ウィッチーズ」とかで愉しんでいる人達も居ますし、本当に色々な方向に遊べますよ、「ワールドウィッチーズシリーズ」の世界観は! 好きだ!


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世界観の掘り下げ、そしてその先へ……。『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』総括

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作品本編は、冒険活劇テイストからの空戦アクション映画、といった感じに仕上がっている作品です。また、局地戦闘機紫電改に焦点が当てられた映画でもあります。スケールの大きいミニチュアワークを用いた特撮演出による戦闘描写も大きな見どころ。興味がありましたら、是非!


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2016/10/13 06:52|ストライクウィッチーズTB:0CM:5

庵野秀明第1回監督作品にして、伝説的OVA作品! 『トップをねらえ!』 

今年7月29日に公開される『シン・ゴジラ』。
管理人はこの映画の公開が非常に楽しみでございまして、もう公開日までの残日数を指折り数えていたりする訳でありますが、しかしまだまだ公開まで1ヶ月と少し。努めて落ち着き払い、ゴジラを迎えてやろうと、そういった心持ちでございますよ。
そんな訳で『シン・ゴジラ』の予習の一環として、庵野秀明監督の商業監督作品第1作目である、アニメ『トップをねらえ!』を、観ていたりもする訳であります。
そんな感じで本日は、『トップをねらえ!』について、少し書いてみようかなぁと思うところであります。宜しくお願い致します。
それにしても遂に『トップをねらえ!』について当ブログで書く事になったのですなぁ……って、なんか丁度1ヶ月くらい前にも同じ導入で記事を書いたような気が……(笑)。まぁ、『トップ』は『ハルヒ』とは違って管理人が生まれる前の作品なのではありますが。

トップをねらえ!
そういやこの作品もBDBOXが出る直前にDVDを買い揃えてしまった作品であったなぁ……。

トップをねらえ!』は、1988年より順次発売された、GAINAX制作による全6話構成のOVA作品であります。タイトルからよく「スポーツモノ」だと思われていたりもするのですが、ジャンルは「SFロボットアニメ」という事になっており、ゲーム「スーパーロボット大戦シリーズ」にも度々参戦しており、ロボットアニメファンの間では一種の「伝説のアニメ」としても認知されていたりもします。
キャッチコピーは「炎の熱血友情ハードSF宇宙科学勇気根性努力セクシー無敵ロボットスペクタクル大河ロマン!!!!!」。「なんじゃそりゃ!?」と思ってしまいますが、しかし作品本編を観たら分かります通り、そのキャッチコピーに違わない凄まじく壮大で熱い作品として仕上がっているんですよね。
制作スタッフは、原作に岡田斗司夫、脚本は山賀博之、キャラクター原案が美樹本晴彦、音楽に田中公平、絵コンテは樋口真嗣、そして監督は庵野秀明、という布陣でありまして、原画や作画監督、各種設定として貞本義行や前田真宏が参加しているなど、後のGAINAX作品や、延いては『シン・ゴジラ』に携わる事になるスタッフも、本作の中核スタッフとして参加している訳でありますね。この1988年から制作された『トップをねらえ!』が2016年の『シン・ゴジラ』へ繋がってっているのだという事を考えると、また感慨深くなる訳でございますよ……!
他方、本作は同じくGAINAX制作のアニメ映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』で抱えた負債を返済する為に、解散する予定だったGAINAXが存続した結果企画された作品であるという側面もあり、確実に売れる為に「女の子、メカ、怪獣」というオタクが大好きなモノをブチ込んだ作品にもなった訳であります。『王立宇宙軍』が非常に硬派な印象のアニメ映画だった為、この『トップ』の一見するとおちゃらけたギャグのようなビジュアルと作風に度肝を抜かれたという当時のアニメファンも多かったのだとか。
それにしても『王立宇宙軍』での負債が、結果的には本作や『ふしぎの海のナディア』や『新世紀エヴァンゲリオン』、『フリクリ』に『天元突破グレンラガン』といった後のGAINAX作品に繋がっていくのですから、まぁ、世の中分からないものですよねぇ。

して、そのあらすじは以下の通りとなっております。

時に西暦2015年。超光速航法が実現して宇宙時代を迎えた人類は、宇宙の脅威「宇宙怪獣」による初めての攻撃を受けた。
試験航行中であった地球帝国宇宙軍の超光速宇宙戦艦るくしおんをはじめとする宇宙艦隊は、宇宙怪獣の襲撃により壊滅してしまう。これを切っ掛けに人類は、宇宙怪獣との長く苦しい戦いの日々を生きる事になる……。

それから6年後の2021年。るくしおん艦隊のタカヤ提督の一人娘であったタカヤ・ノリコが、地球帝国宇宙軍付属沖縄女子宇宙高等学校に入学する。
これは、持ち前の努力と根性で戦う、一人の女の子の物語である!



作品本編について触れる前にまず諸々の設定まわりを見てみますと、「バブル経済が続いていってとうとう日本がアメリカのハワイを買収してハワイ県にしてそこをアメリカが真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けて日米戦争が始まっちゃってそのままの勢いで日本がアメリカに勝っちゃって世界を征服、地球帝国を樹立。東京を帝都とし、天皇は地球人類統合の象徴となった!」という、なんか色々とヤバい事になっていたりもするんですよね。勿論、本編中では一切それらの設定に言及されてはいませんけれども。まぁ、そもそもの話として元々GAINAXの母体となったDAICON FILM自体が『愛國戦隊 大日本』なんかの自主製作映画も制作していて、右も左も笑い飛ばす芸風だったというのも関係しているのかも知れませんが(笑)。
しかしながら、同じバブル期に制作された特撮怪獣映画『ゴジラVSキングギドラ』に於いても、「未来に於いて日本が全世界を支配している」的な話になっている訳でありまして、なんとなく『トップ』のこのブッ飛んだ設定も、バブル期の日本の表象となっているのかなぁ、と思わなくもないですかね。
或いは、様々な日本で制作されているアニメやSF映画なんかで「世界的な使命を背負っている筈なのに主要登場人物の殆どが何故か日本人である」という事へのメタ的なアンサーなのかもと思ってみたり。そりゃ日本が世界を牛耳っていたら世界の命運を左右するポジションに日本人が多数立っていたり公用語が日本語だったりしてもおかしくないっすわな!(笑)

さて、作品全体のノリとしては、やはりと言うかなんというか「80年代だなぁ」と感じるところは多々ありますが、全体的には第1話を除いてはSFカラーで統一されているように思います。
宇宙での戦闘や、亜光速航行によるウラシマ効果、縮退炉やブラックホール爆弾、そして敵である宇宙怪獣の人類を殲滅せんとする行動原理が銀河系の免疫抗体であるという事に基づいている等全体的に結構重厚なSF考証が為されており、宇宙怪獣と宇宙艦隊が戦うという荒唐無稽な物語でありながらも地に足が着いている印象を視聴者に与えてきております。
地に足がついている」という点で言えば、作中に度々登場する様々な看板や小道具等のほぼ全てが1988年当時実在していたモノになっているというのも挙げられますか。登場人物達が飲んでいるコーヒーはUCCコーヒーだったり、宇宙ステーションへ向かうシャトルをJALが運行していたり、宇宙戦艦ヱクセリヲンの艦内鉄道として国鉄103系電車が走っていたりしており、アニメではありながらも「現実の延長上の世界なのだ」という事が強調されている訳であります。ソ連は崩壊しちゃいましたけど。
設定面でも、作中に登場する人型ロボット=マシーン兵器は日産とフォルクスワーゲンの共同開発となっていたり、宇宙戦艦ヱクセリヲンは三菱造船や石川島播磨重工等の企業からなる日本重化学工業企業共同体が建造を行ったという事になっていたりします。
近年に於いては現実世界に実在する企業等ともタイアップを行ったりして、アニメにその企業の製品等がそのまま登場するという事が増えてきておりますが、『トップ』が制作された80年代後半頃にはそういった作品もほぼ無く、現実にもある身近なモノがアニメの小道具として登場すると言うのは結構斬新な事だったのではないでしょうかね。勿論、許可なんかはほぼ取ってはいなかったのでしょうが……(笑)。

そして、この作品について書くに当たり言及しなければならないのは、やはり、『エースをねらえ!』と『トップガン』を足して割ったようなタイトルを見れば分かります通り、本作は古今東西ありとあらゆる漫画、アニメ、洋画、邦画、特撮にSF小説等のオマージュで構成されているという点でありましょう。
管理人も大好きな『妖星ゴラス』や『宇宙大戦争』に『日本沈没』等の東宝特撮映画や、或いは、『マジンガーZ』や『ゲッターロボ』、『超電磁ロボコン・バトラーV』に『伝説巨神イデオン』等のロボットアニメや『宇宙戦艦ヤマト』のようなSFアニメ、更には『ウルトラマン』や『仮面ライダー』に『スーパーロボット マッハバロン』や『Xボンバー』といったTV特撮作品に、『激動の昭和史 沖縄決戦』をはじめとした岡本喜八監督の映画等々、その「元ネタ」は多岐に渡っております。それこそ、『トップをねらえ!』の元ネタについて記述するだけで一冊本が書けるくらいに(笑)!
時には現場で、「このシーンに使えそうな元ネタを探して来い!」なんて話もあったくらいでありまして、この『トップをねらえ!』という作品は作品全体でパロディやオマージュをこれでもかというくらいに詰め込んだ作品であるという事が出来るでしょう。それは台詞であったり、画面構成であったり、設定面であったり、或いは劇判曲であったりもするのでありますが、しかしながら凄まじいのがそれらを単なる「パロディのギャグ」の組み合わせとしてでは無く、「『トップをねらえ!』という作品の1場面」として昇華しているという点にあると思うんですよね。
80年代のOVA作品には、オタク層をターゲットにしていた性質上から様々なアニメや特撮のパロディギャグが展開されるというのがあった訳でありますが、その観点から見ると『トップをねらえ!』はそれらのパロディ群とはまた違った趣になっている訳でございますよ。様々な作品から引用を用いつつ自分達の言いたい事を盛り込むというのは、そのまま庵野監督の芸風になってもいる訳でありますが。
しかしながらパロディ・オマージュ満載のこの『トップをねらえ!』も後に、『ストライクウィッチーズ』や『宇宙戦艦ヤマト2199』、『放課後のプレアデス』に『ハッカドール』といった後続のアニメでパロディやオマージュされている訳ですので、そうして、アニメのパロディ・オマージュの循環として続いていっているのは、何とも面白いなぁと、感じるしきりでありますかね。アニメの歴史を感じざるを得ません。

……ここまでで既に4000字近くの文字数を費やしてきましたが、漸くストーリーについて語る段になりましたよ(笑)。
長くなるぞ、この記事は……。

第1話は、まず巨大ロボットが筋トレをしたり組体操をしたりしている全く持って意味不明な映像から始まりました。
いや、明らかにおかしいでしょ!?
何で機械であるロボットが筋トレしているんだとか、そもそも宇宙に上がるのに人型ロボットの訓練をするのは何故なんだとか、開始数分でもうツッコミ疲れてしまう訳ですよ! その上「お姉さまが鉄下駄を!?」とか、笑うしか無ぇよ!!
もう第1話は、古典的な少女漫画のフォーマットにスポ根モノのテイストやロボット要素を乗っけて全力で視聴者を笑わせにきていると言えるでしょう。スパルタの鬼・オオタコーチが『ウルトラマンレオ』のダンの杖を使っているというのもまた……(笑)。
それでも、管理人などはノリコの特訓風景に、「日常の中の巨大ロボット」を感じて結構好きだったりするのですけどね。絵コンテは樋口監督なので、そこは特撮ライクな画作りになっている訳ですし、空気感の描写を見てもやっぱり庵野監督はこういうのが上手いなぁ、と。作画もOVAだけあって崩れも殆ど無く良く動きますし。
コレを観た視聴者は、まさかこの後あんな展開になるなんて思いもよりませんから、まぁ、『トップをねらえ!』を文字通り「ハイクオリティだけどおちゃらけたパロディギャグアニメ」だと認識するでしょう。庵野監督がほくそ笑んでいる姿が目に浮かんでくるようです(笑)。

第2話では、そのおちゃらけたパロディギャグ的な雰囲気を保ちつつも、6年前に死んだノリコの父であるタカヤ提督が乗っていた、超光速宇宙戦艦るくしおんが太陽系付近に亜光速で接近してくるというお話に。
これを受けてノリコ、カズミ、オオタコーチが小型の亜光速艇で確認を行うという事になる訳でありますが、ここから『トップをねらえ!』という作品が単なるパロディギャグ作品から一歩先に進んでいく事になるのでありますね。
勿論、亜光速艇の発進シークエンスは『妖星ゴラス』のゴラス観測カプセルの発進シークエンスっぽかったり、コーチやタシロ提督が話しているシーンの後ろでカシャカシャ回っているテープ式のコンピュータなんかは50年代、60年代のSF映画っぽいテイストだったりと様々な場所に様々な作品のパロディ・オマージュが組み込まれてはいるんですけどね。
亜光速で航行する事により、ウラシマ効果が発現。ノリコ達にとってはほんの10分ちょっとの出来事が、地球では半年以上もの時間が過ぎてしまう。それは亜光速で飛んできたるくしおんも然りで、15年前に消息を絶ったるくしおん艦内では、まだ2日しか時間が経過していなかった。ノリコは第1艦橋を目指すが、しかしそこは宇宙怪獣に破壊された後だった……。
非常に、切ない話であります。
しかし、『トップをねらえ!』は、この「ウラシマ効果」をひとつの軸に、展開していく事になる訳ですね。

第3話と第4話では、超光速宇宙戦艦ヱクセリヲンを旗艦とする宇宙艦隊と人類を脅かす敵である宇宙怪獣の戦いとなる訳であります。
この作品の世界の宇宙はエーテルで満たされているという事になっており、宇宙戦艦もエーテルの抵抗を抑える流線型、爆発等もエーテルを通して衝撃波として伝わってくる等、作画演出に説得力を持たせる設定として機能しているように思います。
そうして描かれる、宇宙を航海するヱクセリヲン乗組員達の日常。艦が揺れたり、航路を確認したり、広大な艦内を列車で移動したり、ワープ中に肝試しをしてみたり、大目玉をくらって甲板のレーザー砲のレンズ磨きをさせられたり。いやぁ、何といいますか、航海モノはいいぞ、と(笑)。
それにしてもえげつないのは宇宙怪獣でありますよ。海棲生物っぽい見た目も然ることながら、恒星を繁殖場所としてエネルギーを喰い尽くし、次々と星を殺しながら地球人類を目指すえげつないその姿は、「怪獣」というネーミングではありながら、ゴジラやウルトラ怪獣達のような愛らしさは一切ありません。人類絶対殺すマンですよ、人類絶対殺すマン!

この2話でノリコは初恋を経験したり初出撃を経験したり想い人の死を経験したり特訓したり未完の最終兵器で出撃したりする事になる訳で何かと忙しいのではありますが、しかしやはり、初恋の相手であるスミスとの離別や憧れのお姉さま・カズミにコンビ解消を言い渡された挫折が、第4話でのガンバスター発進のカタルシスに集約されるという構成になっている訳でありますよね。
ここでポイントになるのが、ガンバスターがあんなに格好良い音楽をバックに発進するのにアフターバーナーが昭和のガメラっぽいショボい表現になっている……という事では無く(笑)、ガンバスターのカラーリングが宇宙戦艦るくしおんと同じものになっているという点であります。
ガンバスターの設計をしたのはタカヤ提督の部下だったオオタコーチで、その操縦種はタカヤ提督の娘であるノリコ。そしてそれがるくしおんと同じカラーリングになっているというのは、オオタコーチの想いを感じざるを得ませんよ……!
そうして、「努力と根性」を一つのキーワードに進んできたノリコの成長物語はガンバスターで火星軌道付近にまで迫った宇宙怪獣を倒す事で完結する訳でありますが、しかし物語はまだあと2話、残っている訳でございます……!
パロディ、オマージュ的には、ヱクセリヲン艦隊に宇宙戦艦ヤマトがどさくさにまぎれて混じっていたり、宇宙を航行している宇宙艦隊群が特撮セットの吊り操演で動いているかのような挙動をしたり、ガンバスターが飛んでいく際にマッハバロンのようなポーズを取っていたりする部分がポイントでしょうか。作品は大真面目なノリではありますが、しかし制作スタッフは爆笑しながら描いていたとか(笑)。

因みに、OVA展開をしていた本作、売れなかった場合はこの第4話で打ち切りという事になっていたのですが、売れ行きも好調だった為残りの2話の制作が決定したという話があります。いやぁ、売れてくれて本当に良かったっすよ。80年代の先輩オタクの方々が買ってくれたから、管理人のような後追い組が完全な形で観れる訳でありますからね……!
80年代、90年代のOVA作品は、売れずに打ち切りで尻切れトンボみたいになってしまった作品が多数ある訳で、『トップをねらえ!』でそれが起きなくて本ッ当に良かったですよ。
よく、5話・6話は「後付けで制作された」という事が言われたりもしているのではありますが、庵野監督ら製作スタッフは、第6話のエンディングから逆算して構成しているという旨の事を言っているので、やはり制作意図としては初めから全6話構成だった訳なのであります。一応第4話はクライマックスっぽくはなっていますけれども、でも制作意図通りの構成で観たいですもん。

さて、第5話ではそれまでとは雰囲気がガラッと変わります。
太陽系を離れ、超光速で航行していたヱクセリヲンに乗っていたノリコとカズミにとっては僅か数ヶ月の航海でしたが、ウラシマ効果によって地球では10年の月日が流れてしまっていました。そこでノリコは同級生で親友のキミコに再会するのですが、彼女は結婚してお母さんになっていたのでありました。
切ない。実に切ないお話なのではありますが、しかしコレ、なんだか身につまされるようなお話なんですよね、これがまた。この話に於ける「ウラシマ効果で10年取り残されてしまったノリコ」というのは、まるっきり視聴者である「オタク」のメタファーにもなっている訳でありますよ……。
10年の間で、学生の時に一緒に馬鹿やっていた友達も結婚して家庭を持ったりもしている。翻って、自身は相変わらずオタクのまま。社会人になっても相変わらずにオタクをやっているのは自分だけなのでは無いか、という得体のしれない寂しさと焦燥感に駆られるのは何故でありましょうか。いや、「オタク」として突き抜ければそれでも良いのではありますが、しかし管理人も時々こう感じてしまう時があるんですよね。「俺は、このままオタクを続けていて良いんだろうか」と。
トップをねらえ!』という作品は、全面的にオタクの方向へ向いた作品ではあるのですが、こうして成人オタクの心を確実にえぐってきたりする、恐ろしい作品でもあるんですよ(笑)。
諸々のスタッフインタビューなんかをみると、どうやら企画・原作の岡田斗司夫さんや、脚本の山賀さんは割と意図的にオタクの自虐を盛り込んだとらしいのですが、一方で庵野監督は特にそういう意図を持って演出していたという訳では無いようです。そのあたりの制作者間での空気感の違いもあって、なかなかどうして興味深い話でありますよね。

第5話での物語は、数億という天文学的単位で太陽系に迫りくる宇宙怪獣軍団に人類はどう立ち向かっていくのか、という話になります。
ここでの地球帝国宇宙軍の首脳陣が志村喬やら香川良介やらによく似た顔の軍人達で構成されており、往年の東宝の戦争映画というか『日本のいちばん長い日』のような雰囲気なのに、卓上に松本メーターが置いてあるというなんともシュールな図だったりもするのですが、結局オオタコーチの発案で廃艦となったヱクセリヲンの縮退エンジンを暴走させてブラックホール爆弾として敵にぶつけるという作戦が採用され、その護衛にノリコとカズミのバスターマシン1号&2号が付く事になる訳であります。
しかし、オオタコーチは宇宙放射線病(宇宙戦艦ヤマト』で沖田艦長が罹患していた病気と同じ病名です。)に侵されており、亜光速で航行するガンバスターで出撃するノリコ・カズミは、もう二度とコーチに会えないかも知れない。作戦中、どんどん経過していく時間に耐えられず、コーチを恋い慕っていたカズミは作戦を放棄してしまおうとするのだが、ノリコの魂を込めた説得により、自らの使命を再認識。「合体しましょう!」という声と共に、ガンバスターに合体。宇宙怪獣軍団を相手に、一騎当千のその力を披露するのであった!
……いやぁ、熱いッ! 第1話の段階からは、こんな熱い展開になるなんて思いもしませんよね(笑)。
この戦闘シーンは挿入歌「トップをねらえ! 〜Fly High〜」がかかり、日高のり子と佐久間レイの迫真の演技と絶叫、そして非常にハイクオリティな戦闘の作画演出等、全てが噛み合って相乗効果を発揮した伝説的なシーンになっている訳であります。ガンバスターがコン・バトラーVみたいな動きをしたりゲッターロボみたいな動きをしたりウルトラセブンみたいな動きをしたりしているのですが、それを笑っているような余裕は全く無く、ただただ圧倒されるばかりであります。
恐らくこのシーンが、パロディやオマージュを超越した庵野演出の真骨頂なのでありましょうねぇ……。
そうして、地球に帰還した二人を、ちゃんと生きていたオオタコーチが迎えてて、ハッピーエンドです、めでたしめでたし!
いや、あともう1話残っていますが。

そうして、最終話である第6話。
サブタイトルである「果てし無き、流れのはてに…」は、小松左京のSF小説『果てし無き流れのはてに』からの引用であります。最終話がSF小説のタイトルからの引用となっているのは後のGAINAXオリジナル作品の伝統にもなっておりますね。
この最終話では画面が白黒になり、演出も全編通して古い映画風になっております。銀河を舞台としての、人類と数十億の宇宙怪獣との戦いが描かれます。
いや、もう深くは語りません。
さよならは言わないわ、行ってきます」というカズミの台詞と「帰ってきたら、おかえりなさいと言ってあげるわ」というユングの台詞、ノリコの「ごめんキミコ、もう会えない!」という台詞、そして1万2千年後の「オカエリナサト」、その直後のカラーになる一瞬が、もう総てであります。管理人も久方ぶりに観たら、もう感涙してしまって……(笑)。
第1話でロボットが筋トレしているおバカな映像からたった3時間(一気観したら)でこの感動巨編でありますから、もう本当に凄まじい作品でありますよ。「炎の熱血友情ハードSF宇宙科学勇気根性努力セクシー無敵ロボットスペクタクル大河ロマン!!!!!」というキャッチコピーは伊達では無いッ!
勿論、『日本沈没』同様の「この地域には被害が無い」テロップや、宇宙戦艦エルトリウムの椅子が『スーパーロボット マッハバロン』の国際科学救助隊KSSの椅子と同じモノになっているなど最終話で感動巨編だからといってパロディ・オマージュが無くなるという訳ではありません(笑)。木星をブラックホール爆弾にして銀河系の中心ごと宇宙怪獣を殲滅するというのも、木星を犠牲にして地球人類が助かるという『さよならジュピター』オマージュですしね。
しかしながら、宇宙戦艦エルトリウムを旗艦とする「銀河中心殴り込み艦隊」というネーミングは、もう人類はヤケクソになってしまったのかと思ってしまいますが(笑)。

感涙っすよ……。

オタクに向けた作品でありながらオタクに対する毒をも盛り込んで進行し、最後は壮大な大河ロマンとなって完結した『トップをねらえ!』というこの作品でございますが、本当に良い作品でありますよね。管理人は大好きであります。
単純に作品として観ても面白いですし、オマージュやパロディの元ネタと照らし合わせて観るのもまた面白いですし、本当にオタクががオタクに向けて創った作品であるという事が画面からにじみ出てきてきてやみません。
GAINAX的には、本当は全編第1話のようなパロディギャグ路線で行くつもりだったそうなのですが、庵野監督の意向もあって現在世に出ている形となったそうであります。
その為、美術スタッフに泣きながらロッカーを蹴ってリテイクを懇願した庵野監督の話とか、ノリノリで樋口監督が絵コンテを切って原画スタッフがそれを実現する為に四苦八苦したとか、最終話を白黒にしたせいで色彩設定が困難を極めたとか、制作に於ける紆余曲折やらスタッフ間の軋轢等、やたらギスギスした当時の制作現場についての話も出てきたりもする訳であります(笑)。
音楽を担当した田中公平先生などは、パロディギャグ作品のつもりで作曲していたらいつの間にかSF大河ドラマになっていて、「こうなるんだったら最初から言ってくれ!」と絶叫したとかしていないとか(笑)。

そういった感じで、『シン・ゴジラ』公開の予習として『トップをねらえ!』について長々と書いてきた訳でありますが、いかがでしたでしょうか。他にも、庵野監督による音楽演出であるとか、画面構成やレンズの再現や、ここまでで言及していなかった台詞やシーンの元ネタについて等、まだまだ書きたい部分はありますが、それらを書いていくと本当に収集が付かなくなってきそうなので、取り敢えずこれくらいにしておこうかなと。このような長大な記事になってしまうあたり、やっぱり俺は『トップをねらえ!』が、庵野秀明監督の作品が大好きなんだなぁと、改めて実感するしきりであります(笑)。
皆さんも『シン・ゴジラ』予習として『トップをねらえ!』を観るというのも一興ではないでしょうか。
3時間程度でサクッと観れるので、未見の方も是非!(未見の人はここまでのクソ長い記事を読みませんかそうですか。


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2016/06/22 17:36|SFアニメTB:0CM:4

『涼宮ハルヒの憂鬱』という名の青春 

新年度に入って早くも1ヶ月半以上が経過致しました。ゴールデンウィークが終了を迎えてそろそろ梅雨の足音も聞こえ出し、色々と憂鬱な感じになってくるような時期でございますね。
憂鬱といえば、そうだね。『涼宮ハルヒの憂鬱』だね!
と、いう訳で本日は、『涼宮ハルヒの憂鬱』について、書いてみようかなと思うところであります。宜しくお願い致します。……導入が強引過ぎやしないか、今回!?
いや、まぁ、5月に入って久しぶりになんだか『ハルヒ』が観たくなってチマチマ観ていたというだけの話なんですけれども(笑)。
しかしながら遂に、当ブログで『ハルヒ』について書く時がやってきたのでありますなぁ……。

涼宮ハルヒの憂鬱

涼宮ハルヒの憂鬱』は、2003年に角川スニーカー文庫レーベルにて刊行された、谷川流原作・いとうのいぢイラストによるライトノベル作品で、アニメ版は06年の4月より、石原立也監督・京都アニメーションの制作で放送されました。その後、2期「改めて放送版」として、09年の春には新作14話を加えた全28話が放送、翌10年の新春には、劇場版である『涼宮ハルヒの消失』が公開される運びとなりました。
いやぁ、06年の4月期開始アニメッ! 今からもう10年も昔ッ!! 何が憂鬱かって、俺ァそれが一番憂鬱だよ……!
同年のアニメとしては、『ゼロの使い魔』、『ひぐらしのなく頃に‎』、『いぬかみっ!』、『武装錬金』、『無敵看板娘』、『すもももももも 地上最強のヨメ』、『コードギアス 反逆のルルーシュ』、『タクティカルロア』など……。マジかよ、あの『人造昆虫カブトボーグ V×V』や『MUSASHI -GUN道-』からもう10年!?
普段は70年代や80年代のアニメとか60年代の東宝特撮映画を好んで観る管理人も、結局のところは00年代に中高生だった世代なので、やっぱり、『ハルヒ』には少なからぬ思い入れがあるんですよねぇ。前にも当ブログで書きました通り、アニメオタクにはそれぞれ「俺達の世代のアニメ」があるものなのですが、管理人らの世代にとってはそれが『ハルヒ』だったという訳でございますよ。

俺達の世代を代表するアニメは何だ!? -怪獣の溜息

懐古っぽくはなりますが、しかしながら00年代中盤に中高生だったアニメファンにとっては、多分『ハルヒ』って衝撃的な作品であったと思うのですよ。
管理人も同級生らと作品内容についてあーだこーだの議論を交わしたりもしまして、ネットで膨大に紡がれる『ハルヒ』の二次創作SSを読み耽ったりもした訳であります。関西の大学に進学してからは、アニメ版のモデルになった場所への聖地巡礼にも行きましたし、やっぱりなんだかんだで管理人も大好きな作品なんですよねぇ……。

また、『ハルヒ』と同時期に動画サイトYoutube等の勃興があったりもして、そういった動画サイトに(違法)アップロードされた作品本編が爆発的な再生数を稼ぎ、廻り回って現在のアニメの公式配信の礎となったり、『ハルヒ』以降明らかに深夜アニメに於ける作画・背景美術の質が上がったりもする等、アニメ業界へ与えた影響も少なくは無い訳です。
作品の人気や後に与えた影響等を鑑みるに、管理人らの世代にとっては上の世代に於ける『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』、『新世紀エヴァンゲリオン』といた作品達と同格の、まさに「俺達の世代を代表するアニメ」なのでございます!
……異論反論あるかとは、まぁ、思いますけれども(笑)。

さて、そのあらすじはこんな感じでありました。

「サンタクロースをいつまで信じていたか?」なんて事は、他愛の無い世間話にもならないくらいのどうでもいい話だが、俺がサンタなどという想像上の赤服爺さんを信じていたかというと、最初から信じていなかった。子供ながらにクリスマスにしか仕事をしないジジイの存在を疑っていた賢しい俺なのだが、宇宙人や未来人、幽霊や妖怪や超能力者や悪の組織やそれに対抗するヒーロー達がこの世に存在しないという事に気づいたのは相当後になってからだった。いや、本当は気付きたくなかっただけなのだろう。俺は、宇宙人や未来人や超能力者がフラリと俺の前に現れるのを望んでいたのだ……。
中学を卒業する頃には、俺はそんなガキな夢を見る事からも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。俺は大した感慨も無く高校生になり、そいつと出会った……。

「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者が居たら、私の所に来なさい! 以上」

誰もが冗談だと思っただろう。結果から言うとそれはギャグでも笑いどころでもなかった……。
こうして俺達は出会っちまった。しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何をやらせても完璧にこなしてしまうが非常にエキセントリックな言動を取るその涼宮ハルヒという女の子には、本人が無意識のうちに願望を実現してしまうトンデモ能力があった。
ハルヒは、主人公であり本作品の語り手であるキョンとの何気ない会話をきっかけにSOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)を立ち上げる。そうして、あれよあれよという間に、銀河系を統括する肉体を持たない情報生命体「情報統合思念体」のコンタクト用人型端末である長門有希、涼宮ハルヒが原因であるとされる次元断層の究明の為に未来から派遣された朝比奈みくる、涼宮ハルヒによって付与された異能力を使う「機関」と呼ばれる組織に所属する古泉一樹の3人が、涼宮ハルヒの手によってSOS団に集結してしまった。
そうして、穏やかなるキョンの日常は、劇的に変化していくのであった……。



物語の構図としては、男の子が女の子に出会うというボーイ・ミーツ・ガールものであると言えるでしょう。そこにSF的な味付けと、90年代の終盤から続いてきていた、いわゆる「セカイ系」の文脈を加味して、この『涼宮ハルヒの憂鬱』は構成されていると思います。
この作品の面白さは何か?
と言われると、正直なところこの作品にまつわる06年当時の様々な思い出やらひたすら読み耽った二次創作SSやら動画サイトで見た関連動画等もひっくるめた一連のムーブメントと切り離して考える事がもう管理人には出来ないのですが(笑)、この作品の面白さは、高校の1室に宇宙人、未来人、超能力者が集まって面白おかしく日常を謳歌しているという1点に集約されるんじゃないかと思うんですよね。「嗚呼、俺もこんなオモシロ設定を持った奴らと一緒に部活動をやりてぇな」と、そう思わされてしまう訳ですよ。
テイストとしては「文化部もの」というジャンルになりますか。類似するテイストで言えば、80年代のゆうきまさみ先生の漫画作品『究極超人あ~る』等がある訳ですが、『涼宮ハルヒの憂鬱』はその延長上にあるような気もするんですよね。そういった意味で『ハルヒ』は、『げんしけん』や『けいおん!』なんかとも姉妹作のような関係にあるような無いような、そんな気がします。
また、ハルヒの「願望を実現する」という舞台装置めいた能力とハルヒ自身の、「自分の周囲こそが世界で一番面白くて、何でもできる、何にでもなれるという感覚と、現実が示すその否定」から来る世界への失望と「ここでは無いどこか」に行きたいとする気持ち、それに対するキョンの「そうじゃない、この世界も案外捨てたもんじゃねぇんだよ」という回答が、結局のところこの作品のキモになっているとは思うのですが、わりとこの辺りは拗らせた中高生(管理人を含む)に共感を持って受け入れられたんじゃなかろうかとも思うんですよね(笑)。それは、いわゆる「セカイ系」と呼ばれる作品群に対するひとつのアンサーでもあり。
どうしようもないモヤモヤとしたやり場のない閉塞感に満ちた気持ち。まさに「憂鬱」と呼ぶに相応しいのですが、『ハルヒ』はそういった気持ちを代弁・昇華してくれたと、そういう気持ちがあったんじゃないかと、今になってみて思うんですよね。当時はよく分からなかったのですが(笑)。
上の世代にとってどうだったかは分かりませんが、管理人ら中高生のアニメファンだった世代にとって、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品は、大いに共感を持って受容され、だからこその人気作となったという事が出来るのではないでしょうか。

他方、1アニメ作品としての『涼宮ハルヒの憂鬱』は、どうだったのか。
まず度肝を抜かれたのはその放送形態でした。
第1話は「朝比奈ミクルの冒険 Episode:00」。ハルヒらSOS団の面々が文化祭の出し物として制作した映画というとんでもないもので、様々な「自主製作映画あるある」が詰め込まれたモノだったのですが、新しく始まったアニメの第1話でこんなのを見せられたらもうひたすら困惑するしかないじゃないっすか!
困惑した頭で翌週の第2話を観ると本来の第1話に相当する話が来るのですが、第4話に再び第7話に相当する時系列の話が入り込み、以降は物語の本筋を進めつつ合間合間にその後日談となっている話を挿入するという時系列シャッフル方式で進んでいくという、なかなかに斬新な放送形式が採られていたのでありました。
いやぁ、管理人も第1話で「何じゃコリャ!?」とはなったのですが、その謎さに惹きつけられてあれよあれよと続けて観て行った感じでありましたよ。今見返すともう懐かしさしか無いんですが(笑)。
この構成は絶妙としか言いようが無く、後日談相当話がキャラクターの掘り下げと本筋相当話の伏線としても機能しており、結果的に原作既読者にはサプライズを、アニメから観始めた人には真新しさを、それぞれ提供する形となっていたと言えるのではないでしょうかね。
まぁ、09年放送版の時は時系列順の放送ではありましたが、悪乗りしてループ構造の話である「エンドレスエイト」を8回も続けて放送したりしてヒンシュクを買ったりもしましたが(笑)。

構成はそのように奇想天外な感じだったのではありますが、作品の演出としては非常に丁寧で教科書通りとさえ言えるような堅実っぷりだったと思うんですよね。これは、京都アニメーション制作のアニメ全般に言えるんですけれども。
話の流れに沿った暗喩表現や色調、天気に至るまで緻密に画面内の情報を計算された上での演出が為されており、映像作品として非常に優れているという事が言えるでしょう。外連味のあるような演出や度肝を抜くような作画も特に無いのですが、それも作品世界にマッチしての事であり、原作を忠実に映像化している好アニメ化作品としての評価は非常に高いです。
作画面も非常に高品質であり、06年当時の同時期の深夜アニメ作品に比べて頭一つ飛びぬけているクオリティだったように思います。

また、先述の通り『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメ作品が後に与えた影響というのも少なからずある訳です。
この作品のヒットにより、「文化部もの」が明らかに増えたような気がしますし、深夜アニメの作画水準も「ハルヒに続け!」とばかりに、全体的に向上したように思います(まぁこれは、技術・システムの向上という要因もあるとは思いますが)。まぁ、作画や背景美術のクオリティが向上するのは、アニメ業界にとっては痛し痒しだった部分はあるようですが……。

「作画のクオリティバブル」についてのお話 -怪獣の溜息

一番大きいのは、やはり動画サイトへの積極的関与ですかね。今では当たり前となっているアニメの公式配信も、『ハルヒ』の動画サイトからのヒットというのとは無関係では無いでしょう。まぁ、『ハルヒ』が無くても遠からず他のヒットしたアニメから似たような流れになっていったんでしょうけれども。
今もそうですが、深夜アニメというのは必ずしも全国区で放送されている訳ではありません。なので、ネットの動画サイトで視聴して作品のファンになるというプロセスが出来たのは、新しいアニメファンの獲得という点で非常に大きかったようであります。
結果として、Youtube等の動画サイトでの視聴が進んだ結果、作品の映像ソフトやキャラソンCD(オリコン上位に食い込む等といった現象も起きました。)の売り上げが伸びたという事にも繋がった訳でありました。どうやら海外盤の売れ行きにも少なからず影響していたようで、新しい市場開拓という観点もあるみたいなのですが。

と、まぁ、そういった感じで管理人としては思い入れも深い『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品。それ故に、昨年に放送されたスピンオフ作品である『長門有希ちゃんの消失』なんかは割と同窓会気分で観ていたりもしたのですよ(笑)。そら10年も経ってるんだから、同窓会気分にもなりますって。
原作小説は2016年5月現在で11巻まで出ている訳ですが、ここ5年くらいは続巻の話も特に無く、公式の方も特にアナウンスは無かったのではありますが、今年の七夕にアニメの主題歌や挿入歌等を収録したサントラCDが出るようで、今後の新展開に繋がるのか、と、一部では囁かれている感じではあります。しかしコレも7月か、ううむ……!
ぶっちゃけて言うと、『ハルヒシリーズ』って、『憂鬱』が完成系で、その後のシリーズは壮大な後日談でもあるんですよね。それ故に、話の展開も難しいなと感じる部分も多々ありはするんですけれども、それでも新作をまた読みたいというのが本音ではあるんですよねぇ。
もはやアニメ1期の本放送から10年が経過し、ファンである管理人も完全に過去の作品で同窓会気分ではあるんですが、まぁ、気長に新作を待ちましょうやと、そんな気分になっていますかねぇ。

末永く、この作品と付き合っていきたいものであります。


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2016/05/20 20:15|SFアニメTB:0CM:5

やっぱり好きだ! 『超時空要塞マクロス』 

4月に突入しましたので、2016年の4月期開始アニメも順次開始しております。
そして今期は、『マクロスシリーズ』の最新作である、『マクロス⊿』も放送されておる訳でございますよ。管理人の住む地域では先日第1話が放送と相成ったのでありますが、やはり自分は『マクロスシリーズ』が好きだなぁと、痛感しきるような、そんな第1話でありました。
と、いう事で本日は『マクロスシリーズ』の第1作目、『超時空要塞マクロス』について、ちょいと書こうと思うところであります。
あ、『愛・おぼえていますか』では無く、当記事はあくまでTV版の方です。あしからずッ!

超時空要塞マクロス

超時空要塞マクロス』は、1982年から1983年にかけて放送されたSFロボットアニメでございます。この時期は丁度『機動戦士ガンダム』によるアニメブームが起きていた頃でもありました。「ガンダムに続け!」とばかりにリアルな戦争の概念をロボットアニメに持ち込んだ、俗にいう「リアルロボットアニメ」が隆盛してきており、『マクロス』もその流れを汲んだ、SF考証・軍事考証が為されている作品であります。
超時空要塞マクロス』以外の80年代頭のロボットアニメとしては、『宇宙戦士バルディオス』、『伝説巨神イデオン』、『機甲創世記モスピーダ』なんかが管理人は好きですかね。……どれも打ち切り・放送短縮の憂き目にあった作品じゃねぇか何てこった!

制作スタッフとしては、『宇宙戦艦ヤマト』にてアニメーションディレクターを務めた石黒昇監督がシリーズディレクター(監督)、『機動戦士ガンダム』にてSF設定・脚本を担当した松崎健一氏をシリーズ構成に据え、アニメ・特撮ファン層からアニメ界に入ってきた当時の若いスタッフ達の「やりたいこと」をふんだんに盛り込んだ制作体制となっておりました。
その後の『マクロスシリーズ』の総監督ポジションとなる河森正治監督はメカニックデザイン・絵コンテ・監修として参加していますし、後に『新世紀エヴァンゲリオン』の制作会社として名を馳せるGAINAXの中核スタッフが、各話演出や原画として参加していたりもします。
また、後に特撮作品に深く関わる事になる人達も多く本作の製作スタッフになっているんですよね。河森監督は特撮ロボット映画『ガンヘッド』でメカニックデザインを担当していますし、本作では各話原画を担当していた板野一郎監督は00年代の『ウルトラシリーズ』の3DCG演出を担当しています。同じく各話の原画担当の前田真宏監督は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のデザインに抜擢されておりますし、これまた同じく各話の原画を担当した庵野秀明監督は、16年夏公開の特撮怪獣映画『シン・ゴジラ』の総監督を務める事になりました。
超時空要塞マクロス』と特撮、なんとも不思議な縁でありますなぁ。それだけアニメ・特撮界で活躍する事になる才能のある人達が集まった、そんな作品だったという事が出来るのかも知れません。
尚、音楽担当は羽田健太郎先生。印象に残る劇中歌や劇判曲が非常に多い! ……特撮関連で言うと、羽田先生は『復活の日』や『さよならジュピター』の音楽担当でもあります。

さて、『超時空要塞マクロス』のあらすじはこんな感じです。

西暦1999年7月、太平洋上の孤島・南アタリア島に全長1200メートルもの巨大な宇宙戦艦が墜落した。宇宙戦艦に異星人の姿は確認されなかったが、人類の科学力をはるかに凌駕したそれは、オーバーテクノロジーによる技術革新をもたらすと共に宇宙での戦争を示唆していた。
人類は宇宙からの脅威に備えるべく、国境・人種・宗教・思想などの垣根を超えた地球統合政府を樹立。しかし、これに反対する勢力も少なからず存在し、「統合戦争」と呼ばれる戦乱も勃発し、長期化した。

戦乱が終結し、反統合同盟軍も一掃された2009年、改修の終わった宇宙戦艦……SDF-1マクロスは、進宙式を迎える。
しかしその日、地球付近の宙域に異星人の軍隊「ゼントラーディ軍」の艦隊が出現した。その存在を感知したマクロスの主砲が自動的に動作、ゼントラーディ軍の宇宙艦隊を撃破してしまう。マクロスは、ゼントラーディ軍と敵対する「監察軍」が仕掛けたブービートラップだったのだ。
この日人類は、未知の異星人との戦争へと突入してしまったのである。

ゼントラーディ軍の包囲網から脱出する為、マクロスは月の裏側への空間跳躍―フォールド―を試みる。しかし、フォールドの制御がきかず、マクロスは南アタリア島一体ごと冥王星起動付近に跳躍してしまう。
フォールドシステムは消失してしまい、通常推進での地球帰還を余儀なくされたマクロスは、シェルターに避難していた南アタリア島の住民達を収容し、地球へ向けての航海に出る。
闇を切り裂き、遠く輝く青い星を目指して……。



1999年7月に空からとんでもないモノが落下してきてその後大規模な戦争に繋がるというのは、やはり「ノストラダムスの大予言」が下敷きになっているのでしょうね。結果的にゼントラーディとの戦争で地球人類の大半は死滅してしまう事になっちゃいましたし。
しかしながら現在・2016年から見ると、1999年にマクロスが落ちて来る事も無かったですし、2009年にゼントラーディ軍が攻めてくるなんて事も無かった訳です。俺達はなんとも味気無ぇ未来に来ちまったもんだ……。

それはともかくとして、1990年生まれの管理人などは本作のヒロイン・早瀬未沙と同い年(学年で言えば早瀬さんの方がひとつ上なのですが)だったりもする訳でありまして、丁度09年の頃などは管理人も大学入学と同時期にSDF-1マクロスの進宙&第1次星間戦争の勃発という「フィクションと現実が交差する奇妙な時間」を過ごしているという感覚を覚えていたりもする訳です。特に自分と同じ年の生まれという設定のキャラが居ると、物凄く親近性を持ってしまいますよね(笑)。
そして、『マクロスシリーズ』の年表に於いて今年・2016年の7月には、一条輝君や未沙さん、そして第1次星間戦争を終結に導いた伝説的歌姫であるリン・ミンメイを乗せた宇宙移民船メガロード-01が銀河系中心部にて消息を絶つというイベントが控えている訳でございますよ……。いやぁ、何とも言えませんなぁ。
完全後追い視聴組の管理人ではありますが、「登場人物と同世代」というのは、近未来を描いた作品に於ける、リアルタイム視聴世代に無い後追い世代の特権であると思うところであります。

さて、実のところ、『超時空要塞マクロス』という作品、管理人は大好き作品なのではありますが、しかし「優れている作品か?」と聞かれると、「う~ん……」となっちゃうんですよね(笑)。
物語的には戦いしか知らない異星の巨人と文化を持つ地球人類が、戦争の果てに融和するという異文化交流モノという事が出来ます。そこに「」、「アイドル」、「恋愛ドラマ(三角関係」といった要素が絡みこんで来る訳なのですが、正直なところそれらの要素が結構散漫になっちゃっている感が否めないんですよね。
新しい事をやろう!」、「好きな事をやろう!」というスタッフの意気込みが結構空回りしちゃっている感じも無きにしもあらず、といったところでしょうか。本来であれば2クール目で最終回となるところが、玩具展開の売り上げが好調だったという理由で1クール分引き伸ばされてしまったというのも痛い所であったと思います。
更に、作画の面では、当時のTVアニメの水準から見ると最高級の作画があった後に当時のTVアニメの水準からみると最底辺(単にキャラクターの絵が微妙になるだけでは無く、映像そのものが作画枚数不足でカクつく「電動紙芝居」と揶揄されるほどのモノもありました。)の作画があるなど、作画のバラつきも非常に気になります。近年の『超時空要塞マクロス』BD発売の折には、「当時最高の作画と最低の作画がBDの超高画質に!」等と言われてしまったりもした訳です……(笑)。

しかしながら、そういったアレな部分も多々ありながらも、戦闘機がロボットに変形するという可変戦闘機のシステムと、アクロバットなミサイルが乱舞するスピーディーな戦闘描写、「宇宙戦艦の中に街がひとつ入って、そこで人々が暮らす」というセンスオブワンダーな展開、そして何よりも「歌で戦争が終わる!」という荒唐無稽な物語を強引に魅せ切る構成は見事なものでありまして、管理人の心を鷲掴みにして離さんのです。考えてみたら、航海モノ、巨人、異文化交流、宇宙戦艦、戦闘機と、管理人の好きな要素がこれでもかというくらいに詰め込まれている訳で、好きにならない方がおかしいという話もありますが(笑)。
特に「異文化交流」の部分は、ゼントラーディが地球の文化を知っていく過程がかなり丁寧に描かれており、非常に面白い出来になっていると思います。引き伸ばしになった1クール分も、「終戦後の、人類文化に溶け込んだ、或いはなかなか馴染めないゼントラーディ人たち」が緻密に描かれており、世界観に深みを与える味わい深いものになっていると思うんですよね。

本作の主役メカとも言えるバトロイド(人型ロボット)に変形する「VF-1バルキリー可変戦闘機」は、実在するF-14トムキャット戦闘機をイメージモデルとしつつ、ロボットから戦闘機への変形を逆算してデザインが為されたそうであります。
バルキリーの玩具制作中に偶然バトロイド形態とファイター(戦闘機)形態の中間形態であるガウォーク形態が発見され、そのままアニメにも登場となったという冗談みたいな話もあるのですが、兎に角ファイター、ガウォーク、バトロイドの三形態に変幻自在に変形する戦闘メカは、そのスピーディーな戦闘演出とも相俟って滅茶苦茶格好良いんですよね。先述の通り完全変形を再現した玩具は当時人気を博して番組延長の要因にまでなったほどですし(笑)。いや、管理人も子供だったら憧れますもん、こんな戦闘機!

VF-1ガウォーク形態

近年は『マクロスシリーズ』を題材としたゲームも登場し、3形態に変形するメカを操縦する事も出来るんですよね。
管理人も実際にそういったゲームでVF-1を操縦する事もある訳ですが、ガウォークの汎用性が兎に角高いんですよ(笑)!
ガウォークは戦闘機というよりは攻撃ヘリに近い運用の仕方だったりするのではありますが、空対地攻撃は勿論、ドッグファイトにもある程度は対応可能、更には近接戦闘(殴り合い)までこなすことが出来る! 敵機の居る現場まではファイター形態で飛んで行って、会敵したらガウォークに変形、臨機応変にガウォークとファイターを使えるようになれば、あまり操作が上手く無くてもなんとかなんとかなるんですよね。でも、上手い人はちゃんと形態を使い分けてより良いスコアを出しているんだよなぁ……。
そういったゲームで逆説的に、劇中で3形態を完全に使いこなせていたマックスやフォッカー少佐の「スゴ腕」っぷりが分かったりもする訳です。柿崎は変形があまり上手くなかったから全方位バリアの暴走に巻き込まれて死んでしまったんじゃ……。
変形」と言うと、宇宙戦艦であるマクロスが人型に変形するという奇想天外さも良いですよね。最初は居住区に被害が出るけど次第に住民も慣れていっているというのも面白い。

最後に、キャラクター面も少々。

よく言われているのは、戦争を終結に導く役回りであるミンメイが、割とワガママな女の子として描かれているという点でしょうか。『マクロスシリーズ』の2040年代頃になると「リン・ミンメイは伝説の歌姫だった!」みたいに語り継がれちゃっていたりもして、「ええっ……」となったりもする訳ですよ(笑)。
しかしまぁ、ごくごく普通の歌が好きだった女の子が宇宙戦艦の街でアイドルになり、果ては戦争終結の歌姫にまでなるというのは、考えてみると凄い話であります。マクロスの出航から戦争の終結まで1年ちょっとくらいの期間でありますから、ミンメイにとってはその実感が殆ど無かったというのが実情じゃなかろうかと思うんですよね……。そうした感覚のズレが第27話以降の「戦後編」での彼女の転落に繋がっていく……と。
しかし、宇宙戦艦の街に暮らすという、生活が大きく変わってしまう中でも天真爛漫に振る舞えるというのは、リン・ミンメイという女の子は天性のアイドルだったと言えるのかも知れません。

一方で、主人公の輝君は輝君で相当に煮え切らない奴だったりするんですよね。そりゃミンメイは気分屋でワガママ娘で振り回されてしまうというのはあるんですけれども、「戦後編」に於ける彼は優柔不断過ぎやしませんか、と。「優柔不断だ」と言われる今時の深夜アニメの主人公でももうちょっとちゃんとしてますって! いくらなんでも早瀬さんとのピクニックの約束をすっぽかしてミンメイに会いに行くのはいただけねぇぜ……!
超時空要塞マクロス』全体で見ると、輝君は主人公なのに「アイドル」や「異文化交流」、「可変戦闘機」等の要素に埋もれちゃっている感があるんですよね。作劇的に我を主張せずに割と空気みたいな扱いなんですもん……。キャラクターとしては、フォッカー少佐にマックスやミリア、柿崎にオペレーター三人娘やグローバル艦長、ワレラ&ロリー&コンダのスパイ三人組達の方がどう考えても立っているんですよねぇ。下手したら町会長さんとかにも負けているぞ、輝君! キャラクター的な影の薄さとその優柔不断な性格もあって、ちょっと感情移入し難い主人公なのかなぁと、思いますかね。
ある意味では、輝君は可哀相な役回りなのかも知れません。主人公なのに……!

さて、早瀬未沙さん。
上の方で「管理人と同い年だぜ!」と書きましたけど、作中の役回りとしては「お姉さん」なんですよね。仕事に恋に悩む一人の女性として描かれておりました。魅力的なお姉さんですよ。
最初の方は野暮ったい髪形の口うるさい女の上官という感じなんですが、輝への恋心を自覚し始めてからは弱さをさらけ出したり、作画もだんだん可愛らしい感じにシフトしていくという演出が為されていっておりました。
いや、多くは語りますまい。早瀬未沙、いいよね……。
そして、彼女には、輝君よりも感情移入できてしまいます(笑)。

こういった輝君が優柔不断過ぎたりミンメイがワガママだったりするような点は『愛・おぼえていますか』の方で改変・改善されているんですよね。輝君も男らしくなるし、ミンメイもプロ意識のある歌姫になっている。
こっちの方のミンメイなら伝説になっても然るべし、ではあるんですけれども、逆にTV版のミンメイが後世で伝説的な扱いになってしまうというのも、ある意味ではリアルなのかなぁ、とも思ったり(笑)。


と、いった感じで、『超時空要塞マクロス』についてダラダラと書き散らしてきた訳でございますが、当記事を作成したのは『マクロス⊿』の放送に際して『超時空要塞マクロス』を全話観直していたからだったりもするんですよね。
再視聴の結果、やっぱり俺、マクロス好きだわ、と、再認識するしきりでありました(笑)。
マクロスシリーズ』は全作品観ているのではありますけれども、シリーズで一番好きなのはやっぱりこの『超時空要塞マクロス』なんですよ。確かに粗も多く洗練されているとは言い難い作品ではあるのですが、それ以上に魅力的だと感じる部分が多いのであります。
それは、当時の若い制作スタッフのエネルギーがぶち込まれているからなのか、単に管理人の波長が合ったからなのか……。

マクロス⊿』の放送も非常に楽しみですし、また『マクロスシリーズ』が盛り上がっていくと、良いですね。


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【OP】


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2016/04/08 17:35|SFアニメTB:0CM:0

轟く重低音! 吹き飛ぶパンツァー! 破壊される大洗町! 戦車道、ここに極まれり! 『ガールズ&パンツァー 劇場版』  

戦車最高! 爆破最高! 砲撃最高! 大洗最高! お姉ちゃん最高!

・・・はい。皆さんどうもこんにちは。当ブログ管理人・飛翔掘削です。
ガールズ&パンツァー 劇場版』の公開日より観たい観たいと喚いていながらもなかなか観に行く事が出来ず、『ガルパン 劇場版』を観に行く夢まで見てしまうというアレな状態にまで陥っていた訳でありますが、先日とうとう観に行く事が出来ました。感激の到りでありますね。そのままの勢いで2夜連続で観に行っちゃったりしておりますが(笑)。もうあと数回は劇場で観ておきたいですかねぇ・・・。
いえね、『ガールズ&パンツァー』って、別に観たら知能が下がるような作品じゃ無かった筈なんですよ。なのに今回の『劇場版』では、文字通り「戦車最高! 爆破最高! 砲撃最高! 大洗最高! お姉ちゃん最高!」しか言えない身体になってしまっていたという、『マッドマックス 怒りのデスロード』を観た直後に「マッドマックスやべぇ!」しか言えなくなるみたいな状況に陥っていた訳でございます。どう考えてもおかしいよなぁ?

別にただ感想を述べるだけならもうここで記事を終わりにしちゃっても良いんですが、具体的に何が「最高!」だったかという備忘録も兼ねて、『ガールズ&パンツァー 劇場版』のレビュー記事を、作成していきたいと思うところであります。
宜しくお願い申し上げます。

ガールズ&パンツァー』という作品は、2012年に放送されたTVアニメであります。
管理人もミリオタとまでは行かなくともそこそこの戦車好きでありましたので、放送前に「なんか戦車アニメが始まるらしい」という事で公式ホームページを覗いたところ、管理人の一番好きな日本陸軍八九式中戦車がメイン戦車のひとつとして登場するという事を知ってしまい、「こいつぁ観ない他無いッ!」と感じて視聴を開始したのでありました。
しかしながらその紹介文には「女の子達のハートフルな日常」とか書かれていた為、同時に大変な不安も感じていたというのもまた事実です。同じ女の子と第二次大戦ミリタリー路線であった『ストライクウィッチーズ』が成功したと言え、『ガルパン』はその二番煎じ以上にはなれないんじゃないかとか、色々と思うところは、まぁ、あった訳ですよ。

で、蓋を開けてみれば。「戦車道」という武芸・スポーツを設定した事によって「女の子達の日常」と「戦車戦」が乖離する事無く見事に両立させ、物語も「強豪校から弱小校に転校してきた主人公を中心にチームが纏まっていき優勝を目指す」という超王道スポーツモノのフォーマットに則った形で展開していき、気付けば戦車にあまり興味の無い人達にもヒットし、舞台となった茨城県大洗町は『ガルパン』の「聖地」として賑わいを見せ震災からの復興に一役買っているといった状況になっており、10年代初期を代表するアニメのひとつにまでなっていたのでありました。管理人の大好きな八九式中戦車も大活躍しましたし!
いやぁ、史実では連合国側と枢軸国側で対立していた戦車達が仲良く隊列組んで行進するというのは、それだけで感動しますなぁ。・・・なんかデジャブを感じなくも無いですが。

そうして、テレビシリーズ終了後も漫画や小説、OVAといったメディアミックス展開を見せている中での今回の『劇場版』。一体、どのような作品として仕上がっていたのでありましょうか。
プロレスラーの蝶野正洋氏がCMに出てきたり、蝶野さんに加えて影山ヒロノブ、遠藤正明、山形ユキオ、宮内タカユキといったアニソン界の大物達が熱唱するイメージソングが作られるなど、ちょっとよく分からないプロモーションも展開してはいますが、銀幕で観る戦車戦は兎にも角にも大迫力である事間違い無しでありますよ!

ガールズパンツァー 劇場版


本作のあらすじは以下のような感じですかね。

第63回戦車道全国大会の優勝を記念したエキシビジョンマッチを終え、母校に帰ってきた大洗女子学園戦車道チームに告げられたのは、大洗女子学園の廃校だった!
これに抗議する生徒会長の角谷杏は文科省の役員と交渉、西住流家元である、みほの母・しほの助力もあり、戦車道の大学選抜チームに勝てば、廃校は撤回される運びとなった。大学選抜の隊長は、西住流のライバルである島田流家元の娘・愛里寿。実質的な西住流と島田流の直接対決がここに成立したのである。

しかし、戦車道全国大会を戦い抜いたとは言え、大洗女子学園戦車道チームの所有する戦車は、僅かに8輌。大学選抜の30輌の戦車軍団を前にはあまりに無力であった。
様々な困難を潜り抜けてきたみほにも、「今度ばかりは……」という思いが頭を過るが、試合開始直前、かつての対戦相手達が大洗女子学園戦車道チームへ加勢に駆け付けた!
そうしてここに、空前の戦いが幕を開ける……!



まず最初に度肝抜かれたのは、開始早々のエキシビジョンマッチであります。
炸裂する戦車砲、吹き飛ぶ戦車、そして破壊される大洗町! もうやりたい放題と言いますか、「よくぞやってくれたッ!」と(笑)。

3DCGで表現される戦車はテレビシリーズから引き続いて素晴らしく良く出来ておりまして、モデリングも然ることながら、各戦車の特徴を捉え、乗っているキャラクターの性格までも反映された、こだわり抜かれたその挙動は、日本アニメ史に残る屈指の3DCGアニメーション表現となっていたと思います。3DCGと併用して爆発エフェクトには作画を適時入れ込んだりもして、映像としての完成度を引き上げげられておりましたしね。
テレビシリーズから引き続き「スペック上はこの戦車はこんなに速度は出せない筈なんだが・・・!」というのはあるのですが、もうこんだけ「分かっている」人達が集まって(戦車考証には国内外の様々な軍事研究家や模型メーカーも参加していますし)創られているのだから、それは敢えての事であるというのが伝わってきますし、細部の描写がいちいちツボを押さえて作りこまれている訳で、やはりこの作品は登場する女の子達以上に戦車に燃えて萌えるアニメなのだという事を改めて認識させられるのでありました(笑)。

そして、冒頭からバンバン炸裂してくる、戦車の発砲音と爆発音! あれは劇場音響でなければ堪能出来ない、腹に来る重低音でありましたよ! 実に痺れます。
劇場版仕様として音の厚みが加わった劇伴音楽も、戦車戦を盛り上げるのに一役買っています。おなじみの「戦車道行進曲!パンツァーフォー!」をはじめ各学校のモチーフになっている国の軍歌や民謡が流れる箇所では、問答無用に気分が高揚します。いやぁ、音楽効果は絶大っすなぁ。
TVと比較すると劇場ではやっぱり圧倒的に「」の力が強くなりますよね。この「」の要素があるからこそ、より強く「もう1回『ガルパン劇場版』を観に行っておきたい!」という気にさせられるんでしょうなぁ・・・。

更に、戦車戦で破壊されていくこだわり抜かれた大洗町の描写!
大洗町全体を3DCGモデリング化したんじゃないかと思うくらい、グリングリン動く背景動画!
激戦区画となる町役場!
九五式中戦車が突貫攻撃をする大洗ゴルフ倶楽部!
流れ弾によって破壊され倒壊する大洗シーサイドホテル!
アクアワールド・大洗の破壊された建物の中から様子をうかがうペンギン達!
これは卑怯ですよ。こんなん見せられたら嫌でも「大洗町に行きたい!」って思っちゃうじゃないっすか!
聖地=破壊地」である怪獣映画と同じ感覚でありますかね。破壊されるカタルシスの中に『ガルパン』の「聖地」の真髄があると言っても過言ではありません。中には、「劇場版では是非ウチを破壊してください!」と申し出たお店やホテルもあったようですし(笑)。

更に更に、当たり前のように登場する知波単学園と継続高校の面々、そして聖グロリアーナのローズヒップさんとプラウダ高校のクラーラさん。
あんたら、さも「えっ、以前からずっと居ましたよ?」みたいな感じで馴染んでいるけど初登場ですよね!? そこはかとなく『人造昆虫 カブトボーグVxV』の第41話で突如登場した第4のレギュラーキャラ「シドニー・マンソン」みたいな妙な感覚でした(笑)。
一応、「存在していますよ」という事はTVシリーズやOVAを観ていれば分かる訳ではありますが、唐突に登場すると普通は違和感を持ってしまうものです。しかし、知らないキャラがワラワラと出てきてもガッチリと作品に馴染んでいるという説得力を持たせる演出力は、さすが水島努監督と言うべきなのでしょうかね。
いや、やっぱり否応なく言いくるめられたような感じがして卑怯です(笑)! 特に『ムーミン』シリーズの吟遊詩人スナフキンのような雰囲気を醸し出している継続高校のミカさん。あんた、何者だよ(笑)。

そんなこんなで冒頭から一気に作品世界に引き込まれる感じになっておるのですが、戦車道全国大会で優勝したにも関わらず文科省による強引な手順によって結局大洗女子学園の廃校が正式に決定し、学園艦から降りる事になったみほ達。
確かにTVシリーズでは、優勝はしたけど「廃校が免れた」とは一言も言われておりませんでしたが、この展開は「TVシリーズ&OVAでの、彼女達の戦いは一体何だったのか!?」とならざるを得ない展開ではありました。しかしまぁ、今回の劇場版の展開を考えると妥当な展開なのかな、と。確かに、TVシリーズでは優勝して日本一になってしまっている以上、「それ以上」の展開にしようとしたら、それこそ戦車道世界大会とかそういう展開になってしまう訳で。寧ろ、「理不尽な上層部の横やり」とか「やっぱり最後は戦車道で活路を開く!」という展開も、やっぱりスポーツモノの文脈ですからなぁ(笑)。

そういった、廃校という状況になってから初めて見れる、「いつものキャラ達の違った一面」が見れるというのもまた面白かったですかね。学校が無くなった途端にダラける風紀委員3人娘とか(笑)。
しかしながら、ボコボコに甚振られるクマの「ボコ」を愛でるというみほというのは、なんだか心の闇が見え隠れするようでもあり(笑)。いや、寧ろ主人公にこんなキャラ付けをさせる水島監督の方が闇を抱えてるんだよ! なんで作曲までしてるんすか(笑)!相変わらずこういうのが好きな人だなぁ・・・。
そして同時に、「戦車のある日常」が描写されていたというのもナイスでしたかね。
戦車で買い出しに行ったり、戦車を筋トレの器具として使っていたり(笑)。こういった、「戦車」という本来は人殺しの兵器が、その対極とも言うべき日常風景に存在しており、戦うでもなく生活に活用されているのは、なんかこう、込み上げてくるものがあります。戦闘用モビルスーツを日常生活に活用する描写もある『∀ガンダム』然り、こういうのは本当に良いですよね・・・。
迫力のある戦車戦とこういった日常生活が同居するというのが、『ガルパン』の大きな魅力でもある訳で、こうしてちゃんと戦車戦の合間に緩急をつける形で配置してくるのは見事という他ありません。

そうして、大洗女子学園の存亡をかけた、大学選抜戦車道チームとの戦いへ。
敵方の戦車が30輛に対し、大洗女子学園戦車道チームの戦車は僅かに8輛! しかも、一発逆転が狙えるフラッグ戦ルールでは無く、物量がある方が有利に立てる殲滅戦ルールでの試合。
圧倒的に不利な状況下で、「もはやこれまでか!」という雰囲気になったところに、かつての対戦相手であった黒森峰にプラウダ、そしてアンツィオにサンダースに聖グロリアーナ、更には知波単学園と継続高校までもが続々と大洗女子学園戦車道チームに加勢するのでありました。
いやぁ、ここはもう最高に盛り上がりましたねぇ! かつての対戦相手が助っ人としてやってくる。このドリームチーム感は、まさに劇場版ならではという感じがして非常に好きです。これほど心強いものはありません。これで戦車の数も30対30になったのでありました・・・。
特に、妹の危機に一番槍として飛んできたお姉ちゃん! 「あれ、まほさんってこんなに妹思いのキャラだったっけ?」という意見もネット上ではチラホラも散見されますが、しかしTVシリーズを注視すると、勿論、戦車道の対戦相手として相まみえる時は毅然として戦うという態度ではありましたけど、しかしまほさんは割とみほを心配し、肩を持つ感じで描かれているんですよね。ですので、管理人は「そりゃお姉ちゃんだもん、当たり前だよなぁ!」という感じで、なんだか凄く笑顔になりました(笑)。二人の幼少期の回想シーンなんかもまた微笑ましくて・・・。

それはそうとして、大学選抜チームは戦車の車輌数も然ることながら、戦車の種類も第二次大戦後期から末期に開発されて冷戦時代にかけても各国で長らく配備され続けた戦車が選ばれており、数の上でもスペックの上でもこれまで以上に強力な相手として設定されておりますね。
M24軽戦車などは戦後陸上自衛隊にも採用されて東宝特撮映画では水爆大怪獣ゴジラや大怪獣バランといった怪獣達やミステリアンといった異星人を相手に蹴散らされ果敢に戦っていましたし、センチュリオンとかに至っては様々な改造・改修を経て現在でも運用が続けられている国もある、ある意味現役の戦車ですし。
極めつけは要塞攻略用に開発されたカール自走臼砲! お前それ戦車じゃねぇだろ! なんてもん持ってくるんだ! 『コンバットチョロQ』かよ!
大学選抜でこれなのだから、資金の充実した社会人実業団チームや設立が示唆されているプロリーグは一体どうなってしまうのでしょうか・・・!

心強い味方が増えたとは言えそんな強力な大学選抜チームを相手に立ち向かうには、奇策を弄する他ありません。思えば、大洗女子学園戦車道チームは、相手に劣る戦車の数や性能差を様々な作戦を用いて突破してきたチームでありました。今回はそのみほの戦車道の集大成と言える戦いとなっていたと思います。
地形や構造物を最大限に利用し、敵戦車をひとつずつ撃滅していき、勝利する。
その戦闘の面白さは、ここでいくら文字数をかけて書いたとしても再現不可能なので、もう一回映画館に行くしか無いんですけどね(笑)! 劇伴音楽や劇場音響で轟く重低音の効果もあり、大迫力の戦車戦になっておりましたッ!

個人的に笑ったのは、うさぎさんチームが観覧車を破壊して戦場をひっかき回す一連のシークエンス。前回は『戦略大作戦』で、今回は『1941』かよ! と(笑)。いやぁ、『1941』は第二次大戦中に起きた「ロサンゼルスの戦い」事件をモチーフにしたスピルバーグ監督のドタバタコメディ映画で、最高峰のミニチュア特撮を堪能出来る映画だったりするのでありますが、まさか『ガルパン 劇場版』でこのネタが出て来るとは夢にも思いませんでした。「ミフネ作戦!」じゃねぇよ、腹痛いわッ! 戦争映画繋がりで言えば、パンフレットの裏表紙が『バルジ大作戦』のパンフレットのパロディになっているというのもまた(笑)。
また、知波単学園の面々が、同じ日本戦車という事で八九式中戦車を駆るあひるさんチームと行動を共にしていた訳ですが、八九式の後継車である九五式や九七式が八九式の後ろに並んでアヒルの行列のごとく走行していく姿は、何と言いますか、物凄く面白い絵面でありました。戦車萌えです。

全体を通しては、総勢40人を超えるキャラクターや20種類を超す登場戦車を余す所なく活躍させ、2時間という上映時間を緩急つけつつクライマックスを怒涛の迫力で描き切った痛快娯楽戦車映画だったと言えると思います。
ガールズ&パンツァー 劇場版』は、『ガールズ&パンツァー』のファンムービーとして、アニメ映画として、そして何より戦車映画として、非常に良く出来た作品として出来上がっていたのではないかと。多分ここまで戦車が大活躍する映画は映画史を通しても初めての事なのでは(笑)。

奇しくも明日・12月8日は、日米開戦の日であります。
戦後70年の2015年現在に於いて、こうした第二次大戦期の戦車が純粋なメカとして描かれるというアニメ映画が公開するというのは、いかに現代日本が平和なのかという事の証左と言えるのかも知れませんね。


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『ストライクウィッチーズ』についてのお話

【予告編】


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2015/12/07 19:41|SFアニメTB:0CM:2

世界観の掘り下げ、そしてその先へ……。『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』総括 

去る2015年7月31日、『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow Vol.3 アルンヘムの橋』の映像ソフトが発売されました。これをもって昨年秋から順次上映が開始された『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』も、取り敢えずは完結と相成った訳でございます。

ストライクウィッチーズ』シリーズについては当ブログでも度々言及しているように、管理人がリアルタイムで追いかけているアニメの中では・・・いや、多分全アニメ作品の中で一番好きな作品でありまして、本放送第1話からすっかり本作の虜となってしまい、諸々の関連作品やら関連本やら関連グッズなどを買い集めるなど、すっかりKADOKAWAの狗になってしまっている感もあります。もう一生搾取されてやるよ、という気概なのではありますが、しかし一方で最近は、
【パンツじゃないから恥ずかしくないもん!】なんてキャンペーンをやっているアニメ観ているのって、傍から観たら結構ヤバい人なのでは・・・
等と思い始めてしまっている自分も居ます。・・・今更かよ! という気もしますが、コレは管理人が歳を食って大人になったからなのか、それとも今まで感覚が麻痺していたからなのか・・・。
それはともかく、高校・大学の頃合わせて、この作品を観ていたというか追いかけていたという友人は周囲に1人しか居なかったという事で、いや、もっとハマっている人居てもおかしくないんだがなぁ、とか思っていたのでありますが、しかし大学を卒業してから、大学の頃の後輩や先輩が相次いで『ストライクウィッチーズ』にハマり出すという謎の展開を見せたりもしています。何故俺が在学中にハマらなかったんだ! そしたらもっとスト魔女談義が出来たのにッ!!

・・・さて、管理人のスト魔女事情はこれくらいにしておいて、『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』全体を通しての総括的なアレでも書きましょうかね。

ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow


ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』というタイトルからも分かるように、本作は『ストライクウィッチーズ』のOVA展開作品でございます。「オリジナルビデオアニメ」を「勝利の矢作戦」としちゃうあたりが、なんともスト魔女らしいですなぁ。
昨今のOVA作品と同様、映像ソフトの販売の前に映画館での上映も行うというスタイルでありましたが、まぁ、映画館での興行収入と映像ソフトの宣伝を行うことが出来るという一挙両得作戦は、良いんじゃないっすかね。グッズの販売やら何やらも合わせると、ソフトの販売だけ行うよりも資金回収が捗りますし、映画館だって潤う、皆が幸せになれる興行形態であると思います。

ストライクウィッチーズのOVA」というと、スト魔女ファンの間ではやはり2007年版、通称「旧OVA」が想起されてしまうようであります。管理人もそうですし(笑)。
そちらの内容は、全体としてPVと世界観説明というものではありますが、あのOVAが初めて世に出た『ストライクウィチーズ』シリーズ初の映像作品という事で、制作陣からの期待はそこそこあったようですが、実のところそんなに注目されず、聞くところによるとTVアニメ化の話すら危うかったとの事(まぁそれは別の要因もあったそうですが。)・・・。そう考えると、ここまで展開が続いてくれて本当に良かったと思わざるを得ません。今となってはあの旧OVA設定のスト魔女も観てみたくはありますけれども。
しかしまぁ、なんだかんだで映像作品としては8年も続いているシリーズになっていますからねぇ。なかなかの長期シリーズっすよ。

さて本作『Operation Victory Arrow』。全体的には、作品世界観の掘り下げを主軸に据えたOVAシリーズだったと言う事が出来るのでは無いでしょうか。
管理人は、『ストライクウィッチーズ』シリーズの作品の魅力として、「世界観」というのがあると思います。毎回映像ソフトの付属ブックレットに様々な世界観設定と各戦線の状況が詳しく書かれていますし、関連作品である漫画版や小説版では、その「戦史」に沿いつつ各戦線のウィッチ(作品によっては一般兵達も)が、「私にできること」をそれぞれ果たしつつ、皆を守っている。そして、各作品の時間軸は、1937年~1945年の間に散らばっておりますので、時として他作品に登場したキャラクターの「その後」や「それ以前」を見る事ができるという、「クロスオーバー」的な要素も兼ね備えておる訳であります。
そうしたシリーズ全体の世界観が、この作品群の大きな魅力のひとつだと、管理人は思うんですよね。
この『OVA』では、そういった各戦線で戦っているウィッチや人類統合軍上層部、そして民間人など、これまでの『ストライクウィッチーズ』シリーズの映像作品ではあまり深く描かれて来なかった部分にもスポットが当てられておりました。


Vol.1 サン・トロンの雷鳴』では、シリーズ最初期の作品である、故・ヤマグチノボル先生による小説『ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊』の登場人物でもあり、映像作品に於いては『2』の第4話以来となる、エーリカ・ハルトマンの双子の妹であるウルスラ・ハルトマンと、京極しん先生による漫画『ストライクウィッチーズ キミとつながる空』及び『劇場版』に登場した世界最強クラスナイトウィッチであるハイデマリー・W・シュナウファーが登場。
流れとしては、サン・トロン基地に再び配属となったカールスラント組のところにウルスラがジェットストライカーのテストの為にやってくる、というお話でありました。

2』4話の一件から、ジェットに懐疑的でお姉ちゃんを案じるエーリカ、ジェット実用化の為に再びテストパイロットを引き受けるお姉ちゃん、アマゾナス(我々の世界でのブラジルに相当)のコーヒーで懐柔されてしまうミーナさん・・・。三者三様の反応を示しながらも、滞りなくテストは進み、益々不機嫌になってしまうエーリカ。
カールスラント南部の民族衣装であるディアンドルを着てドヤ顔からの赤面お姉ちゃんが、かわいい。で、ネウロイ出現の報を受けてそのままの格好で出撃しちゃうお姉ちゃんかわいい。
今回の敵は、積乱雲に潜みつつ、攻撃してくる厄介なネウロイ。
そこで、隊長という立場上これまでの映像作品ではなかなか戦闘シーンでの見せ場が無かったミーナさんが、固有魔法である空間把握能力も駆使しつつ空戦で大活躍! ・・・よく考えたら、ミーナさんがこれまでの映像作品でネウロイを撃墜したのって、『2』第7話のアレだけだったのでは・・・。それはそれで酷い話であります(笑)。
最後は、仲間のピンチにジェットを履いたエーリカがウルスラとのコンビネーションでネウロイを撃破。
宮藤に写真を送るも、やっぱりディアンドルでドヤ顔のお姉ちゃんかわいい。

お姉ちゃんは普段よりテストパイロットをやっているという設定もあり、それが具体的に映像化された話でもありましたね。『2』の第4話は、ジェットストライカーのテストというよりは「レシプロVSジェット」みたいな話でしたし。
また、最前線基地の日常や、後方での兵器開発が描写されていた、そんな一篇となっていたと思います。「2009年春」は、もう来ないというのは悲しいのですが、『サン・トロンの雷鳴』を足がかりに、『いらん子』から1945年までのウルスラが過ごした時間に思いを馳せるのも悪くないですね。


Vol.2 エーゲ海の女神』では、原作者の一人でもある鈴木貴昭さんと漫画家の野上武志先生による同人誌、漫画及び小説等の複合展開を見せている作品群『ストライクウィッチーズ アフリカの魔女』シリーズから、アニメ『2』第10話にも登場したアフリカの星ことハンナ・ユスティーナ・マルセイユとその僚機を務めるライーサ・ペットゲンが登場、更にはマルセイユの元上官であるエディタ・ノイマン、そしてエルンスト・ロンメル元帥(言うまでもなく、我々の世界に於ける砂漠の狐・ロンメル将軍がモデルです。)までもが登場。
流れとしては、シャーリー&ルッキーニコンビとストームウィッチーズの二人組がヴェネツィア艦隊と共に、エーゲ海の要衝でもあるデロス島に巣食うネウロイを撃破する、というお話。

冒頭、以前からドラマCDでも存在感を持っていたルッキーニのマーマが遂に登場。あれっ、イメージと違う(笑)。ポイントとしては、ルッキーニのマーマが居るからかどことなく年相応の表情を見せるシャーリーですね。かわいい。
家族との思い出の島を守りたいというルッキーニ、「守りたいもの」という事に触発されるマルセイユ。そして、「諦めたくないんだ!」と語るシャーリー。
戦闘シーンでは、これまでの『ストライクウィッチーズ』では珍しく、ネウロイによって沈められた船のウィンチを使用するという、現場の状況を利用しての戦いとなったのが印象深いですね。敵が陸戦型の固定砲台のようなネウロイであったというのも多分に影響していると思います。
何より、ロンメルのおっさんが全てを持っていった話でもありました。
電源があれば、良いのかね?
格好良い。惚れたッ!
前線に指揮官が飛んでくるというのはどうか、とも思いますが、しかし元ネタの人からして前線に出て陣頭指揮を行う人だったからそれで良いのか(笑)。ノイマンさんも頭が痛かったに違いありません。

全体的に、『アフリカの魔女』テイストの一篇でありましたかね。ヴェネツィア艦隊という通常戦力がネウロイを撃破するという、「一般兵がネウロイを撃破する」という部分なんかは特に。この世界を守っているのはウィッチだけでは無いのです。


Vol.3 アルンヘムの橋』では、しのづかあつと先生による漫画『ストライクウィッチーズ 片翼の魔女たち』の登場人物であり、『劇場版』にも登場したアメリー・プランシャールが登場。
流れとしては、ガリアの復興に注力するペリーヌらの所に、戦災孤児の兄妹が運び込まれて、紆余曲折あり、ペリーヌさんが学校を開いた、というお話。

ガリアの復興に注力する一行。ガリア開放の立役者でもあり、復興にも尽力するペリーヌは、ガリアにとってはまさに救国の女神であります。きっと後々の歴史まで語られる事でありましょう。
ガリアの開放という事もあり、ペリーヌにも色々と余裕が出来てきているようで、『2』以降は表情も柔らかくなってきています。副次的に「劇場版ペリーヌさん」などという語も誕生した訳でありますが(笑)。1期からこのOVAまでで、一番変化の振り幅が大きいキャラクターと言えるのでは無いでしょうか。
戦災孤児の兄妹である、ユリウスくんとローズちゃん。ユリウスくんは結構なイタズラ坊主。ことあるごとにペリーヌにちょっかいをかけ、挙げ句の果てには「クソメガネ」なんて壁にラクガキしちゃいますが、しかしこれってリーネちゃんがガリア語を教えている訳だから、やっぱり黒[※検閲により削除されました]
これまで映像作品ではこの世界の一般市民というものにはあまり深く触れられてはいませんでしたが、今回はメインとして戦災孤児の兄妹を描いているという事で、遂に踏み込んできました。例え終戦を迎えたとしても、ネウロイが居なくなったとしても、人々には傷が残ってしまうんですよね。でも、人類同士の戦争では無い分、まだ我々の世界の第二次世界大戦よりはマシなのかも知れません。
そして、戦闘シーン。ユリウスくんを救うべく、ストライカーユニット無しで三頭犬のような陸戦型ネウロイに挑み、脚を怪我しつつも、心配するユリウスくんに微笑むペリーヌさん。女神じゃ! 女神がおる!
そして、『エーゲ海の女神』に引き続いて、地形や構造物を活かしたネウロイとの戦い。いやぁ、元々ネウロイは怪獣みたいな存在ではありましたが、今回の三頭犬ネウロイは、そのフォルムも相俟って、益々怪獣のような奴でありましたなぁ。遮蔽物等が無い空中で戦う航空大型ネウロイとは異なり、陸戦大型ネウロイは、状況や使用兵器によっては一般兵でもなんとか太刀打ち出来るという設定でもあります。大型・小型含めてこれまで陸戦型ネウロイとの戦いは映像作品では殆ど描かれてこなかったので、色々と斬新でありました。

全体的には、まさに、『劇場版』に直結する前日談的な一篇となっておりましたね。
ラストには502統合戦闘航空団に間借りするエイラ&サーニャ、戦艦大和で作戦準備を進めるもっさん等、『劇場版』への布石も置いていきましたし。これから通して観る際は、
1期』→『2』→『OVA』→『劇場版
という順番で観ていった方が良いかも知れません。


OVA』全体を通しては、やはり世界観の拡充というか掘り下げをやってきたなぁ、という印象が強いですね。501のキャラクター達の掘り下げはこれまでの作品で概ねやってきているので、『OVA』はさながら、「いつもの面々と一緒に巡る、『ストライクウィッチーズ』の世界観」といった感じでありましょうか。
501統合戦闘航空団の次の戦いは、恐らくカールスラントの奪回というところになるでしょうし、そうなれば自ずと「終戦」というのも見えてくる訳であります。「終戦」への道筋は、501の戦いだけに限定されるという単純な話でもないので、各戦線の動きを追いつつ、501の戦いに集約されていくという、シリーズ全体を通しての流れがあるようですので、その足がかりとしての今回の『OVA』という見方も、出来るかも知れません。公式ファンブックなんかを読むと、「様々な戦線のウィッチ達が一堂に会する」みたいな構想もあるようですし。あの構想、まだ生きてるのかなぁ?

しかし、そう考えると『ストライクウィッチーズ』の物語も、そろそろ終盤に差し掛かってきているのかなぁと、そんな風にも思いますね。
いやまぁ、2015年夏現在に於ける『ストライクウィッチーズ』関連作品での登場人物は100人を超えている訳ですし、やろうと思えば過去に遡って延々と続けていく事もできるのでしょうけれども(笑)。
個人的には、第一次ネウロイ大戦や中世、古代のウィッチ達の戦いも見てみたいっすね。あと、第二次ネウロイ大戦後の、現代の兵器をモチーフとしたストライカーユニットとかも。
なんか、世界観だけで考えると『ガンダム』並みに続けられそうな気はしますが、そこまでくると今度は、果たしてそこまでKADOKAWAがやるかどうかというの話も出てきます。まぁ、出たら出た分だけ追いかけてやろうとは思っていますが!

何にせよ、当面の間は制作中の新テレビシリーズ『ストライクウィッチーズ Tactics of Vanadies Attack(仮)』を楽しみに待ちましょうかね。同作は、『劇場版』でもチラッと登場した502統合戦闘航空団がメインの物語になるようでありますし。『OVA』ではメインの話が無かったエイラ&サーニャのコンビも、恐らく『TVA』で登場してくる事でしょう。
他にも、『アフリカの魔女』シリーズや『ノーブルウィッチーズ』シリーズ等、様々な媒体で展開が続いている『ストライクウィッチーズ』関連作品群。
今後とも末永く愉しんでいきたいですなぁ。


【関連記事】
『ストライクウィッチーズ』についてのお話
『ストライクウィッチーズ 劇場版』、改めて観てまいりました!
第二次大戦メカ(をモチーフにした)作品のヒットに関するよしなごと
メカ少女のこれまでと『ガールズ&パンツァー』と第二次大戦メカの展望

【OP】


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2015/08/07 18:35|ストライクウィッチーズTB:0CM:0

忘れるな、最後の武器は愛だ!『神魂合体 ゴーダンナー!!』 

管理人にはDVDを買い揃えた瞬間にBlu-ray BOXが発売されてしまった、という非常に哀しい経験が以前何度かあった訳でございまして、Blu-ray BOXが発売されるまでDVDを買い控えている作品が数作品あります。『地球防衛企業ダイ・ガード』、『無敵超人ザンボット3』、『ゲッターロボ號』(まあ、『ゲッター號』は今度DVDBOXが再販されるので、それを買おうかなあと思いますが。)・・・。しかしまぁ、なんか全部ロボットアニメっすなぁ。
この『神魂合体 ゴーダンナー!!』も、その「Blu-ray BOX待ち」の作品のひとつだったのですが、この度めでたくBlu-ray BOX発売と相成りまして、管理人は晴れて購入の運びと相成った訳でございます。
で、久々に通して観たのでありますが、いやはや、やはりこの作品良いですわ・・・。まぁ、なんだかんだしている間に記事を書くまでに年をまたいでしまった訳でありますが・・・(苦笑)。
神魂合体ゴーダンナー!!』、管理人の好きな要素をこれでもかというくらいに詰め込んだアニメであるという事を再認識致しました。
兎にも角にも、10年を経てのゴーダンナー。しかしながらかの「スーパーロボット大戦」にも何回か参戦したりはしているものの、マイナーな部類の作品ではあると思います。そういう訳で当記事では、この作品がどういったものなのかという紹介みたいな感じの事をやろうと思います。紹介だから、あまりネタバレにはならないような感じで(笑)。

神魂合体 ゴーダンナー!!

神魂合体 ゴーダンナー!!』は、2003年から2004年にかけて放送された、ロボットアニメでございます。
アニメ界隈では、「ポストエヴァンゲリオン症候群」と呼ばれる作品群が量産されていた時代も終わりを迎え、深夜アニメも年々増加していった頃でありました。
同時期の作品というと、『ふたりはプリキュア』とか『おねがい☆ツインズ』とか『鋼の錬金術師』とか『魔法少女 リリカルなのは』とか『妄想代理人』とか『MADLAX』とかですよ。いやあ、11年! もう11年も前ですよ。信じたく無いっ! とか思ってると、この時期の作品である『蒼穹のファフナー』の続編が2015年冬アニメとして始まったりしている訳ですから、世の中分からんもんです。ああ、『なのは』も今度新作がやるんだった! こいつぁ、ゴーダンナーもまた続編とかが出てもおかしくはないな!(それはないですかそうですか。
・・・まぁ、色々な作品が2期・3期と続くようになり、数年単位でコンテンツが持続するという特徴を持つ00年代~10年代のアニメの性質上、「何年経っても同じアニメがやっている」という事になる為、「あの作品が10年前」というのが嘘のように感じられてしまうのも無理の無い話なのかなぁ、とも思ったり。

さて、まず『神魂合体 ゴーダンナー!!』というタイトルですね。「新婚合体GO旦那!!」という駄洒落以外の何者でも無いというのは火を見るよりも明らかであります。
実際問題として、この作品はパロディーギャグものとして企画されたのではありますが、結果的に「新婚夫婦の操縦するロボが主人公機」という点が残り、至って真面目なロボットアニメとして完成した訳ではあります。でもやっぱりこれ、タイトル名とキャラデザで間違いなく敬遠されている感はありますよね・・・。実際に観て結構ハードなロボットアクションと割とドロドロとした愛憎劇が繰り広げられたりするのを観て驚愕した、という人も少なくは無いようですし。
しかし、実際に真面目な姿勢で創られたからこそ当時最高級のスタッフが集結し、熱量を持った作品として仕上がったのでありますよ! 実力派アニメーターや演出を揃えた布陣でこの作品は創られている訳でありまして、作画の水準もかなり高いクオリティをキープしていましたし、完全にツボを押さえたロボの動きであるとか、アニメ史を通してもなかなか見られない「手描き作画で表現される巨大怪獣」であるとか、見所は非常に多いように思います。
極めつけは劇伴・主題歌・挿入歌の担当が、かの渡辺宙明先生であり、劇伴曲では往年の様々な宙明節を彷彿とさせられるような、バリバリの宙明サウンドが堪能出来る訳であります。挿入歌なんかも物凄くバッチリとしたタイミングでかり、物語を否が応でも盛り立ててくれます。
この作品は、スタッフが「こういうのを創りたい!」という魂をぶつけ、その結果良い作品が出来た好例のひとつだと管理人は思います。
まぁ、今となってはパロディーギャグ版の『ゴーダンナー』も、それはそれで観たいような気もしますが(笑)。

さて、その物語のあらすじは以下の通りであります。

時に西暦2042年。
地球上では、突如現れた未知の巨大生命体「擬態獣」と、それに対抗する為に世界各国で開発された巨大ロボット軍団の苛烈な戦いが繰り広げられていた。
多大な犠牲を払いながらも、人類は勝利を収める。しかし世界各地では少数ながらも擬態獣の残党が生き残っており、戦いは続いていた……。

「巨神戦争」と名付けられた大規模戦闘の終結から5年後、ゴーダンナーのパイロット・猿渡ゴオに救われた少女・葵杏奈は、ゴオと結婚する事になる。
しかし結婚式当日、日本近海に、擬態獣が出現する……。



深海からやってくる怪獣、怪獣に対抗する為に開発された巨大ロボット、全世界で展開するロボットVS怪獣の戦い、近しい間柄のパイロット二人による操縦、旧式の主人公機、相方を戦いで喪って前線から長らく離れていた主人公・・・。
見れば見るほど『パシフィック・リム』と『神魂合体 ゴーダンナー!!』は類似点の多い作品であります。ギレルモ監督が『ゴーダンナー』をリスペクトしたのか、はたまたロボットに対する双方の作品のスタッフの愛が両作を類似させていったのか。
今回のBlu-ray BOXのオーディオコメンタリーでもそのあたりに対しての言及が為されておりましたが、その真相やいかにッ!?

全体的な世界観としては、世界中で怪獣が暴れまわり、それに対抗するためのロボットを擁する基地が世界各国に配備され、大々的に、或いは人知れず、日夜戦っているという感じであります。
この作品に於いて巨大ロボットの存在は、「機構・コスト面を含めて全体的に見ると非効率的な兵器である」という説明がされながらも、「戦車や戦闘機などの通常兵器が擬態獣に対して一定の効果を見たものの、しかし最後まで戦場に立っていたのは人型巨大兵器・ロボットだった」というような説明もあり、更には「鋼鉄の巨人に人の心を加えたとき、神にも等しき力となる」という理念のもと建造されたという事が語られておる訳であります。まさにスーパーロボットとは何なのかというのを具現化したものであると言う事が出来るのではないでしょうか。
そうだよ、巨大ロボが巨大ロボである理由なんてのはこれで良いんだよ!

巨大ロボと対をなす怪獣側・擬態獣は完全なやられ役ではありますが、「平和を脅かす敵」ではあれど、その扱いとしては「自然災害」としての意味合いが強く表現されており、街なんかには擬態獣から避難するためのシェルターが備えられていたり、ニュースで台風の予報円よろしく擬態獣の予報円が表示されたりといった感じで「怪獣の居る日常」感が描写されており、怪獣好きにはニヤリとさせられたりもします。
自然の猛威に勝つことは出来ない。台風が来たら逃げなければならない。だが巨大ロボットに乗れば台風と戦うことも出来るし、勝つこともできる!
・・・なんて台詞はありませんが(笑)。

作画や演出の方向性としては、巨大ロボ戦は、手前に建造物を配してアオリのアングルで被写体を撮るというような「巨大特撮」ライクな絵作りを効果的に取り入れつつ、兎に角ロボや擬態獣が動きまくります。今回改めて観直して「こんだけ動いてたっけか!?」と驚いたくらいにはロボや擬態獣が動きまくります(笑)。
この作品は現在では当たり前になった感のある「分割2クール」の作品でありまして、1クール目と2クール目の間には約半年のインターミッションがありました。その休息期間があった事によって作画的な質がかなり上がっていると言えまして、同時期のアニメよりも頭一つ飛び抜けている作画を堪能する事が出来ます。
その分製作費的には本当にギリギリだったようでありまして、製作費補填用に本作の監督以下スタッフが総動員で本作の18禁同人誌を発行していたりもする訳で、一部界隈で本作は伝説と化しています(笑)。
まぁ、そういった公式エロ同人とでも言うべきモノが出せる程度には「サービスシーン」が充実している作品でもあるんですけどね。「お前ら露出狂かッ!?」とツッコみたくなるようなコスチュームであるとか、やたら揺れまくる乳とか(最終的には女性型ロボの胸まで揺れます。)、ソッチ方向に誤解されかねない台詞回しとか(笑)。
ただ、そういうのはあくまでも記号的なモノであったり、割と重いストーリーの本筋を和ませる為のコメディパートであったりするのではありますが。

さて、その「割と重い」ストーリーラインですが、普通に人が死ぬ世界観ですし、キャラによっては「死よりも重い宿命」を背負わされたりしてますし。それだけに、「復讐の行き着く先」であるとか、「愛憎」といったモノを割と真正面から描き切っている、と言えるのかも知れません。それだけにキャラの性格や生き方が結構生々しかったりもするのですが、逆にそのあたりがキャラの魅力にも繋がっていたりもする訳で。
そうした人間関係や伏線が最終6話で一気に爆発し、怒涛のクライマックス一直線という構成は本当に見事だと思います。管理人も色々なアニメを観てきましたが、こういった盛り上がりを見せる作品ってなかなか無いんじゃないかなぁ。

この作品、テーマはズバリ「」ですね。
まぁ、一言に「」と言っても、その形は様々であると思いますが、しかしこの作品ではそういった様々な愛の形を提示して行っています。そういった様々な愛が行き着く先は果たしてどうなのか。
・・・まぁ、物語としては「愛が勝つ!」というモノなんで推して図るべし、ではあるんですが、まぁ、その過程を愉しもう、という事で。

と、いった感じで『神魂合体 ゴーダンナー!!』を御紹介してみた訳でございますが、いかがでしたでしょうか。
当記事を読んで興味が涌いたという方は、レンタル店にも割と置いてありますし、バンダイチャンネルあたりでは公式有料配信をしていますし(確か第1話は無料だった筈・・・。)是非一度ご覧になってください!
ちょっとでも『ゴーダンナー』を観てくれる人が増えれば良いっすなぁ。

【関連記事】
「巨大ロボット」の真髄はッ!!
僕達はこんな怪獣映画を待っていた!『パシフィック・リム』

【関連動画】


OPは、前期は串田アキラ、後期は水木一郎&堀江美都子という恐るべき布陣です。

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2015/01/26 20:48|SFアニメTB:0CM:3

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