管理人が特撮・アニメ・ネット等について書いたり自作の漫画を公開したりする処でございます。或いは、管理人の日々の愚痴等を垂れ流す処。または、画力向上を図る処。もしくは、インターネットラジオの投稿を報告する処。非常に混沌としております。

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飛翔掘削

Author:飛翔掘削
冴えない漫画描き。
「人生は楽しみながら」をモットーに、日々思ったことなんかを記していければと思っております。
色々観たり読んだりしますが、主食は特撮怪獣映画。
最近は、漫画と特撮映画と『ストライクウィッチーズ』があれば生きていけそうな気がしています。
2015年1月、人生初の商業漫画が出ました。

更新頻度が低下しておりますが、最低週一回は更新していく予定です。していきたい。
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ゴジラという名の恐怖と幻想を体現した、まさに現代の怪獣映画 -『シン・ゴジラ』総括! 

平素より大変お世話になっております。当ブログ管理人の飛翔掘削であります。
そういった感じでございまして、哀しい出来事によって没になってしまった『シン・ゴジラ』についての原稿ではありますが、Twitter等でも「読んでみたい」という声がそこそこあったのもあり、ここにその原稿を公開するところであります。
ぶっちゃけた話、供養ですよ(笑)!

実際に執筆したのは昨年の秋の事なので若干手直し等もしてありますが(主に数字の面や、明らかな勘違い等)、ほぼそのまま掲載します。加筆したのはBD特典や「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」の内容についての追記くらいですかねぇ。
また、当ブログの『シン・ゴジラ』初見感想記事をベースにしているので、結構そこと被っている部分もありますね……。

本来は縦書きの本という形で掲載される筈だったモノを強引にブログ記事にしているので、色文字や文字の大小等は原則使用しておりませんし、加えて脚注欄として想定していた部分を()表記で記入している部分等も多々あり、ブログ記事としては多少読み辛い部分があるかも知れません。その点、ご了承していただきたく存じます……ッ!
代わりと言ってはアレですが、当ブログ内に上げた『シン・ゴジラ』関係のイラストなども貼ったりもしたいと思います(笑)。勿論、この原稿用に描いたイラストも貼りますぞい!

と、言った感じで、件の原稿は追記にて。
2万字超の長いヤツですが、楽しんで読んでいただければ幸いであります。





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2017/05/15 20:50|特撮怪獣TB:0CM:2

ゴジラという名の恐怖と幻想、それに立ち向かう日本人。 『シン・ゴジラ』 

お疲れ様です。お世話になっております。当ブログ管理人飛翔掘削でございます。
公開初日の初回IMAXで観に行ってきましたよ、庵野秀明総監督の特撮怪獣映画『シン・ゴジラ』。

もうね、凄かった。凄かったです。とんでもないゴジラ映画を、そして面白い日本映画を大画面・大音響の劇場で観れたという喜びも然ることながら、「庵野監督、やりやがった!!」と、ただただ叫びたい気持ちでいっぱいで、まるで管理人は島本和彦先生の自伝的漫画作品『アオイホノオ』の主人公・ホノオモユルのようになっていた訳であります(笑)。
その一方で、管理人の行った劇場では、公開初日だと言うのに観客数はまばら。……ま……まぁ、平日の朝のIMAX上映ですから、管理人のようにゴジラ休暇を取ってわざわざ観に行くような人は稀有ですし……! 興収、大丈夫なんですかねぇ……。不安であります。
他方、上映が終わった後にゴジラのソフビ人形を握りながら伊福部音楽を口ずさんでいた子供も見られました。他の劇場でも、子供ウケは結構良かったという目撃例がTwitterの方で上がってきている訳ですので、特撮怪獣映画の未来は、案外明るいのかも知れません!

さて、これ以上は何を書いてもネタバレになっちゃいますから、簡単な感想は終わりにして、とっとと本編の記述に移りたいと思います。
まだ観ていない方、特に観に行く予定だという方は、絶対にこの先を読まないでください!

シン・ゴジラ

※以下、ネタバレ注意です!!

【予告編】


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2016/07/30 15:24|特撮怪獣TB:1CM:17

東西冷戦下の時風を色濃く反映したシナリオと、「リアル」に縛られてしまったゴジラ 『ゴジラ(1984)』 

お疲れ様です。お世話になっております。
2016年7月29日公開の特撮怪獣映画『シン・ゴジラ』まで、いよいよあと1ヶ月に迫りました。様々なコラボPRやゴジラ立像の出現等、いよいよ『シン・ゴジラ』の公開に向けて各方面で盛り上がってきた感がありますね!(そうかな?
そんな訳でございまして本日は、恐らく『シン・ゴジラ』に最も近いであろうゴジラ映画、『ゴジラ(1984』について、『シン・ゴジラ』の予習も兼ねて、少し書いてみようかなと思うところであります。
宜しくお願い致します。

ゴジラ(1984)

ゴジラ(1984』は、1984年公開の特撮怪獣映画。1975年公開の『メカゴジラの逆襲』以来の、9年ぶりのゴジラ映画でもあります。
ゴジラ FINAL WARS』から『シン・ゴジラ』までの12年間の休止期間に次ぐゴジラ映画の長期休止期間を開けた後でのゴジラ映画という事で、『シン・ゴジラ』同様、当時の特撮怪獣ファンには大きな期待を持って迎えられた映画でもありました。1984年前後には東宝の宣伝戦略もあり、ゴジラ映画をはじめとした往年の東宝特撮映画のリバイバル上映等も積極的に行われており、その中で公開される『ゴジラ』への期待値は、うなぎ上り的に上昇したのであります。
原案者でもある田中友幸の製作の元、監督は『さよならジュピター』の橋本幸治、特技監督は長年ゴジラシリーズの特技監督を務める中野昭慶、脚本は『惑星大戦争』の永原秀一といった布陣で9年ぶりのゴジラは制作されました。他にも、大河原孝夫や山下賢章等、後のゴジラシリーズで監督を務める人や、ゴジラに限らず様々な特撮作品にスタッフとして携わっていく事になる人達も多数本作のスタッフとして参加しておりまして、『シン・ゴジラ』の監督・特技監督を務める樋口真嗣なんかも、特撮スタッフの一員として参加していたりするんですよね。

そうして完成した『ゴジラ(1984』、そのあらすじは以下の通りであります。

伊豆諸島南端の大黒島が噴火してから3ヶ月、嵐にあおられ遭難した漁船「第五八幡丸」から、ミイラ化した乗員の死体と、体長1メートル強の巨大なフナ虫が発見された。
海上保安庁に救助された唯一の生存者・奥村は、崩壊する大黒島の中から巨大な怪物が出現したと証言する。生物学者の林田博士はこれを30年前に東京を蹂躙したゴジラだと推定する。

ゴジラの存在は日本にパニックを起こすと判断され、秘匿されるが、しかしゴジラは日本近海にてソ連の原潜を襲った。ソ連はこれをアメリカの仕業と断定、東西陣営に緊張が走る。
そうして政府はやむなくゴジラの存在を世間に公表する事となった。

その後ゴジラは静岡県井浜原発を襲撃。次いで首都東京を襲うゴジラに対し、自衛隊は陸海空の総力を持ってゴジラ撃滅作戦を展開する。
しかし、東京湾内に隠匿されていたソ連の工作船がゴジラによって破壊され、搭載されていた核弾頭発射スイッチが誤作動を起こし、衛星から新宿めがけて核弾頭が発射されてしまった。

この日、日本はゴジラと核ミサイルという二重の恐怖に見舞われた……!


全編を通して見ますと、ソ連の原潜破壊により緊迫する東西関係、ゴジラ殲滅を建前に「戦術核兵器の実戦投入」を目論むアメリカとソ連、ややこしい国際情勢に加えてゴジラまで対応せねばならず右往左往する総理以下日本政府など、「東西冷戦時代」という時代背景が色濃く反映された作劇であるという事が出来ます。
ソ連の原潜がゴジラに襲撃されたりソ連の工作船が東京湾に配置されていたりする等、割とソ連が貧乏クジを引かされてしまって悪役っぽく描かれているのはまぁ、制作国である日本が西側陣営だったからなのでしょうけれども(笑)。

東宝は9年ぶりにゴジラを復活させるにあたり1954年の第1作以外をリセットし、更に「もしも現在(1984年)にゴジラが出現したら」というシミュレーションを行った訳であります。本作がそれまでのゴジラ映画とはノリや雰囲気が違うのは、「リアル路線のゴジラ」というのを徹底して描こうとしたからに他なりません。劇中での東西陣営の反応も、映画のメッセージ性以上にゴジラ出現に伴う国内外の様々な反応のシミュレーションの一環としての描写というのがあるんですよね。
どちらかというと怪獣映画というよりは、『日本沈没』以降展開された、『地震列島』や『東京湾炎上』等の災害・パニック映画の路線を引き継いだ作風になっているという事が出来るのかも知れません。本作の実質的な主人公が新聞記者の牧や大学生の奥村では無く、小林桂樹演じる三田村総理であるというのも、1973年の『日本沈没』で藤岡弘、演じる小野寺では無く、丹波哲郎演じる山本総理が実質的な主人公だったのと同じ作劇構造構造になっている訳でございますよ。総理大臣が主人公の怪獣映画なんて、後にも先にも本作だけです。それがまた、本作の独特な雰囲気を構成してもいるんですよねぇ。
あなた方の国にゴジラが出現したとして、ワシントンやモスクワに躊躇わず核兵器を使える勇気がありますか?」と、米ソ両首脳に対して言える三田村総理は格好良い!
政府関係者を固めるベテラン俳優陣も、リアル志向の本作を盛り立ててくれております。唐突に出てくるムッシュかまやつや武田鉄也はアレだけど!

ただ、「リアル志向」とは言えども、本作は重厚な考証に基づいた作品では、無いんですよね。
ソ連の核兵器搭載の人工衛星なんてモノは現実には(少なくとも公式には)存在していませんでしたし、それをミサイルで迎撃するアメリカのミサイル防衛システムは84年当時は実現していません(これに近いシステムが実戦配備段階になったのは、2010年代に入ってからの話です。)。まぁ、このあたりは本作に登場するハイパワーレーザービーム車(ミサイル迎撃用のレーザー兵器という設定。2016年現在もまだ研究中の代物です。)や首都防衛移動要塞スーパーX(設定を見ると、核融合エンジン搭載だそうです。核融合が実現しているんだったら、原発は必要ないのでは……!?)等の超兵器共々の「映画の嘘」という事になるんですけどね。
ただし、それらが全くのデタラメという訳でも無く、ソ連やアメリカが秘密裏に核兵器搭載衛星を打ち上げていたという当時の噂や、レーガン大統領政権下で計画された人工衛星による核兵器からの防衛システム構想、通称「スター・ウォーズ計画」なんかがが下敷きになっている訳でありますよ。スーパーXは……残念ながら下敷きになっている存在が見当たりませんッ!

……しかしこれらの「映画の嘘」の部分から逆説的に本作の1984年が現実とは異なる歴史を辿った1984年である、という妄想をする事も出来る訳ですよ(笑)。よく考えたら本作は1954年の『ゴジラ』と世界観を同じくする直接の続編という立ち位置ですから、現実世界とは異なる歴史を辿っていたとしても不思議では無い。
作中での1954年以降、ゴジラの研究を元に進んだ結果、常温核融合の開発やそれに付随する様々な技術革新等があったのかも知れませんし、だからこそのハイパワーレーザービーム車やスーパーXにソ連の核兵器搭載衛星やアメリカのミサイル防衛システムなのだ! ……というようにも考えられる訳っすよ(笑)。
様々な技術の発展の結果、東西冷戦は現実の歴史よりもややこしい事になっていて、だからこそ日本も極秘裏にスーパーXなどを開発しなければならなかった……とか考えると、「空飛ぶ炊飯器」などと揶揄されているあの超兵器にも説得力が出てくる訳であります(笑)。

さて、そうした感じで物語の展開は多少の映画の嘘はありながらも概ねリアルに進む訳でありますが、それはゴジラという存在自体も例外では無い訳です。
本作のゴジラは身長80メートル、体重5万トンと、それまでのゴジラよりも大きく重くなっております。これは、1954年から1984年の30年間で高層ビルが多数建築され、50メートルのゴジラではビルに隠れてしまうからという理由であります。それでも、東京に出てきたゴジラは、ビルの陰に隠れてしまっていて、なんだか寂しく見えちゃう訳なのですが(笑)。
……本作を見ると分かるのですが、基本的にこのゴジラ、破壊活動をしないんですよね。原潜や原発を襲うというのはあるのですが、それはあくまでも食事の為であるという描かれ方ですし、積極的にゴジラが破壊活動を行うのも、専ら自衛隊の攻撃に対する反撃のみな訳です。破壊というより有楽町や新宿界隈をブラブラ歩いているだけという感じで、度々話題に上がる有楽町マリオンの破壊だって、ゴジラが陥没した地面に足をひっかけてよろけた拍子に破壊しちゃった感じになっています。
これは、「怪獣と言えどやみくもに破壊活動を行う訳では無いのではないか」という考えからの演出のようでありまして、作品全体のリアル路線の一環という事が出来ます。その演出は様々な方面からの考証の結果でもあり、リアル路線を突き詰める為にゴジラが熱線を吐かないという案さえもあったらしいんですよね。また、84年当時は、海外のモンスターパニック映画が盛り上がりを見せており、本作にもそのテイストが盛り込まれた結果、ゴジラが怪獣王っぽくは無くなってしまったという点があったとか無かったとか。
なので、ゴジラは食事や反撃を行わない場合は、極めて大人しく大型の道路を歩くだけになってしまった訳でありますよ……。新幹線を破壊したのも、「なんだか走ってきたから摘まんでみただけ」という感じですし。
それ故に普段の怪獣映画的な破壊のカタルシスというのが削がれてしまっていると管理人は感じるんですよねぇ……。もっとドッカンバッカン暴れてぶっ壊しまくっても良かったのに! モンスターでは無く怪獣なんだからさぁ!
……そういった、ゴジラに破壊活動をさせられなかったというのは制作スタッフも少なからず感じていたようで、中野特技監督の発言などを見ると「もっとゴジラを暴れさせてやりたかった!」的な事を結構仰っているんですよね。
後述のように「特撮は時代遅れ、今はSFX」という風潮もあって、尚更にゴジラは「リアル」の鎖に縛られてしまったのであります……。

最後に、本作の特撮面について。
本作が制作された1984年当時は、『スター・ウォーズ』や『エイリアン』、『ブレードランナー』といった海外の特撮映画がヒットし、その特撮技術は「SFX」と呼ばれ、翻って対比的に日本のゴジラやウルトラマン、仮面ライダーといった作品が「時代遅れの特撮」と貶されていた時代でありました。それ故に本作はその「SFX志向」という向きも多分にあった訳です。
そうして、コンピュータ制御で稼働する全長4.8メートル、総重量1.2トンという巨大な「サイボット・ゴジラ」が制作される事にもなりました。いわば、海外でスタンダードなモンスター表現となっていたアニマトロニクスを日本のゴジラでもやろうという試みであります。
しかしながら「サイボット・ゴジラ」は、実際に本編で使用されたのは概ねアップショットのみ、他は従来からの着ぐるみやギニョール(腕を入れて動かす人形)によって撮影されました。造形的な問題から、「サイボット・ゴジラ」と着ぐるみのゴジラは結構顔が変わっちゃっていたりもして、チグハグ感は否めません。結果的に「サイボット・ゴジラ」は、話題集めの宣伝素材としての面が強かったという事になるんでしょうかね。後の『ガンヘッド』の実物大ガンヘッド然り……。もう一方の宣伝素材として制作された「実物大のゴジラの足」は、本編中でも効果的に使われていたのですが。
他方、ミニチュアワークは巨大かつ精巧なものに仕上がっており、往年の円谷特撮もかくや、という出来になっているんですよね。ただ、カメラワークが全体的にゴジラを俯瞰で撮っている為、ミニチュアセットらしさというか、箱庭っぽさが出てしまっているというのが難点でしょうか。これは後の『平成ゴジラVSシリーズ』にも言える事ですけれども。

そういった感じの『ゴジラ(1984』ですが、シリアスな作劇で政府の対応を軸に展開する物語や長期休止後のゴジラ映画という点、多くの俳優を起用している点等、間もなく公開する『シン・ゴジラ』とも共通項の多い本作。『シン・ゴジラ』公開前の今だからこそ、観直してみるというのもアリなのかも知れません。
確かに本作は、ゴジラファンの間ではあまり良い評価はされていません。それは、いわゆる「チャンピオンまつり期」に子供だったゴジラファンが期待していた怪獣対決や都市破壊が、本作には無かったからというのも、ひとつにはあるのでしょう。本作の低評価は、客層のミスマッチというのが多分にあるのではなかろうかと思います。
しかしながら、冷戦下の情勢を色濃く反映したシナリオやその時代性、「9年ぶりのゴジラ」という事で(粗は目立ちますが、)気合いの入った特撮など、見どころは少なくありません。
そうして、後に『平成ゴジラVSシリーズ』にもつながっていく事になる訳です。散々言われているサイボット・ゴジラだって、その技術は後の平成ゴジラのアニマトロニクスに応用されていったのですから、全くの無駄では無かった訳です。
今一度、「9年ぶりの復活ゴジラ」に、思いを馳せてみるのも、また一興ではないでしょうか。


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↑『シン・ゴジラ』予習繋がり

【予告編】

本編では伊福部音楽は使用されませんが、逆にそれが映画全体に統一感を持たせているように感じます。伊福部音楽は「強い」ですからねぇ……(笑)。

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2016/06/28 18:00|特撮怪獣TB:0CM:7

東宝特撮陣のキングコング愛が詰まった、怪獣対決映画の決定版! 『キングコング対ゴジラ』 

今月の頭頃、ゴールデンウィークの最中に、日本映画専門チャンネルにて失われていたフィルム(後述)が再発見された為、『キングコング対ゴジラ』の4K解像度によるデジタルリマスターが実現したという発表が為されました。

特撮怪獣ファンの間では有名な話なのですが、1962年の公開以後はオリジナルの尺での再上映をしてはならないという契約の為、70年代頃のリバイバル上映の際にオリジナルのネガフィルムにハサミを入れてのカット編集が行われた結果、カット部分のフィルムが紛失、80年代の半ば頃に発見されLD版が出されたのですが、その後再び紛失し、以降DVDやBD等の映像ソフトでは退色したポジフィルムを繋ぎ合わせる事で対応しており、該当カット部分は他の部分に比べて画質が落ちていたりした訳であります。
そうして、それがこの度歴史的なフィルムの再発見という事で高画質化(技術としては、2014年にリバイバル上映された54年版『ゴジラ』のデジタルリマスターと同じものが使われているようです。)されたというのは、実に喜ばしい限りであります。
特撮怪獣ファンの中には、「何回紛失して何回再発見されてるんだよ!?」というツッコミもあるようではありますが(笑)。
歴史的なフィルムの再発見と、12年ぶりの東宝製ゴジラである『シン・ゴジラ』の公開が同じ年に起きたというのは、もうコレは奇跡としか言いようがありません。実にめでたい話であります。
と、いう事でその奇跡を祝して本日は、『キングコング対ゴジラ』について、少し書いてみようかなぁと思います。宜しくお願い致します。
……本当はゴールデンウィーク明け頃にこの記事を書こうと思っとったのですが、何分映画を観てブログを更新する時間が無くて……(笑)。

キングコング対ゴジラ

キングコング対ゴジラ』は、1962年に公開された特撮怪獣映画。東宝創立30周年記念作品でもあります。
制作はこの時期の東宝特撮映画では毎度おなじみの製作・田中友幸、監督・本多猪四郎、特技監督・円谷英二、音楽・伊福部昭の布陣で組まれました。安心と信頼の制作スタッフ陣でありますね。
この作品は「ゴジラシリーズ」の1作品として数えられている訳でありますが、御存じの通りキングコングは映画の本場・ハリウッドのRKO社が1933年に制作した、特撮怪獣映画の金字塔『キング・コング』に登場したキャラクターであります。それを1960年代に東宝が版権を取得して制作された訳でありまして、詰まる所この映画は日米怪獣対決という、夢の対決を描いた作品なのであります。
観客動員数は実に1255万人に達し、ゴジラシリーズとしては歴代最高、62年当時の歴代映画動員数ランキングでは2位(2016年5月現在は13位)にランクインしました。
現在に於いても、ゴジラシリーズでは高い人気を誇る本作でございますが、そのあらすじは以下の通り。

自社が提供するTV番組「世界脅威シリーズ」の聴視率が芳しく無い事が頭痛のタネであるパシフィック製薬の多胡宣伝部長は、起死回生の一手として南太平洋ソロモン群島のファロ島に伝わる「巨大なる魔人」伝説に目を付ける。
多胡部長によってテレビ局員である桜井と古江は、探検隊に仕立て上げられ、嫌々ながらにファロ島に向かうのであった。
島民の協力を得てファロ島に滞在する二人であったが、二人は島民達が畏敬する巨大なる魔人=キングコングの実在を身を持って知る事となった。
キングコングは島民達の祈りの歌と赤い汁によって眠りについたのだが、ここで桜井はキングコングを日本へ持ち帰る事を思い立つ。
これによって多胡の目論み通りコングの来日が大変な話題となり、「世界脅威シリーズ」の注目度もうなぎ上りになるのであった。

一方、北極海で海水温が急上昇するという怪現象が発生。調査の為にアメリカ軍の原子力潜水艦が調査に向うが、氷塊から突如出現したゴジラによって沈められてしまう。原潜を沈めたゴジラは南進、一路日本へ向かって進撃を開始する。
日本へのゴジラ再襲来が近付くにつれ、キングコングで沸き立っていた世間は一気にゴジラの話題で持ちきりとなってしまい、苛立ちを隠せない多胡部長。
しかし、ひょんなことから彼は、キングコングとゴジラを戦わせるという前代未聞の興行を思い立つのであった。

……こうして、日本全土を巻き込んだ、二大怪獣の戦いの火蓋が切って落とされた!



物語はコメディ調で、怪獣の描写も割と擬人化が為されており、全体的な作品のノリとしてはまさに「明るく楽しい東宝映画」といった感じでありましょうか。
この映画は怪獣対決も然ることながら本編も非常に秀逸に出来ておりまして、「怪獣映画」という枠以上に、痛快娯楽映画として仕上がっていると思うんですよね。登場人物達のウィットが効いたやりとりは観ていて心地良いですし、有島一郎が怪演した多湖宣伝部長などは二大怪獣を喰ってしまう程の存在感ですし(笑)。
物語の展開も非常にスムーズに流れ、キングコングとゴジラの対決に至るまでの道筋が過不足無く描かれております。ただまぁ、海外での興行との兼ね合いからか最終決戦が富士山~熱海城になるのはちょっと強引なような気もしますが、しかしそこはキングコングの対策に話が移ってしまってゴジラがふて腐れて富士登山をはじめていたみたいで、そこはかとない可愛らしさもあり(笑)。

何故か富士登山中だったゴジラ

また、高島忠夫演じるテレビ局員の桜井が冒頭でドラムを叩いているのが後にキングコングを眠らせる作戦で活きてきたり、冒頭で出てきた特殊繊維のワイヤーがキングコング輸送作戦に使用されたり、キングコングの初登場時に雷雲が立ち込めているのがキングコングの帯電体質によるパワーアップに繋がっている等、映画の前半から後半に向けての伏線も結構随所に敷かれていて、かなり丁寧な作りにもなっているんですよね。
他方、劇中で明言された「キングコングによる被害の一切はパシフィック製薬が被る」という案件は割と有耶無耶にされてしまっていたのですが、キングコングが南洋に帰ったあの後は、キングコングによってもたらされた各地の被害の補償はパシフィック製薬が損害賠償を支払ったり、場合によっては失往来危険罪や業務上過失致死傷罪等の罪を問われる事になり、結局宣伝のためにとやった事で会社を潰してしまう事になったのでは(笑)。パシフィック製薬の本当の戦いはこれからだッ!
……割と喜劇調に描かれているので流してしまいがちなのですが、本作では当時勃興し始めていたTVに於ける宣伝広告に対する批判的な視点も盛り込まれている訳なんですよねぇ。まだ当時はTVも新しく登場したメディアであり、映画業界とTV業界が現在のようなタッグを組むような構図でも無く、両者の間に溝があったという点もポイントになるのでしょうが。
パシフィック製薬の顛末は、なかなかにブラックな笑いと言えそうであります。

この時期は日本の映画業界の全盛期でありました。東宝も例外では無く、SFや怪獣モノ等の特撮映画だけでは無く、森繁久弥の「社長シリーズ」や加山雄三の「若大将シリーズ」、クレージーキャッツの「東宝クレージー映画」等のヒットシリーズを多数制作、他にも、戦争映画や文芸映画、黒澤明監督による時代劇映画等も多数制作されている、まさに乗りに乗っていた時期であったんですよね。管理人は全作品観ているという訳ではありませんけど、この時期の東宝映画は兎に角「楽しい」映画が多いんですよ。まさに、高度経済成長期に「娯楽の王様」として映画が君臨していた時代なのだなぁと、そう感じる次第であります。
キングコング対ゴジラ』はそういったこの時期の東宝映画の「」のオーラが映画全体から満ち溢れている作品であると言っても過言では無いと思います。それがまた今から見ると眩しく輝いた映画として映るんですよねぇ……。
結局その数年後にTVの台頭によって日本映画業界は斜陽の時を迎える訳ですが、そう考えると『キングコング対ゴジラ』に於けるTVの批判的な構図は、なんとも皮肉なものであるなぁと思ってもみたり。

さて本作は、円谷英二特技監督以下特撮スタッフによる「キングコング愛」が大炸裂している映画でもあるんですよね。
東宝の「特技監督」として様々な映画の特撮パートを担当している円谷監督ではありますが、1933年の特撮怪獣映画『キング・コング』には大きな衝撃を受け、1954年公開の『ゴジラ』に於いても『キング・コング』のオマージュを盛り込む等、その後の円谷特撮に多大な影響を与えたとされております。
この『キングコング対ゴジラ』の制作にあたり、当時の日本でもキングコングの人気が高く、また東宝の創立30周年記念映画だったとはいえ、東宝はキングコングの使用料を5年で8000万円という当時としては破格の値段(現代の感覚に直すと、大体10億円くらいでしょうか。)で買っている訳でありますが(結果的に『キングコング対ゴジラ』の大成功で回収出来たのですが。)、一説には円谷監督の存在があったからこその話だったとかなかったとか。
兎にも角にも、その円谷監督がキングコングを撮るという事で、当人以下特撮スタッフ陣には並々ならぬ思いがあったのではないかと思います。

当然のようにこの『キングコング対ゴジラ』には、南海の孤島から人間の都合で連れてこられるコングであったり、コングが列車を襲う部分であったり、女性を片手に高い建物に登るコング(特撮映画ではよく破壊される事でおなじみの国会議事堂なのですが、形状が原典『キング・コング』のエンパイア・ステート・ビルによく似ている為の本作での起用になったのではと思います。)であるとか、部分部分にストップモーションアニメーションによる表現が使用されている等、原典『キング・コング』のオマージュがふんだんに盛り込まれている訳でございます。
また、単なるオマージュのみならず、「演出するんであれば、俺達の新しいキングコング像を打ち出してやろうぜ!」という気概もあったようであります。帯電体質による強化(まぁ、これは飛び道具を持つゴジラに対するコングへの救済措置とも言えそうですが。)や、本物の猿やゴリラを参考にしたコングの動き(特に顕著なのは、原典のコングの胸を叩くドラミングの際の指がグーだったのに対して、本作のコングのドラミングの際の指は本物のゴリラに準じてパーになっている点ですかね。)を盛り込んだ描写、原典とは違いニホンザルの意匠を盛り込んだ造形(これはRKO社からの「原典とは顔を変えて欲しい」という要請もあったからのようですが。この造形は、本場・アメリカのキングコングファンからの評判はあまり良くないようです。)、そして45メートルという巨躯になっている点でありましょう。海の向こうからやってきた怪獣は、まさにゴジラと並び立つ巨大怪獣として再構成されたのであります。まぁ、ゴジラと並び立つ大きさにならないと対決映画にならないというのもありますが(笑)。
ゴジラとの最終決戦は引き分けに終わり、キングコングは故郷であるファロ島に帰っていくのですが、これもスタッフのキングコング愛だと、管理人は思うんですよね。原典の『キング・コング』に於いてコングは、人間の身勝手によって南洋からニューヨークに連れてこられて結局人間の身勝手の為に殺されてしまうという哀しい怪獣でありました。そこに来ると本作『キングコング対ゴジラ』では、故郷に帰っていくコングで幕が降りる訳でありまして、これはもう原典を踏まえると感動的でありますよ。と、いうか、この記事を書くに当たって『キング・コング』と『キングコング対ゴジラ』を観直したのですが、その際管理人はファロ島に帰っていくコングを見て、不覚にも泣いちゃいました(笑)。
まぁ、「夢の対決はドローゲームで終わらせるのがお約束」という話もありまして、制作スタッフに「原典では出来なかったコングを故郷に帰らせてやる」という意図があったのかというと微妙なところではありますけれども、或いは、そういう意図もあったのかも知れないなぁ、と。

さて最後に、本作の特撮面についてであります。
もうこの頃になってくると東宝特撮スタッフ陣もミニチュアワークや操演、着ぐるみ演出には慣れたものになっているので、非常に安定感のある特撮が愉しめると思います。特にこの『キングコング対ゴジラ』に於ける特撮面での新しさとしては、「人間の目線で見た巨大怪獣」を意識したカットが随所にある、というのがポイントでしょうか。
巨大怪獣を演出するに当たって人間の目線で見たカットというのは基本であり、勿論それまでの東宝特撮でもそういったカットは使用されたはいたのですが、この『キングコング対ゴジラ』では、多湖宣伝部長らがコングとゴジラの対決を見守っているという感じの目線で両怪獣の対決が撮られていたり、桜井らがキングコング輸送作戦の成り行きを見守る為にヘリに乗り込んで、上空から見下ろすカット等、「登場人物の目線」が意識された印象的なカットがいくつもあるんですよ。

キングコング輸送作戦をヘリから見下ろしたようなカット

そういったカットでは臨場感が出てリアルな雰囲気が溢れると言う、まさに本編と特撮の融合が起きる訳でございます。着ぐるみの筈のゴジラやキングコングが「本物の巨大怪獣に見える」一瞬が、同時期の他の東宝特撮映画と比べて多いような印象があるんですよね。
やっぱりそれは54年の『ゴジラ』以来、様々なSF・怪獣映画でタッグを組んできた本多監督と円谷監督だからこその連携プレイと言えるのでしょうね。

夜の街を往くコング巨影

他にも、本物のタコを特撮セットに連れてきて撮影したファロ島に登場する大ダコ(コレが海外ではウケたらしく、後に『フランケンシュタイン対地底怪獣』や『サンダ対ガイラ』で大タコが登場する要因となったようです。)や、コングとゴジラを観測する為に両怪獣を自衛隊のヘリが常に追跡しているという細かい部分、広いセットを存分に活かして手前に俳優を配置して奥に特撮セットとゴジラを置くという後にも先にもこれっきりの「直接合成」とでも言うべきカット、1カットしかないのに広大なミニチュアセットを組んだりするいつもの円谷特撮、といった具合で、愉しい特撮部分は目白押しであります。国会議事堂周辺に戦車が集まってくる、なんて特撮映画ならではのカットもありますしね。
また、怪獣バトルも当時の「力道山ブーム」の影響からか、どこかしらプロレスライクな戦闘スタイルが採られています。

「直接合成」

そんなこんなで非常にエネルギッシュで完成度の高い『キングコング対ゴジラ』ですが、この夏に放送される予定の4K高画質版が非常に楽しみでありますなぁ。コレも全国でリバイバル上映をやってくれませんかね、東宝さん!?
また、ハリウッドではレジェンダリー・ピクチャーズによる『ゴジラVSキングコング(仮題)』が2020年公開を目指して制作進行中でもあります。
世界的な怪獣映画ブームの中で再度注目を浴びてきたこの『キングコング対ゴジラ』。この機会に観直してみるというのも、また一興ではないでしょうか。


【当ブログ内ゴジラシリーズレビューマラソン】
前作:『ゴジラの逆襲』
次作:『モスラ対ゴジラ』

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【予告編】


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2016/05/29 12:59|特撮怪獣TB:0CM:0

地獄怪獣襲来! 紛う事無き大怪獣映画でした! 『劇場版 ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』 

3月12日公開の特撮怪獣映画『劇場版 ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』を観て参りました。本作は確かにウルトラ映画ではあるんですが、同時に紛う事無き怪獣映画でもありました。前評判通りに。
管理人は既に2回も観てしまったのではありますが、2回とも休日という事もあってか、劇場は親子連れ・家族連れ客で満席でありました。ウルトラの、延いては特撮怪獣の未来は明るいと、そう確信する次第でございます。ティガが出てきた場面で「ティガだ!」と、子供の歓声が上がったりもして、微笑ましくもなり。過去のウルトラ作品を紹介する「新ウルトラマン列伝」の効果は、着実に今の子供達に根付いてきていると、そういう事でございますよ!
しかしまぁ、子供向けの作品である為か、レイトショー等の夜の回の上映が無しというのが辛い所でありますかね。管理人のような社会人オタクが、平日の仕事終わりにウルトラマンを観る事が出来ない(笑)! 仮面ライダーや戦隊だったらちゃんと夜の回をやっていたりもするんですけどねぇ。何故、ウルトラは夜の回をやらないのか・・・。

そんなこんなで熱い怪獣愛と特撮魂の詰まった『劇場版 ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』。果たして、いかなる怪獣映画に仕上がっていたのか。
ネタバレ全開のレビューのお時間でございます。

劇場版ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン

まずはそのあらすじから。

ある日、有史以前の古代遺跡である芭羅慈(バラジ)遺跡で異常が感知されたという報告がXioに入る。大地とアスナは直ちに現場へ急行、通報した考古学者・玉木ツカサ教授とその息子のユウトと合流した。古文書によると、芭羅慈遺跡には地獄が封印されているという。
調査を開始する大地達だがその時、インターネット番組の収録を行うカルロス黒崎が遺跡を爆破、中に入ってしまう。後を追う大地一行だったが、そこで巨人の像と、青い石に遭遇する事となる。
番組を盛り上げる為、そして古代のロマンを追い求める為、黒崎はその青い石を奪取。その時、遺跡は大きな震動に襲われ崩落。瓦礫の中から、遺跡に封印されていた閻魔獣ザイゴーグが出現した……!

芭羅慈遺跡から出現したザイゴーグを倒すべく大地とエックスは戦いを挑むも敢え無く完敗。あまつさえユナイト不能な状態に陥ってしまう。
そして、黒崎に持ち去られた青い石を破壊すべく首都圏を目指すザイゴーグに対しXioは都市防衛司令を発動、その総力を持ってザイゴーグの撃滅を図る・・・。
各種装備&サイバーカード、サイバーゴモラを総動員して応戦するXioの面々。しかし、ザイゴーグはあまりにも強過ぎた! Xioの攻撃は殆ど効果を認めず、易々と防衛線を突破されてしまう。更には、ザイゴーグのトゲから、ゴーグファイヤーゴルザとゴーグアントラーが生み出されてしまった。首都圏はこのまま、怪獣達による地獄と化してしまうのか・・・。

誰もが諦めかけたその時、「お母さんを護りたい!」と願うユウトの持つ化石と青い石、そして大地のエクスデバイザーが共鳴し、奇跡が起きる……!
ウルトラマン、ウルトラマンティガ、そしてウルトラマンエックスが出現したのだ。
ここに3体のウルトラマンと3体の怪獣、そしてXioの最終決戦が幕を開ける!



絵に描いたような怪獣映画の基本フォーマットじゃないですか(笑)!
古代の遺跡の宝を私欲の為に持ち帰ってしまったら怪獣が出現してしまってエラい事になってしまう」という筋書きで見ると想起するのはやはり、『モスラ』や『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』でありますかね。作劇的に悪役という立ち回りのカルロス黒崎がインターネットチャンネルのオーナーであるというあたりは、いかにも現代的ではありますが。しかし、マイケル富岡はブレませんなぁ(笑)。
冷静に考えると、ここまで全世界的な損害を出してしまったので、カルロスコミュニケーションには相当な損害賠償が求められるのでは・・・。

今回のボスである閻魔獣ザイゴーグは、異星人や異次元人に操られた存在としてでは無い純粋な怪獣として出現した訳でございますが、実のところウルトラ映画で後ろに黒幕の居ない怪獣がボスになるという事は非常に珍しい事なのではなかろうかと思います。『』自体のテレビシリーズのラスボス・虚空怪獣グリーザも誰からも操られていないどころか意志を持たない怪獣でありましたし、やはり「怪獣」というモノに拘りを持つ田口清隆監督だからこそと、そういう話でありますね。
映画の前半で、そのザイゴーグにエックスが完敗してしまい、ユナイトする事も不可能となってしまうというのは実に絶望的な展開でありますよね。劇場の子供達からも、「負けちゃった・・・」という声が上がりましたし(笑)。
しかし、ユナイトする事が出来なくなったからと言って大地が何も出来なくなるという訳では無くXioの隊員として、ザイゴーグの撃滅に全力で当たるというのが良かったです。
人事を尽くしてそれでも駄目だった時、光の巨人が出現する。これぞまさにウルトラマンであります! きたぞ! われらのウルトラマン!

追い詰められたザイゴーグはトゲを世界中に放ち、地球を「怪獣地獄」にしようと目論む。
そこに駆け付けたのは、テレビシリーズでエックスと共闘した、ゼロ、マックス、ギンガ、ビクトリー、ネクサスの5人のウルトラマン達。世界各国のXioと連携し、閻魔分身獣ツルギデマーガと交戦。まさに、培った絆が奇跡を呼んだのだ。
エックス、マン、ティガの3人も力を結集させ、究極形態・ウルトラマンエクシードXベータスパークアーマーに融合変身。その力を持ってして、ザイゴーグを撃滅! 地球の危機は去った!

戦いが終わって朝が来る。
大地と分離するエックス。この戦いを経て、エックスは本来の身体を取り戻したのだ。
そうしてエックスは、宇宙の秩序を守る本来の任務に戻る事をXioの面々に告げ、宇宙に去っていく。
「また会おう、エックス」
大地は、地球を去るエックスに、そう呼びかけるのであった……。



全体を通して見てみますと、実に基本に忠実な映画だったという事が出来るのではないでしょうか。『きたぞ! われらのウルトラマン』は、テレビシリーズの延長上に存在する『ウルトラマンX』の完結編として、しっかり纏まっていたように思います。
オーストラリアでの怪獣との共生区が話題になったり、神木隊長と娘さんの関係が良好になっていたりする事が語られるなど、テレビシリーズの「その後」がチラホラ語られたのも良かったですね。

一方で大体の要素は劇場公開前の予告編等で出尽くしていましたので、特段これといったサプライズも無く、驚愕するような新事実も無く。
しかし、サプライズが無いとは言っても、迫力の特撮演出であったり、テレビシリーズから引き続いての歴代ウルトラ戦士との共闘、そしてXioの総力戦等、見どころが詰め込まれた、宝箱のような作品でありました。観た満足度は非常に高かったです。

特に、ウルトラマンとティガの登場でありますよ。
管理人にとっては初めてのリアルタイムウルトラマンが『ウルトラマンティガ』だった訳で、そのティガが登場するだけでも嬉しいのに、バッチリとタイプチェンジを使い分けて怪獣と戦うというのだから、もうたまらない訳ですよ!
そして、初代ウルトラマン。このヒトが出てくるだけでもう絶大な安定感がありましたね。出現した時はティガとエックスの間に立っても、その後怪獣軍団と戦う局面になると真ん中を現行戦士のエックスに譲るという振る舞いが、「歴戦のヒーロー」感があって大好きです(笑)。流石マンさんやでぇ!

並び立つ3人のウルトラマン

ここでの対戦の組み合わせがそれぞれ、マンがゴルザ、ティガがアントラーというのが面白かったですね。そこは逆になるんだ、と。
飛翔するアントラーというのも史上初の事ですが、それに対して冷静にスカイタイプにチェンジして応戦するティガ!
回転体当たりを敢行するゴルザを受け止めるウルトラマン!
Xioもウルトラマン達と連携して怪獣軍団を攻撃!
Xioの攻撃に「ナイス!」という感じで頷くティガ!
ウルトラマンと人類の、理想的な共闘体制だったように感じました。
きっとこういった光景は、ツルギデマーガと戦う世界各国のXioとウルトラマン達の共闘でも、繰り広げられていたのでしょう。いやぁ、熱い!

熱いと言うと、この戦闘の劇判も熱かったですね。マンとティガの戦闘シークエンスでは、それぞれ『ウルトラマン』、『ウルトラマンティガ』の劇判曲が流れるのですが、これにはもう否が応でも興奮してしまいますよ。
特に、マンの劣勢からの一転攻勢にかけての劇判の繋ぎが、もう本当に・・・ッ!
勿論、エックスの戦闘シークエンスでも、良いタイミングで主題歌「ウルトラマンX」が流れ、戦闘を盛り立ててくれました。やっぱり「ウルトラマンX」は名曲です!


さて、本作の敵怪獣・ザイゴーグについて。
閻魔獣ザイゴーグ。身長66メートル、体重7万トン。
口からは熱線、胸からは触手、そして背中のトゲがその武器で、この世を地獄に変えると古文書に記された恐るべき怪獣であります。更には、背中のトゲから閻魔分身獣を生み出す事もでき、ゴーグアントラーとゴーグファイヤーゴルザを召喚、地獄怪獣軍団を結成し、首都圏へと侵攻してきました。

地獄怪獣軍団

いやぁ、恐るべき大怪獣でしたよ、ザイゴーグさんは。
眼が複数あったりするのはどことなく『パシフィック・リム』の怪獣ライクのようにも見えますが、モチーフとしては地獄の鬼というのがあり、幾つかのモチーフとなっている怪獣を合成させた造形となっているそうであります。
近年は3DCGで表現される超巨大な怪獣がラスボス、というウルトラ映画の流れがある訳ではありますが、ザイゴーグはウルトラマンと殴り合う事が出来るサイズの怪獣でありました。
地に足が付いた感じの怪獣で、管理人は非常に好みなタイプの怪獣でありました。熱線で地面を溶かして地下に沈降・浮上するのも格好良いですし、地獄感があります。

閻魔獣ザイゴーグ

一方で、今回はザイゴーグの子分的ポジションで登場したアントラーとゴルザは、なんだか可愛い感じでしたよね。Xioの攻撃を退けて得意げに吠えたり、ウルトラマン達相手に「いくぞ~!」というポーズをとってみたり。
ザイゴーグがドッシリと構えた怪獣なのと対比的に、アントラー&ゴルザのコンビはどことなく三下のチンピラ感が無い訳でも無かったですかねぇ。
しかし両怪獣とも、アントラーは飛行、ゴルザはアンギラスボールのような転がる攻撃を行うという新しい能力を魅せてくれました。『X』では、特に田口監督の回でテレビシリーズから旧怪獣の新能力を魅せるというのが恒例となっておりましたので、今回の新能力披露もその延長上の事なのでしょう。
そうして相手が新しい攻撃を見せるんだったらと、ウルトラマンも八つ裂き光輪を防御に使うという新しい戦法を披露してくれたりもする訳です。張り合わなくて良いんだよ、ウルトラマン!(笑)

最後に、本作の特撮面について。
本作は、テレビシリーズから引き続いて非常にクオリティの高い特撮となっておりました。
恒例のミニチュアワークは劇場版予算という事もあり、最終決戦ではテレビシリーズよりも広い特撮ステージが組まれ、ビルの破壊などもふんだんに行われておりました。やっぱりウルトラの醍醐味はこのミニチュアセットでの大激闘ですよ!
勿論、Xioの各種メカをはじめとした3DCGやミニチュアセットとの合成等、VFXもテレビリーズと同等以上に凝った作りとなっており、特に目を引いたのは、3人のウルトラマンと3体の怪獣、そして3機のXioメカが入り乱れて交戦する一連の長回しカットでした。ミニチュアワーク、3DCG、合成が高度に噛み合った凄まじいカットだったと思います。
その他の合成や本編との繋ぎも相変わらず見事なもので、「怪獣がそこに存在している」というのが作品全体を通してビシバシ伝わってくるようでありました。
あと、VFX面で特筆すべきはアントラーとスカイマスケッティーの空中戦ですかね。テレビシリーズの頃からの、バードン戦やグリーザ戦での空中戦演出を踏まえた上での空中戦でしたよ。

個人的には、今回の特撮はライティングが素晴らしかったと思います。
白昼堂々と出現するザイゴーグ、夕日をバックに咆哮する地獄怪獣軍団、真夜中の決戦、戦い終わりの早朝・・・。昼、夕、夜、朝のそれぞれの表情が絶妙に表現されており、その中で戦うウルトラマンと怪獣達の姿は幻想的ですらありました。
真夜中の決選はミニチュアとウルトラ戦士の電飾が映えるし、暗闇を進むザイゴーグ達のディテールを映し出す照明効果は、本当に見事でありました・・・!
特に、すべてが終わって各地で戦っていたウルトラマン達が集結する早朝の場面は、皆カラータイマーを点滅させている事も相俟って、「激闘を戦い抜いた戦士」感が出ており、非常に格好良いシーンになっていたと思います。


まぁ、粗は色々とある映画だったとは思いますよ。奇跡のてんこ盛りだったり、スパークレンスの出自だったり、またしてもバラージなのかというメタ的な突っ込みもあったりで(笑)。
しかし、それらを補って余りあるパワーが、この『劇場版 ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』にはあったというのもまた事実な訳です。
こうしたウルトラ映画が、怪獣映画が、また観れるようになったという幸せを、素直に噛みしめたいと思うところでありますかねぇ・・・。

これにて『ウルトラマンX』の物語も一旦幕を閉じる訳で、それはそれで寂しくもありますが、4月から放送時間の変わる「新ウルトラマン列伝」を含めて、どんどん盛り上がっていっているウルトラシリーズの今後の展開を、楽しみにしていきたいと思います。


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【予告編】


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2016/03/14 21:53|特撮怪獣TB:0CM:0

15分で特撮怪獣映画! 『長髪大怪獣ゲハラ』 

いよいよ今週末に公開が迫った『劇場版ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』。管理人も非常に公開が楽しみであります。早く土曜日になりませんかねぇ・・・。

先行上映を観た方々の感想を漏れ聞くに、「ヒーロー映画では無く、怪獣映画だった」という声が多いんですよね。なるほど、怪獣映画。
今回の『劇場版ウルトラマンX』の監督を務める田口清隆監督は、怪獣映画を撮りたくて映像業界に入った人であります。その田口監督が『ウルトラマンX』の劇場版を、ヒーロー映画としてでは無く、怪獣映画として創ったというのは、実に納得できるお話な訳ですよ。
田口監督による怪獣映画と言えば・・・そうだね! 『長髪大怪獣ゲハラ』だね!

長髪大怪獣ゲハラ

長髪大怪獣ゲハラ』は、2009年2月24日にNHKの番組「テレ遊び パフォー」内にて放送された特撮怪獣作品。後にゆうばり国際ファンタスティック映画祭にて上映された為、「特撮怪獣映画」と呼べなくも無い作品でもあります。
制作スタッフは、企画・脚本にみうらじゅん、製作総指揮は樋口真嗣、音楽は伊福部昭(没後の作品の為、過去曲の使用という立ち位置ですが。)という錚々たる顔ぶれ。勿論監督は先述の通り田口清隆。
みうらじゅんの、「日本一カッコいい怪獣が見たい」という一言から企画がスタート、公募によって数百点の怪獣デザインが集まり、その中でグランプリに輝いた「ゲハラ」が本作の主役怪獣となった、という経緯で制作が進められました。
佐野史郎、田口トモロヲ、渡辺裕之といった、特撮怪獣作品ではおなじみのキャスト陣も、これまたおなじみの役柄で出演しておりまして、まぁ、NHKの番組企画とはいっても半分以上は趣味の世界だコレ! ってヤツだと思います(笑)。

そういった経緯の作品なので有って無いようなものですが、あらすじは大体こんな感じ。

怪事件頻発! 人類に危機、刻々と迫る!

石川県にて、漁船が、電線が、謎の存在によって荒らされてしまった。怪事件の共通項は、巨大な「毛」が残されているという点。
一連の事件を怪獣の仕業であると推理し、取材を開始した新聞記者・萩原英男は人里離れた山奥にある「毛覇羅神社」に辿り着き、「毛覇羅様」の恐るべき秘密に迫る。

一方、怪獣ゲハラは金沢に上陸。ここに、防衛隊との一大攻防戦が幕を開けた。
防衛軍の秘密兵器「気体渦動展開装置 フージン」の勝利なるか!?
人類勝つか、ゲハラ勝つか!

長髪大怪獣ゲハラ! 長髪大怪獣ゲハラにご期待ください!!



作品としては「王道の怪獣映画」というよりはパロディ寄りの怪獣映画であり、往年の東宝特撮怪獣映画のアレやコレやのパロディでオマージュな感じのアレがバンバン出てくるような感じです。

冒頭で漁船が襲われ、怪事件を追う新聞記者が出てきて、そうこうしているうちに怪獣が都市部へ進出、防衛隊と戦闘、窮地に陥った防衛隊が新兵器を開発、怪獣をなんとか撃滅。だが、人類が愚かな行為を続けるといつまた怪獣が現れるかもしれない・・・。

もう清々しいまでの東宝特撮怪獣映画のテンプレ的流れでございますよ!
佐野史郎がとってつけたかのように「人類が環境破壊をやめない限り・・・」とか言い出すあたりのくだりがもう(笑)。

09年の日本は完全に怪獣氷河期に突入していた中であり、怪獣映画などはほぼ皆無だった訳でありますが、番組の企画としてでも新しい怪獣作品が観れるという事で、管理人はこの作品の放送を楽しみに待っていた訳ですよ。丁度管理人は大学受験が終わった折であり、このタイミングで観れてなかなか幸せだったような気がしますかね。
例え15分であっても、例えパロディ作品であっても、新しい怪獣が観れるという、ただそれだけでもう『長髪大怪獣ゲハラ』は素晴らしい作品だったんですよ・・・ッ!
ネットでは割と本作のふざけっぷりに失望したりする声が多かったりもするのですが、それはまぁ15分企画作品という事で察そうよと、そういうようにも思いますかねぇ・・・。タイトルからしてもうアレだしさ!

一方で、特撮面は結構凝った創りになっていたんですよね。「番組内企画のパロディ作品だとしても、怪獣特撮は本気でやったるで!」という制作陣の気概をバリバリに感じさせてくるんですよ。
ゲハラのデザインは「格好良い怪獣が見たい!」という企画にも関わらずお世辞にも格好良いとは言えないモノなのですが(笑)、しかしゲハラを映す構図は基本的に人間からの目線で捉えており、あくまでもゲハラは「巨大怪獣」なのだというスタッフの矜持を感じさせます。
特撮が良ければ、どんなデザインの怪獣も格好良く街を蹂躙闊歩出来るという事なのではなかろうかと思うんですよね。ほら、『ゴーストバスターズ』のマシュマロマンだって、あんなナリだったけど街を闊歩していた姿は格好良いでしょう?(そう感じるのは管理人だけかも知れませんが。(笑)

そして、防衛隊の最終秘密兵器「気体渦動展開装置 フージン」の特撮。
フージンは、往年のSF特撮映画『地球防衛軍』に登場したマーカライトファープにそっくりな巨大扇風機でありました。明らかにパロディでギャグなシーンなのですが、このフージンが街に佇む姿は理屈抜きに格好良いんですよ。建物の中から覗いたアングルなんかは、本当に巨大な扇風機兵器のようにも見え、おかしいやら感動して良いやらよく分からない感覚に襲われます(笑)。
フージンによる猛烈な強風でゲハラの毛が吹き飛ばして弱点部を露出、そこを戦車砲で狙い撃つ感じの作戦だったのですが、もうこのフージンによる風の表現が凄いんですよね。周囲の民家の瓦は吹き飛びますし、停められていた車が押し流され、街灯が薙ぎ倒されるという、一大スペクタクルシーンとなっておりました。
特撮ファンとしては、「そうそう、こういうのが観たかったんだよ!」となる訳ですよ(笑)。

極めつけは、あるはずもない続編の予告編であります。
佐野史郎がノリノリで地球支配を企んだり、テリー伊藤星人が地球侵略に乗り出したりするおかしな予告編が本編終了後に流れるのですが、東京を蹂躙するゲハラや、炎に包まれる東京タワー、爆発炎上するフージンに、吹き飛ぶ戦車、ビル街を這うようにして飛ぶミサイル・・・等、本編よりも格段に手間がかかっている特撮をやるんですよね。ある意味、特撮的な最大の見せ場はこの予告編なんですよ(笑)!
こんな事が出来るのはやはり番組企画だからであり、なおかつ、「予算さえあればこれだけの特撮を駆使した怪獣映画が創れるんだぜ!」というスタッフの咆哮のようなものも聞こえてくるようであります。さながら、『ゴジラ対メガロ』のダム破壊シークエンスのように・・・!

長髪大怪獣ゲハラ』は、そんな特撮怪獣映画への偏愛や特撮スタッフの意地が詰まった、愛すべき作品だったと言えると思います。
そんな『ゲハラ』を撮った田口監督が、とうとうウルトラマン映画を、怪獣映画を撮る事になった訳であります。怪獣氷河期を抜けた先の新たな田口監督の怪獣映画は、果たしてどのように仕上がっているのか。『劇場版ウルトラマンX きたぞ! われらのウルトラマン』の公開が、非常に楽しみでありますなぁ・・・!

因みに、現在はDVD・BDを購入する事でしか視聴出来ない(レンタルが無い)本作なのではありますが、映像ソフトには80分ものメイキング映像が収録されていますので、一見の価値はありますよ!


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2016/03/10 19:08|特撮怪獣TB:0CM:0

米軍と怪獣の大激闘! ……がメインでは無く、「怪獣が居ても変わらないクソッタレな戦場」がメインの怪獣映画だった! 『モンスターズ/新種襲来』 

先日の哀しい事件の翌日、無事に『ガールズ&パンツァー 劇場版』並びに『モンスターズ/新種襲来』を観に行く事が出来ました。本当ならば『モンスターズ/新種襲来』の公開初日に合わせたかったんですが、まぁ、仕方が無い。
そんな訳で、備忘録も兼ねて、『モンスターズ/新種襲来』の感想記事などを作成しておこうかなぁと思うところでございます。
・・・前作も記事にはしていないし、記事にするかしないかはちょっと迷ったのでありますが、折角の東宝ゴジラ復活イヤーですので、記事にしておこうかなぁと(笑)!

ガールズ&パンツァー 劇場版』の鑑賞を終えて、本作を観る為に意気揚々と劇場へ入ると、そこは管理人一人の劇場でありました・・・。何故だッ! ガルパンは超満員だったのにこっちはスッカスカのガラガラの閑古鳥だとぉ・・・ッ!? 本作には「人気作、待望の続編!」みたいな感じの煽り文句が付けられていた筈なのですが、「人気作」とは何だったのか。
・・・まぁ、「人気」などとは言ってもこの作品の前作を支持しているのは、実際問題といて管理人みたいなボンクラ特撮怪獣ファンくらいですからなぁ(苦笑)。あんまり興行的なヒットは見込めんのではなかろうかと。鑑賞特典として怪獣図鑑みたいなカードが貰えましたが、別にコンプリートを目指すようなリピーターが出現するという映画でもなく・・・。
管理人が劇場へ入って数分後に、数人が劇場に入ってきました。中にはカップルさんも。・・・カップルで観に来るような映画じゃないだろ、この映画(笑)。
そんなこんなで、遂に上映が開始していく訳でありました・・・。

モンスターズ/新種襲来

モンスターズ/新種襲来』の前作『モンスターズ/地球外生命体』は、2010年に公開されたイギリスの特撮怪獣映画でありました。監督は後に『GODZILLA ゴジラ』を監督する事になるギャレス・エドワーズ。
モンスターズ/地球外生命体』は総製作費120万円という非常に低予算な作品でしたが、丁寧な世界観設定、それに基づいた神秘的な怪獣演出、対比的に描かれるアメリカ及び米軍批判的な要素等が高く評価され、ギャレス監督が『GODZILLA ゴジラ』の監督に大抜擢される事と相成った訳でございます。
管理人はこの『モンスターズ/地球外生命体』は、「怪獣によって根本的に変わってしまった世界の日常」という、「怪獣の居る日常」を描いた秀作であったと思うんですよね。怪獣のフォルム自体は割とエイリアンっぽい感じだったのではありますが、しかし怪獣がただ「そこに居る存在」として描かれているあたりは結構日本の怪獣的でもありまして。テーマ性や低予算である事を逆手に取った怪獣の魅せ方も実に見事なのですが、やはりギャレス監督が『GODZILLA ゴジラ』の監督に抜擢されたのはこの部分が一番大きかったのかな、と思いますかね。

そんな感じだった前作から予算は格段に増えたという本作。ギャレス監督は本作では製作総指揮という立ち位置らしいのですが、まぁ恐らくは名義貸し程度で作品へのタッチは殆ど無いのではなかろうかと思うんですよね。
さぁ、いったいどのような怪獣映画として仕上がっていたのでありましょうか?
まずはそのあらすじから。

「地球外生命体」を乗せた宇宙探査衛星が中東に落下。中東地域は「モンスター」が跋扈する危険地帯へと変貌してしまった。
事態を重く見た国連加盟各国は、次々と軍隊を中東へ派遣。日夜を問わずモンスター達に対する空爆が行われるようになったのである。
だが国連軍の空爆は地元住人への被害も大きく、地域住民達の間では反国連軍の気運が勃興し始めた。それに乗じて過激派武装勢力による国連軍を狙ったテロも横行。モンスター達の出現によって中東情勢は一層の混迷を極めていったのである。

米国は中東へ「モンスター退治」の為に派兵を行っている筆頭国である。
そうして今回新たに中東へと招集された若い兵士達は、モンスター退治では無く過激派組織武装勢力による国連軍攻撃を未然に阻止する、治安維持部隊に編入された。
治安維持の為の哨戒任務が続いていたある日、モンスターが大量に存在する危険地帯の深部で連絡を絶った部隊が出た。過激派による拉致・殺害が危惧された為、治安維持部隊の一個小隊が出動する事になったのだが……。



予告編や各種プロモーションでは、よくあるB級モンスターパニック映画テイストな感じで紹介されてはいますが、実のところ本作は事実上の現代の中東情勢を踏まえた上で展開されるアメリカ批判的な要素を多分に含んだ戦争映画なんですよね。怪獣の存在はあくまでも舞台装置的な役割であり、モンスター映画でありながらその本質はモンスターによる破壊では無く、戦場に生きる兵士達にある訳でございます。

作品前半に於ける過激派武装勢力と治安維持部隊の小隊との戦闘は非常に臨場感のあるものとして仕上がっておりまして、一人称視点、爆発音による一時的難聴、視野狭窄、大怪我を負う事による感覚のスローモーション化・・・といった様々な演出が為されておりました。
話の展開も完全に怪獣そっちのけで、戦闘によって次々と死んでいく仲間、極限状態で錯乱状態に陥る兵士、極めて業務的に行われる無人機による支援爆撃、言葉の分からない敵に拘束される恐怖・・・といった感じで、過激派武装勢力との戦いがこれでもかと描かれていっておりまして、一連のシークエンスは、さながら戦場の疑似体験と言っても過言ではない出来になっていたのではないでしょうかね。
ですので、主人公らが拘束された過激派のアジトに怪獣が襲来してくるまで、この映画が怪獣映画だったという事を完全に忘れてしまっておりました(笑)。

改めて世界観を見直してみますと、本作は前作の続編と言うより、前作のパラレルワールド的な意味合いが強いのかな、と思います。
前作では「地球外生命体」を乗せた宇宙探査衛星が落下したのはメキシコだった訳ですが、本作はそれが中東に置き換わった世界だったと、そういう事のようですね。
しかしまぁ、どこに落ちても怪獣が繁栄してしまうという迷惑極まりない探査衛星ですが、よりにもよって中東に落下しなくても良かったのに。作品世界に於いては原油価格なんかもさぞかし高騰してしまった事でしょうなぁ。だからこそ一層各国が躍起になって怪獣に対して空爆を行うという構図が出来上がっているんでしょうけれども。
この探査衛星、どこの国が打ち上げたのかは作中では明言されていませんでしたが、恐らく米国によるものでしょう。とすれば、モンスター退治に来ている米軍は、自分達の尻拭いをしているとも言える訳で、モンスターを撒き散らして中東情勢の混乱を招いたのは米国そのものであるというのは、現実世界の構造の写し鏡的でもあり・・・。
いやぁ、前作に増して反戦色の濃い映画でありますなぁ・・・。

作品の後半部分では、小隊は主人公と隊長の2人を残して全滅してしまった中で、それでも任務遂行を目指してひたすら歩く、ロードムービーとなるのでありました。
ですが、途方に暮れるような距離を歩いた果てに待ち受けていたのは、友軍の全滅というあまりに厳しすぎる現実・・・。
俺たちは一体何のためにここまで来たんだ!?」と錯乱し、非武装の住民を手当たり次第に殺していく隊長を主人公が射殺。
その遠方の熱砂で咆哮する怪獣をバックに、この映画は終劇と相成る訳であります。

いやぁ、何と言いますか、後味が非常に悪い! いや、狙ってやってますし、この戦場の無常感は割と好きなんですけどね。
前作もまたロードムービー的側面が多分にありましたが、「友軍を救出する為に危険な地域へ侵入する」という今回の戦場ロードムービーというのは、さながら『プライベート・ライアン』のようでもありましたかね。「バッドエンドな『プライベート・ライアン』」という評を某所で見かけたのですが、まさにそれだ、と(笑)。

作品中ではこれでもかと言うくらいに戦争批判というかアメリカ批判を繰り返しているんですよね。
経済破綻し荒廃するデトロイト出身の青年兵士は「ヤクの売人になるか軍人になるかしか無かった」と語る。
自分たちの正義だと信じていた怪獣への空爆は地元住民を殺戮し、この地域に深い禍根を根付かせる事になってしまっていた。
怪獣退治は自分の地元の仲間への武勇伝になる」と語っていた彼も、もはや何の為に戦っているのか分からなくなり、精神を病んでいく。
そして、作品終盤の隊長の錯乱を持って、「本当のモンスターは人間、或いは人間をそのように変えてしまう戦場そのものだ」と投げかけるというオチになる訳でございます。
アメリカの掲げる正義とは何なのか、そしてその聞こえの良い正義が抱える闇とはどういったものなのか、と言う事を痛切に抉り出しているとも言えまして、前作からのアメリカに対する批判的精神は本作にも継承され、一層強くなったと言えるのではないでしょうか。

さて、本作の怪獣面について。
怪獣のフォルムとしては、前作と同様、発光する触手を持つエイリアン的な造形となっており、今回は「新種襲来」という副題通り、同系統のいくつかの種類の怪獣が登場しました。
しかしまぁ、種類が増えたからと言ってそれを作中で詳しく解説する、なんて事は一切無く、怪獣達はただただ背景に徹し、たまにストーリーの表側に登場するのみという感じになっていましたかね。あくまでも本作のメインは過激派武装勢力と国連軍(米軍)の対立構造でありますので、そこに怪獣はお呼びでは無い、と。
ただ、やっぱり本作の怪獣は、前作同様に「そこに居る存在」であり、いくら過激派武装勢力と米軍が激しい戦闘を繰り広げようとも超然と佇んでいるのみであったのが印象的でありました。やっぱりこの映画も、「怪獣の居る日常」という世界観を描いた作品であった訳でありますよ。
前作と本作ではその「怪獣の居る日常」へのアプローチが反転しておりまして、前作は先述の通り「怪獣によって根本的に変わってしまった世界の日常」であった訳ですが、本作は「怪獣が存在していようがいまいが人間同士の殺し合いが行われる戦場の日常」であったという事が出来る訳です。前作を踏まえた上で本作を観ると、この反転はなかなか面白いですね。変わるのも変わらないのも、結局は人間次第なのだなぁ、と・・・。
前作に引き続いて、本作に登場する怪獣達もまた、こちら側から攻撃しない限りは自発的に攻撃してくる事は無い、というのもポイントでありました。
怪獣は歩いているだけでもその周辺地帯に被害が出るからこそ退治しなければならないという話はあるんですが、しかし中東の広大な砂漠地帯があるのだから、ただただ空爆を行うだけでは無く、怪獣との共存を図る道も或いはあったのではないかとも考えさせられるんですよね。空爆に晒される怪獣達の悲痛な咆哮が、なんとも物悲しいのであります。それは、作中幾度となく登場する、米軍の空爆によって家や家族を失った地元住民達ともなんとなく被るようでもあり。

怪獣演出的には、怪獣を相手にいつものように戦車が出動したりするのでは無く、大体はアウトレンジからのミサイルや上空からの空爆によって怪獣を殲滅するという対処法であったり、巨大な怪獣達が群れで出現したり、生態系を形成した怪獣達の様々な成長過程個体が登場したり、或いは怪獣が仲間の死を悼む為に現れたり、といった具合でその登場シーンは映画全体からすると短くはあるんですけれども、非常に満足のいくものとなっておりましたかね。
市街地をただただ闊歩する怪獣や、砂漠に佇む怪獣達と、その間をかすめるように飛ぶ米軍のヘリなんかも、良い感じに巨大感・怪獣の居る日常感が出ていて素晴らしかったです。勿論、怪獣の怪獣による葬式シークエンスもまた幻想的な映像として仕上がっておりましたし。
何より、怪獣達の咆哮が、劇場全体を震わす感じの重低音となっておりまして、嗚呼、やはり映画館に観に来て正解だったと、そう思わざるを得ませんでした。
いやぁ、日中に怪獣を出せるくらいに予算が出来て良かったっすなぁ。

全体を通しては、概ね満足なのではありますが、ちょっと尺が長かったかな、とも思います。この内容であれば過激派武装勢力と治安維持部隊の戦いをもう少し減らして、もうあと30分くらい上映時間を短くしても良いかな、と。リアルな戦場描写は良いんですが、それを長々と見せられるというのも、ね・・・。
しかしまぁ、如何せんプロモーションが完全にB級モンスターパニック映画テイストでしたので、勘違いして劇場に足を運んだ人がミスマッチを起こしていないかなぁと、ちょっと心配になったりもしますかね。
実際問題、当記事冒頭でも触れた管理人と同じ回を観に来ていたカップルさんは、上映終了後、物凄く気まずそうな表情をしていましたし・・・(笑)。きっとあのカップルさん達は、「B級怪獣バカ映画」を期待して観に来たら「後味の悪い結構リアルな戦争映画」を観せられた訳で、そりゃ気まずい感じになりますわなぁ・・・。

そんな感じで、怪獣イヤーの幕開けに相応しい映画だったと思います。
年始早々に良質な怪獣映画が観れた事に感謝しつつ、今年の怪獣映画群の公開を、心待ちにしたいところでありますかね。


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2016/01/15 00:00|特撮怪獣TB:0CM:0

怪獣映画の更にその先へ……。 『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』 

今年・2015年は、ガメラ生誕50周年の年でもありました。
特段それを意識した訳では無かったのですが、今年公開の映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の監督が樋口真嗣監督だったという事もあって、『ガメラ 大怪獣空中決戦』及び『ガメラ2 レギオン襲来』の記事を作成してきた訳であります。
そして、当ブログにて取り上げていない平成ガメラ作品は、残り1作。それが、『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』である訳です。
そういう訳でありまして、折角ガメラ50周年なのだからという事で、年が明ける前にこの作品について、少し書こうと思うところであります。
なんか「ついでだ!」と言わんばかりのアレではありますが、まぁ、こういうのは勢いが大切ですので(笑)。

ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒

ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』は、1999年公開の特撮怪獣映画。いわゆる「平成ガメラシリーズ」の3作目にして、最終作にあたる作品でございます。
公開当時管理人は9歳だった訳でありますが、「わたしはガメラを許さない。」というキャッチフレーズは凄まじく強烈でありました。
ガメラを許さない」? ガメラは人類を護ってくれる良い怪獣なんだから、許すも何も無いと思うんだけどなぁ・・・等と幼いながらに思いつつ、劇場に連れて行ってもらって、そのあまりの内容に絶句してしまったのであります。いやぁ、アレにはトラウマになりましたなぁ(笑)。
昭和・平成の全ての作品を見終えた今でも管理人はガメラシリーズ全般について「なんだか暗い怪獣映画」という印象をどこかしら持ってしまっているのは、偏に本作の仕業でございますよ。実に罪深い、作品であります。

その罪深きあらすじは、以下のような感じでございます。

ガメラとレギオンの死闘から3年後の1999年。
4年前のガメラとギャオスの東京での戦いに巻き込まれ家と両親を喪った少女・比良坂綾奈は、親戚の住む奈良県高市郡南明日香村へ、弟と共に引き取られていた。両親を殺された綾奈は、ガメラを酷く憎んでいた。
そんな日々の中、綾奈は村の祠の奥にある洞窟で、卵状の物体を発見する。卵状の物体からは、複数の触手を持つ生物が誕生した。綾奈はその生物を「イリス」と名付け、可愛がるのであった。「いつかガメラを殺してくれる存在になってくれる」と信じて……。
――イリスは、村の伝承にて伝えられる「この世を滅ぼす」とされる災厄そのものであった。――

一方、東京・渋谷上空に、2匹のギャオスが飛来、ギャオスを追ってガメラも飛来し、夜の渋谷は瞬く間に怪獣達の戦場と化す。
この戦闘で1万人以上の死者が出た事により、日本政府はギャオスと同等以上にガメラを警戒し、世論はガメラを敵視し始めた。
その報道を見た綾奈は、ガメラへの憎悪をより深めていく……。それに呼応するかのように成長していくイリス。
果たして綾奈は、イリスは、そしてガメラは、いったいどこへ向かっていくのだろうか。

終末の刻は近付いていた……。



ガメラ 大怪獣空中決戦』及び『ガメラ2』が、怪獣災害や宇宙怪獣による日本侵攻を俯瞰的なシミュレーションで描いていたのに対して、この『ガメラ3』は、ガメラとギャオスの東京での決戦によって家と両親を喪った少女・比良坂綾奈ちゃんを中心とした作劇になっているんですよね。
この『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』の凄いところはまさにそこで、「怪獣災害によって親を失い、住む場所を追われてしまった少女」が主人公であったという一点に尽きると思います。
特撮怪獣作品に於いて、都市が破壊され、人々が蹂躙されるというのは日常茶飯事なのではありますが、本作のように「怪獣に蹂躙された人々のその後」をメインに据えて明確に描いた作品というのは、なかなかありません。そりゃ現実的に考えれば、怪獣が暴れまわって都市が崩壊したらそれなりの数の怪獣災害難民が発生するというのは道理であります。しかし怪獣映画というのは、言ってしまえば怪獣が街を破壊するのを愉しむショーじゃないですか。実際、本作『ガメラ3』でも、ガメラとギャオス達の渋谷襲撃や、ガメラとイリスの京都大決戦なんかはその文脈で演出されております。
しかし、その怪獣映画(=ショー)に於いて「怪獣に蹂躙された人々はその後、大変な日常を送っているのだ」という事を明示するというのは、ともすれば作品そのものの否定にもなりかねない訳でありまして、それ故に怪獣映画でそこに触れる事はタブーであると言われる訳なんですよね。
しかし、本作『ガメラ3』は、そのタブーを踏み越えていった。いわば、「怪獣映画のその先」を志向した作品であるという事が出来ると思います。

ガメラのプラズマ火球によって渋谷の街で虫けらのように吹っ飛ばされる人、人、人・・・。本作で綾奈ちゃんについて描写されていなければそれはいつもの怪獣襲撃シークエンスに過ぎないのですが、しかし綾奈ちゃんの両親が死に、奈良へ引き取られたというエピソードがある訳ですので、嫌でもその吹っ飛ばされる人間の一人一人に命があり、人生があるという事を想起せざるを得なくなり、単純に「いけーガメラー! 渋谷の街をぶっ壊せー!」等と言っていられなくなる訳ですね。実に露悪的な構成であります。
いやまぁ、それはフィクションだからというのは分かりますが、作品の構造的にそうなっている訳でありますし、何より管理人が子供の頃に劇場で本作を観て、暫く単純に映画の怪獣が暴れまわっているのを愉しめなくなっちゃったりもした訳で。本当に罪深い作品っすよ(笑)!
いや、でも聞くところによりますと、この2作目まで正義の味方、子供の味方を体現してきたガメラが3作目で一転して人類に大きな危害を加えてしまいかねない存在とされた事によって、特撮怪獣モノから離れてしまった、或いは観れなくなってしまったという子供もそれなりの数居るようでありまして、罪深い罪深いと笑っているだけではいられんのかも知れませんなぁ・・・。

こういった怪獣映画のタブーに踏み込んだ物語構成を「すげぇ! やべぇ!」と感じる一方で、しかし物語の中でやたらオカルトな方向に走っちゃったのはどうかなぁ、とも思うんですよね。先史文明と日本のやんごとなき一族との邂逅、地球の生命エネルギー「マナ」の概念、四神との関連性、陰陽道・・・。
確かに、怪獣モノには土俗的・民俗的な側面が多分に含まれている作品も多く、オカルトとの相性も悪くは無いのですが、『大怪獣空中決戦』及び『レギオン襲来』がSF的な世界観・考証の元制作されていたのに対して、この『邪神覚醒』は180度回頭してのこのオカルト的な味付けはちょっとやり過ぎなんじゃないかなぁと思わなくもないですかね。実際に完成した作品を観ても、こういったオカルトな設定やら世界観はちょっと持て余し気味でしたし。綾奈ちゃんの話一本に絞っていたらまた雰囲気も異なる作品になっていたかも知れませんなぁ。
アレでしょうか。「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」的なヤツ・・・! でもオカルトと魔法はまた違うしなぁ・・・。
まぁ、公開年前後は、世の中世紀末ブームであり(管理人もノストラダムスの大予言に基づいて地球が滅びるんじゃないかと本気で心配になっていたクチであります(笑)。)、それもまた90年代末の世相を表した表象のひとつなのかなぁ、と。

本作の敵怪獣・イリスについて。
身長:99メートル、体重:199トン、翼長:199.9メートル、触手最大到達距離:1,999メートル、最高飛行速度:マッハ9、と、1999年公開という事であらゆる数値が1と9で構成されております。まさに、総てを終わらせる怪獣に相応しいと言える訳であります。劇中では「ギャオスの変異体」とされ、その成長・進化の速度は予測が付かないと言われました。
綾奈ちゃんのガメラに対する憎しみを利用し、自らと融合させる事でヒトの遺伝子をも吸収、最終的には人型の巨大怪獣としてガメラの前に立ちはだかる事となる訳です。
しかし、何と言いますか。色々な人が言っている通り、触手を使って綾奈ちゃんと融合を果たす一連のシークエンスは、エロいっすよね。いやまぁ、まだ9歳だった頃の管理人はコレを観ても何とも思わんかったんですが、一緒に観ていた管理人の両親は、例の「イリス・・・熱いよ」のシーンでどう思ったのか(笑)。

イリスが電飾でキラキラ光っている様は、伝統的な怪獣映画の怪獣と言うよりもウルトラ怪獣っぽくもあり。実際イリスのイメージ元のひとつになっているのは『ウルトラマンA』の超獣なのだそうで。確かに、ヤプール人が好き好んで繰り出してきそうなデザインではあります(笑)。
いや、それよりも管理人はイリスはウルトラ怪獣では無く、実のところウルトラマンそのものなんじゃないかと思うんですよね。だってアイツ、「目的のために人間と融合」、「巨人」、「赤と銀色の体色」、「黄色い眼と胸の青い点滅」・・・と、精神性はともかく要素だけ見るとどう考えてもウルトラマンを意識せざるを得ない存在であるんですよね。
本作『ガメラ3』は、ガメラの存在が人類の味方か否かで大きく揺らぐという内容の作品であり、主人公はガメラを憎んでいる訳であります。そのガメラと敵対し、主人公の少女に協力する存在がウルトラマン的なデザインになっているというのは、もうコレスタッフは完全に狙ってやっているのではなかろうかと、そう感じちゃうんですよねぇ。もしそうだとすれば、先述の物語構成の件と言い、スタッフは本当に露悪的でありますよ(笑)。

さてさて、本作の特撮面について。
前作・前々作同様、徹底的に人間からの目線で見上げるアオリのアングル、オープンセットでの撮影、緻密なミニチュアワーク・・・。もう言わずもがな、『ガメラ3』の特撮は、平成ガメラシリーズでも文字通り最高の出来となっております。

SFX面に於いては、特に本作京都での戦闘に於ける雨の表現が非常に凝って撮られております。

雨は砂で表現

特撮に於ける弱点は火と水と言われておりまして、火と水だけはノンスケールとなってしまいがちで、しかも雨粒を降らそうとするとカメラに映るだけの雨を降らそうとすると土砂降りにせねばならず、そうなった場合は雨粒のスケール感が全く出ないという弱点がある訳です。
雨粒を降らす場合、従来はスタジオ内に大型扇風機等で強風を噴かせて水を散らすという方法が採られておりましたが、この『ガメラ3』では砂を降らせて、雨粒の代替とした訳でございますよ。因みに、水を砂で代替するというのは、『ガメラ2』の散水車の表現でも同様の撮影方法が採られております。
こうして、水のスケール感問題も解消され、非常にリアルな映像として仕上がっているんですよね。
勿論、砂だけでは濡れた感じが出ないので、必要に応じて着ぐるみやミニチュアを水やアルコールでで濡らし、滴を滴らせるという工夫も為されております。

水たまり越しに映るガメラとイリス

ガメラ3』の水の特撮で言うと、この水たまり越しに映るガメラとイリスのカットもそうですね。
これは合成では無く、ミニチュアセットの中に水たまりを作り、着ぐるみを演技させて本当に水たまり越しの画を撮っておる訳です。
あたかもそこに巨大な怪獣が対峙しているかのような臨場感がある、力図良いカットですよね。

また、VFX面では『ガメラ2』から3年空いているという事もあり、これまで以上に効果的に3DCGが使用されております。
その最たるものが、航空自衛隊F-15J戦闘機とイリス、そしてガメラの空中戦でありますね。

イリスとF-15J

月下のドッグファイトは非常に幻想的で美しいのではありますが、実にスピード感と迫力も同居したシークエンスとなっていると思います。
しかしながらこの一連のシークエンス、コマ送りをしてみるとかなりうまく「誤魔化している」というのが分かる部分でもあるんですよね。
肝心のイリスやガメラをバシッと捉えたショットはかなり少ないんですよ。それはスピード感を出すというのもあるのですが、やはり予算の規模や技術的な問題からきている、モデリングやテクスチャの「粗を隠す」という目的もあるようです。
粗を隠しつつ、効果的に迫力ある映像として仕上げる。技術を知った上でのこの魅せ方が、本当に上手いんですよねぇ。
管理人は『ガメラ3』の3DCGの用いられ方は、日本特撮界屈指の出来栄えだったと、そう思います。

そんな感じで、イリスに勝利し、綾奈ちゃんの無事を確認したガメラは、ギャオスの群れとの戦いに赴く・・・というところで終幕となっております。どんな絶望的な状況下であっても、希望が絶えることは無い。ガメラはそれを我々に教えてくれているかのようでもありました。まぁ、あの世界の航空自衛隊は絶対に撃墜されないので、あの後はガメラと航空自衛隊でギャオスの群れを撃破したに違いありません(笑)。
興行収益が10億円に届いていれば続編制作の話もあったそうなのですが、結局『ガメラ3』で平成ガメラシリーズは幕切れとなってしまいました。
まぁ、21世紀の今から観ると、あのエンドはあのエンドでアリですね。

20世紀の終わりに、怪獣映画の先を志向した特撮怪獣映画。
異色作ではあれど、それだけに色々な思いの詰まった、そんな映画として仕上がっているのではないでしょうか。


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世界観構築の妙と、人喰い巨人による圧倒的絶望感! 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』

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2015/12/29 00:00|特撮怪獣TB:1CM:4

ストーリー面では大小含めて様々な粗がある。しかし……快作! 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』 

世界観構築の妙と、人喰い巨人による圧倒的絶望感! 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』
※↑前篇の記事はコチラでございますよって、コチラの方を先に読んでから当記事を読んで頂ければ幸いであります。

前回までのあらすじ
謎の巨人軍団の襲来に、壁の中に閉じ込まざるを得なかった人類。しかし、100年の安寧は突如出現した超大型巨人によって崩壊を迎えた!
最外縁の街「モンゼン」に住んでいた青年・エレンは、全てを喪いながらも巨人に復讐するという目的で外壁再建作業団に入団する。人類最後の爆薬を手にし間もなく最外縁の壁に到達するかと思われた時、引き寄せられてきた巨人達によって外壁再建作業団は行く手を阻まれてしまい、爆薬をも失ってしまった。
もはや絶体絶命の局面の中でエレンは、巨人化する能力を発現したのであった!
一方管理人は「久方ぶりの東宝特撮映画」という事で胸を躍らせるが、世間に於ける本作の評判は決して芳しくなく各方面からダメ映画の烙印を押されてしまっていると知り愕然としたのであった。
作品を観た友人らからの評判もすこぶる悪いという事で若干憂鬱になる中で公開する後篇は、果たしていかなる映画として仕上がっているのだろうか!?
世界は残酷! 無間地獄に御用心!

・・・と、いう訳でございまして公開初日の朝一番の回で『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』を観てまいりました。
個人的には粗はあれど概ね良かったという感想を抱いておるのではありますが、同時に「こいつぁまた酷評されちまうんだろうなぁ・・・」というのをひしひしと感じつつの鑑賞となっちまいましたかねぇ・・・。どうせ今回も荒れるんじゃろ?

荒れるにせよ絶賛の嵐にせよ(まず無いでしょうが。)、兎にも角にも、「2015年怪獣の夏」の締めくくりの1本として、纏めねばなりますまい。
ちゅう訳で、ネタバレ全開のレビューのお時間でございます。

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド

まずは『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』のあらすじからですかね。
前篇『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の引きからそのまま繋がる感じで、物語が再び膜を開けます。

巨人化してしまった事を目の当たりにした憲兵団は、エレンを拘束する。
「君は人か? 巨人か?」
そう、エレンに問うクバル主管。エレンを庇おうとするアルミン、ソウダ……。
しかしそこに、新たな巨人が乱入、エレンを連れ去ってしまった。

連れ去られたエレンは、白い何も無い部屋で目を覚ます。
そこでエレンは、シキシマからこの世界の真実を知らされる。

真実を知ってしまったエレンは、果たしてどう、行動していくのか……。
そして、壁を塞ごうと再度動き出す外壁再建作業団の面々の運命やいかに?


原作で言えば大体4巻までの流れではあるんですが、しかし今回実写化するにあたっての様々な改変が行われている為、実質的には完全な別物と呼んでしまっても差し支えないのかなと思います。
こりゃまた原作ファン界隈で荒れるに違いないというか、既に荒れちゃってます・・・。

本作の大きな問題点として、「前後篇に分けられてしまっている」というのがあると思います。
本来、『進撃の巨人』は1本の映画として纏まっていたという事ですが、クランクイン直前になって東宝上層部が前後篇上映にするという事を決定したとの事。まるで1962年公開の特撮SF映画『妖星ゴラス』に於いてクランクアップ直前に東宝上層部が「怪獣を出せ」と言ってきてスタッフが困惑した、みたいな話でありますなぁ。いくら東宝特撮映画だからと言ってそういう横槍の再現までしなくて良いのに・・・。
そして皺寄せとしてこの後篇に説明ゼリフじみたモノが集まっちゃったというのがあると思います。話の構造上巨人の食人シーンも後篇には出てこないというのも問題でしたかね。あと、尺稼ぎとも取れるような長尺のエレンとシキシマのバトルシークエンスとか。
恐らくこういった点は、1本の映画になっていればちゃんとバランス良く収まっていたであろうという事を考えると、やはり前後篇では無く、2時間強くらいの映画にした方が良かったんじゃないかと思わざるを得ません(いや、どうでしょうか?)。
まぁ、今更どうしようもない話ではあるんですが・・・。おのれ東宝、という事で。

管理人としては設定面の改変は実のところ言うほど悪いとは思わないんですよね。いや、寧ろ良かったのではないかと思います。
恐らく第二次大戦中に巨人化兵士を造り出す為の実験が行われ、その数十年後に何らかの要因で一般市民が次々に巨人化、誰がいつ巨人化するか分からないという疑心暗鬼に陥った人々は互いに殺し合い、遂には国家間の戦争にまで発展した・・・。
という、どことなく永井豪先生の漫画『デビルマン』を彷彿とさせられるような展開ではありますが、兎に角生き残った人々は巨人化しないであろう人々を引き連れて壁の中に閉じこもったと、そういう世界の真実が語られる訳であります。
原作に於いて、何故巨人が出現するようになったのか、何故巨人になっても自我を保てる人間がいるのか、といった巨人周りの謎については断片的にそれらの要因が示唆されながらも依然として解明されていない訳でありますから、完結していない作品の実写映画化という事で新たに再設定するというのは当然であると言えます。寧ろその「巨人大戦」を描いた映画も観たいような気もしますが(笑)。

そういった諸々の原作から改変された設定と、映像を含めた世界観は概ね良く出来ているとは思うのですが、問題はキャラクター、登場人物の描き方なんですよね・・・。
主人公・エレンは、前篇で「まだ何者にもなれていない青年」として描かれておりました。で、前篇のラストにて「巨人」になる事で漸く何者かになれるのか? というところで終わった訳ですが、この後篇では結局のところ、
シキシマに言われたから政府転覆に加担しようと考える

でも、シキシマのやり方では罪のない多くの人が死んでしまう

だから反抗する

という感じでありますので、根本的にはエレンは自分の考えで行動をしていないんですよね。結局エレンは何者かになる事は出来ずじまいで物語の幕が閉じてしまうんですよ。
壁の外に出て、そこで何者になれるのかを見つけようぜ!」という話なのかと言えばそういう訳でも無いですし、そのあたりは結構消化不良を起こしてしまっているのかなと感じました。

シキシマもシキシマで、初志貫徹して悪役であり、エレンにとっての壁で有り続けるかと思ったら、鎧の巨人としては割と簡単に負けちゃいましたし、「どうせ最後はちょっと良い奴になって死んでいくんだろうな」と思ったら案の定その通りになってしまいましたし・・・。

・・・割と途中からこの後の話の展開が読めてしまったというのもありますかね。
前篇に引き続き「死ぬんだろうなぁ」と思っていた人達は大体皆死にましたし、超大型巨人の正体なんかも鎧の巨人が出てきた時点で「あ、そういう事か」と分かってしまいましたし。
まぁ、それらは様式美と言えば様式美なんですけれども、もうちょっと捻って欲しかったなぁ、というのは多分にありましたかね。様式美で言えば、クバルさんがラスボスらしい台詞を一通り吐いた後に超大型巨人になったのは、もう何というか凄まじい「特撮感」の伴った様式美のような気がしましたが(笑)。
唯一予想外だったのは、ソウダのおっさんの思いのほか早い退場でありましたかね。よもや後篇冒頭で死んじゃうとは思いませんでしたので、もうちょっと引っ張って様々な謎を解き明かしてから死んでいく役回りだと思っていたので、これにはびっくりしました。
あと、キャラクターの死に様としてサンナギの死に方は非常に熱いものになっていましたが、反面、あんなに引っ張ったのにジャンが「気付いたら死んじゃった」みたいなのはどうかと思いましたけど。

そういった諸々のゴタゴタはありましたが、しかし中盤からの巨人化エレンと巨人化シキシマの戦いはもう色々と込み上げるものがありました。怪獣大決闘ですよ、怪獣大決闘! 管理人、超、笑顔です(笑)。
やたら冗長な説明ゼリフも、やたらクドいエレンとシキシマのバトルシークエンスも、この怪獣決戦のカタルシスの前には吹っ飛んでしまいます。やれ! やっちまえッ!!
そして怒涛の超大型巨人との最終決戦ッ! これまた凄い迫力を持った特撮映像で仕掛けてきやがった! そうだ、これだ! コレが観たかったんだッ!!
・・・等といった風に感じてしまうのは、やっぱり管理人が特撮怪獣脳だからなんでしょうなぁ・・・。
でも、この映画の肝って、結局この部分に集約されると思うんですよね。それがこの映画の大きな魅力でもあり、同時に欠点でもあるのでありましょう。
嗚呼、やっぱり荒れそうだ(笑)。


さて、本作の特撮面についてでありますか。

まぁ、まず何が言いたいかと言いますと、「特撮すげぇッ!!」なんですよね(笑)。前篇も含めて、『進撃』はこれまでの日本映画に無い規模で本編と特撮の融合が図られていたと言えるのでは無いでしょうか。いや、ここで言う「特撮」というのは、「日本映画の枠組みとしての特撮」と言うべきなのかも知れませんが。
ネットではチラホラ「ショボいCG」とか「笑止千万な特撮」みたいな言説で酷評されたりもしとるのではありますが、じゃああんたらはどんな特撮だったら満足するのかと、管理人は言いたくなっちゃう訳でございますよ。
ハリウッド並の特撮をやるには日本映画の枠組みでは予算も時間も足りない訳ですし、かと言って「どうせ日本の特撮なんだから」と手を抜いている訳でも無い。寧ろ、限られた時間と予算(と言っても日本映画の枠組みの中ではかなり大きな規模になってはいるようですが。)の中でハリウッド級の映画に見劣りしないような映像にすべく、SFX・VFXを含めてありとあらゆる特撮技法が尽されておった訳であります。
実際に完成した映像を観ると、かなりの迫力と熱量を持った映像として仕上がっていると言える訳でありまして、その点では決してハリウッドの大バジェット映画の特撮に劣ってはいないと考える次第であります。後述のように合成技術的・予算的な溝はあるにせよ・・・。

部分部分では「本物に見える」という特撮カットも相当数存在しましたし、パンフレットのメイキングで初めて「実物セットだと思ったらミニチュアだったの!?」というのが分かるようなモノも多々ありました。これはCGと思ったものがミニチュアだったり、その逆もあったり。特撮好きとしては大変満足しておる訳であります。映像ソフトに付いてくるであろうメイキング映像も見たいっす。
前篇で「装甲輸送車のシーンは部分的にミニチュアが使われているんじゃないか?」的な事を感じたのでありますが、まさか輸送車が動いているカットは全部ミニチュア撮影だったとは思いませんでしたよ! 6分の1スケールで自走するミニチュアモデルだと、そらリアルな表現をする事ができますわ。
多分、『進撃』で特撮的に種明かしされて一番驚いたのはコレですね(笑)。

そして、先程「怪獣大決闘!」と書いた、巨人同士の戦闘シークエンス。
巨人化エレンと巨人化シキシマの格闘などはまさに『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』を彷彿とさせられましたが、重量感・巨大感が非常に良く演出されており、そこに確かに「巨人同士の戦い」が繰り広げられておるのだという実感を伴ったものとなっておりました。ミニチュアの壊しもふんだんにやってくれていましたしね。
着ぐるみの造型も素晴らしく、ライティングも同居撮りでありましたので光源の不一致というのも無く、かなり自然な映像であったと思います。まさに、管理人が望む映像がそこにありましたね(笑)。1954年の『ゴジラ』以来の着ぐるみ特撮は、このレベルまで来たのかと思うと、実に感慨深くなります。

そして、クライマックスに登場するクバル主管の変身する超大型巨人の表現であります。
前編で管理人は、「作り物感があるのが残念だ・・・ッ!」という旨の感想を抱いた訳なのですが、この後篇ではその「作り物感」は殆ど払拭されており、圧倒的な存在感と生物感を放つ「ラスボス」として表現されておりましたね。
まさに、この後篇で今回の目玉として相応しい存在として完成したと言う事が出来るのではないでしょうか。

管理人としては全体的には非常に満足している、『進撃の巨人』の特撮表現。
ただ、敢えて、敢えて言うならですよ。ひとつだけ大変な不満点が管理人にはある訳であるんですよね。単刀直入に言うとそれは、「背景」であります。
前後篇共にこの映画ではVFX合成で背景が表現されている為、どことなく「セットの中」を感じさせられるような画作りになってしまっているのではないかというのを感じました。
いや、実のところコレは『巨神兵東京に現わる』から感じておった訳なんですけれども、もうちょっとどうにかならなかったのかなぁと思わざるを得ません。いわゆる「平成ゴジラミレニアムシリーズ」にて管理人が感じていた、「背景の合成によるセット感」というのは、2015年現在になっても払拭することはできないのか、と・・・。立体機動装置の合成もそうですが、まだまだ合成、コンポジット技術に関しては改善の余地アリという事でありましょうか。やっぱり光源と色調の問題なような気もしますかね・・・。

この問題は純粋にセットの広さというのもあるんでしょうけど、しかしその条件だと現在放送されている『ウルトラマンX』も同じな訳で、『X』はかなりセット感が払拭されているのを鑑みると、この『進撃』でも何とかならんかったのかなぁと思わざるを得ません。やっぱり見せ方の問題なのか・・・。『X』は背景がホリゾントで『進撃』は背景が合成という大きな違いもあるんでしょうが。
更に、『X』は現代日本、『進撃』では退廃した未来を描いた作品という差異はあるんですけれども・・・。それに、『進撃』は「壁の中」というある種閉塞した空間での物語でありますので、それはそれで「狭さ」を感じさせる演出という事も・・・ダメか(笑)。
この問題は、来年の庵野・樋口版『ゴジラ(仮)』で払拭されると良いなぁと思うのでありますが、さて・・・。


前後篇含めて、全体を通して大小様々な粗は確かにありますが、しかし監督以下スタッフ・キャストの熱量と執念がそのまま画面から放出されてくるような、非常にエネルギッシュな作品として、この『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』二部作は仕上がっていたと思います。決して「駄作」とか「ダメ映画」とか言われてしまうような映画では無いと思うんですよね。管理人としては「快作だった!」と言いたいです。

2015年怪獣の夏」の目玉として相応しい出来だった、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』二部作。
この作品で培われた特撮技術やノウハウがまた、次の作品にフィードバックされると思うと、来年のゴジラがまた楽しみになってくるところでありますなぁ。


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2015/09/20 11:57|特撮怪獣TB:0CM:2

緻密なシナリオとリアリティ溢れる特撮で撮られた、怪獣映画の決定版! 『ガメラ 大怪獣空中決戦』 

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』も無事公開したことですし、平成ガメラ三部作の記事が『2』だけというのもアレなんで、本日は『ガメラ 大怪獣空中決戦』について、少し書いてみようかなぁと思う次第であります。
それにしても、新作ガメラの話はどこに行ってしまったんだ・・・。

平成ゴジラVSシリーズ』が軌道に乗り、安定した興行収益を上げていた頃、それにあやかる形で、大映ではガメラ復活の企画が打ち立てられました。そうして完成したのがこのガメラ生誕30周年記念作品でもある『ガメラ 大怪獣空中決戦』であります。
大映は1970年代の映画斜陽期に経営不振に陥ってそのまま立て直せず、以降は様々な会社に合併吸収されるという苦難の歴史を辿っている会社(現在はKADOKAWA傘下ですし。)で、90年代当時は徳間書店の傘下企業でありました。単独配給もままならず、本作も、制作は大映、配給はゴジラの東宝という体制で公開されております。きっとガメラも悔しかったに違いありません(笑)。

ガメラ 大怪獣空中決戦

ガメラ 大怪獣空中決戦』は、1995年公開の特撮怪獣映画。
管理人が本作を初めて観たのは、恐らく公開後1年くらい経った頃の、TVでの地上波放送の折だったと思います。平成ゴジラVSシリーズは劇場に観に連れて行ってもらっていたのですが、何故かこの『大怪獣空中決戦』は連れて行ってもらっていないんですよねぇ。何故だろう・・・と思ったら、恐らくアレですわ。阪神淡路大震災。実際『2』の時は連れて行ってもらった記憶があるので、恐らく現実世界で起きている災害に怪獣映画を重ねて欲しくないという管理人の両親の意図が働いたんじゃなかろうかと。違うかも知れませんが(笑)。
監督は後に『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』を手がける事にもなる、金子修介、特技監督は樋口真嗣、脚本はアニメ『機動警察パトレイバー』などでお馴染みの伊藤和典、といった制作陣で挑んだガメラ復活作。
そのあらすじは、以下のような感じになっております。

太平洋上を漂流する謎の環礁の出現による座標事故が相次ぎ、海上保安庁の米森良成と保険会社の草薙直哉を中心とした調査団による、大規模な調査が行われた。
そして調査の結果、漂流環礁は黒潮に乗って日本に近付いている事が判明する。環礁の上からは、謎の石版と大量の勾玉が発見された。

同時期、長崎県五島列島・姫神島にて、島民が全滅するという謎の怪事件が起きる。島からの最後の通信は、「鳥! 鳥……!」という不可解なものであった。姫神島では新種の鳥が発見され、大学の研究員が現地調査を行っていた折でもあった。
警察から調査を依頼された鳥類学者の長峰真弓は、その姫神島で島民と研究員達を喰ったと目される怪鳥を発見する。

政府は、この怪鳥を希少生物であると断定、怪鳥捕獲作戦を実行する。長峰が中心となって立てられた作戦により怪鳥は福岡ドームに誘導され、作戦は成功するかに思えたが、しかしその時博多湾に、環礁の正体である巨大怪獣が出現する……。


本作はまず、シナリオが圧倒的に良く出来ているんですよね。
ガメラとギャオスの自出と、何故ガメラとギャオスが出現したのかという理由付け。ガメラの回転ジェットで空を飛ぶという事やギャオスの放つ超音波メス等の、旧作より描かれてきた怪獣のキャラクターを逆手にとった「人造怪獣」という設定には唸らせられます。そう来たか、と。
また、1967年公開の『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』に於いては、発見した少年の「ギャオーって鳴き声だから【ギャオス】なんだよ!」という一声でギャオスは命名されてしまったのですが、今回は古代文明の遺跡に残された碑文から、ガメラとギャオスという怪獣の名前が決定。おおっ、古代文明の人達のネーミングという事にすれば、違和感無く怪獣の名前を受け入れる事が出来る!
更に、ガメラが「巨大な亀」であるという事を想起させる要素を一切排除したシナリオ構成。設定上では、亀という生物は恐竜と一緒に絶滅しちゃった事になっているとか。それはそれで、亀にまつわる様々な文化やら言葉やらが無くなってしまって色々と大変な気もしますが、まぁ、あの世界では色々な代替語や代替文化が栄えているのでありましょう。
・・・徹底したリアル志向でガメラを撮ろうとすると、昭和ガメラの印象や設定はともすればギャグとなってしまう訳でありますので、、そのあたりに対する色々な面で苦心する制作陣の姿が見え隠れしてくるような気も、します(笑)。
金子監督の著書によれば、「ガメラのイメージを壊してはいけない」とする大映上層部とリアル志向で行きたいという制作陣の折衷に苦労したという話もありますので、ガメラのイメージを守りつつその上でリアルな怪獣映画を目指すというのは困難を極めた事でありましょう・・・。

そして、本作は「もし現代日本に怪獣が出現してしまったら?」という事の緻密なシミュレーションともなっております。
長崎県五島列島に出現した怪鳥による島民全滅、国主導による怪鳥の捕獲作戦、怪獣出現に伴う経済への影響、対応に追われる国会、それらとは裏腹に呑気な日本国民、何でも怪獣のせいにしようとする世論、怪獣の東京襲来に伴う都民の避難に3週間かかるという現実・・・。
実際に我々の住む現代日本に怪獣が出現すると、まぁ、この『大怪獣空中決戦』みたいな状況になってしまうでしょうね。

ここでちょいと個人的な話をしますと、本作の前半部分は福岡が主な舞台となっておりまして、福岡で育った管理人にとっては色々と思い出深い場所が矢継ぎ早に出てくるんですよ。
本作のヒロインである長峰真弓の務める福岡市動植物園には遠足で行ったりもしましたし、ギャオス捕獲作戦が行われた福岡ドーム(現ヤフオク! ドーム)には、ホークスの応援に行ったりもしました。ガメラ出現に伴う避難区域には管理人がかつて住んでいた地域なんかも含まれていたりもして、「うぉっ、逃げなければ!」という気分にもなりますし(笑)。
怪獣が進行する位置関係なんかも完全に現実のそれと一致している訳でありますので、この『大怪獣空中決戦』がいかに緻密に構成されているのかという事を伺い知る事が出来ます。やっぱり怪獣映画の醍醐味のひとつは、「見慣れた街に怪獣が出現する」という点でありますなぁ・・・。
怪獣が出現する」という大嘘を描いている分、周囲の考証はキッチリしておくべきであるというのがあると思うのですが、この『大怪獣空中決戦』以下、平成ガメラ三部作では、そのあたりが非常によく出来ていると思います。

さて、本作に登場する怪獣である、ガメラとギャオスについて。

昭和のガメラが、目が血走っているなど割とキレた感じの造形だったのに対し、本作のガメラの造形は、どちらかといえば「可愛い」系統に部類すると思います。
元来ガメラは「子供の味方」ではあるのですが、本作が割とリアル志向の作品に仕上がっており、勾玉を通してガメラと交信する少女、という要素くらいしか「子供」との結びつきが無い為、ガメラの造形で「子供の味方」である事を体現するという目的もあったのではなかろうかと思います。一目見て「これは僕たちの味方だ!」と分かる造形であるというのは、実に見事でありますよね。
本編でのガメラの行動を見ても、「人類守護」を念頭に置いてあり、旧作からの、「人類の味方」というゴジラとの差別化が、ここでも活きてきている訳であります。しかし、ガメラが身長80メートルの大怪獣であるが故に、人類側からは敵視され続け、自衛隊から攻撃を受けたりするあたりが辛いところでりますが・・・。そのあたり、初視聴時、子供だった管理人は、「なんで大人は分かってくれねぇんだよ!?」という気分になったような気がします(笑)。

一方のギャオスは、登場した時は怪獣サイズでは無く「大きな鳥」といった感じで、人を喰らう害鳥(実質としてはコウモリに近い奴だとは思うのですが。)というような存在だった訳でありますが、人類側からは「保護すべき貴重種」とされてしまい、自衛隊の攻撃も優先してガメラに充てられる事になりましたので、観客の目線としてはギャオスは本当に憎き悪役、という感じになっておりました。造形からして「人類の敵!」という感じであり、設定の上でも作劇の上でも、ガメラとは対照的な存在であると言う事が出来ると思います。
しかしまぁ実際にギャオスみたいな奴が出てきたら保護対象にはならないような気もしますが、しかし一度出されてしまった政府決定はメンツやら何やらでなかなか覆せないというあたり、なかなかリアルなストーリー展開でありました。

さてさて、本作の特撮面についてであります。

全体を通して言えるのは、ミニチュアワークの精巧さと、徹底した人間目線のカメラワークでありますね。
平成ゴジラVSシリーズ』の怪獣演出が、割と「神の目線」から捉えたカメラワークで構成されていたのに対し、平成ガメラ三部作ではほぼ一貫して人間の目線からのカメラワークで怪獣を捉えており、怪獣の巨大感や臨場感を出す事に成功していると言う事が出来ると思います。
しかしながらまぁ、「人間からの目線」というカメラワークは、平成ゴジラVSシリーズのようにセットの端から端までミニチュアを並べてその中で怪獣にバトルさせる、というような怪獣演出が予算(平成ゴジラが15億円前後の予算規模で撮られていたのに対し、『大怪獣空中決戦』は6億円程度の規模の予算であったそうであります。)の都合上出来なかったからというのも多分にある訳でありますが・・・。
その分ミニチュアを精巧に造り込んでいったというのもある訳でありますが、結果として予算以上の効果を得る事が出来ているように思います。看板の文字までバッチリ読めるレベルで書いてあるなんて、並大抵の造り込みではありませんよ。

特筆すべきはやはり、「自然光」を用いた撮影でありますかね。
屋内セットでのミニチュア撮影は、「照明」という圧倒的な壁と戦わなければなりません。ミニチュアをリアルに見せようとすれば、それ相応の光量が必要であり、そこに来ると本物の太陽の下で撮影する「自然光撮影」が一番である訳でありますよ。
ただ、オープンセットでの撮影は、天井も壁も無い為、吊り操演がやりにくかったり、風などの影響で火薬が狙い通りの効果を上げてくれなかったり、精巧ではないミニチュアを自然光で撮ると必要以上にチャチく見えてしまったりする等の問題点もあります。そういった点ではやはり屋内セットの方が色々と賢い訳で、そのあたりの使い分けがポイントになってくるのでありますね。
この『大怪獣空中決戦』では、操演等との兼ね合いから、オープンセットと屋内セットの使い分けが為されているのではありますが、兎に角自然光撮影が抜群に効果を上げていると言う事が出来ます。

怪獣がフレームインしたり爆発が起きないと本物と見間違えてしまいます。

怪獣がフレームインするまでは本物だと思ってしまうようなカットはいくつもありますし、天井の無い青空の下で行われる怪獣バトルは、爽快感倍増であります。
樋口監督は1985年制作の『八岐之大蛇の逆襲』という自主制作特撮映画にて特技監督として参加しており、同作はアマチュア作品だから出来る全編自然光撮影というとんでもない事をやっていた訳でありますが、この『大怪獣空中決戦』は、『八岐之大蛇の逆襲』で効果を上げた自然光撮影を商業作品でもふんだんに使用した作品であった、と言う事が出来るのかも知れません。

突き抜けた蒼天の元戦う大怪獣

極めつけは東京タワーに巣を作って夕暮れに佇むギャオスでございますよ。コレは、特撮怪獣映画随一の美しい画として仕上がっていると思います。半端無ェ・・・!

特撮怪獣映画史に残る、美しいカット


本作ではまだ比重はそこまで高くは無いのですが、ガメラが回転ジェットで飛び去る3DCGのカットや、東京上空で繰り広げられるガメラとギャオスの空中戦の合成カット等、ここぞという時にVFXが効果的に使用されておりまして、低予算でありながらもこの当時の最先端の特撮をやってやろうという、樋口監督以下特撮スタッフの意気込みを感じさせられますね。

回転ジェットで体当たり!(※体当たりはしません)

全体を通しては、「怪獣映画の王道で、これまでに無い怪獣映画を創ってやろう!」という気概が全編に渡って満ちている作品であり、そして実際に優れた怪獣映画として完成している、素晴らしい作品であると思います。クライマックスの東京での決戦のミニチュアワーク含めて、管理人も大好きな作品であります。
一方で、制作陣が「ガメラ」という企画を体よく利用して自分達の怪獣映画を撮った」という側面も多分にあると思うんですよね。そのあたりはやはり、昭和のガメラ世代の方々にとっては色々と思うところもあるようですが、そのあたりはまぁ、どうなのかなぁ、と。
しかしながら、平成ガメラ三部作は、平成ゴジラVSシリーズや平成モスラシリーズと共に90年代の怪獣映画ブームを作り上げていった作品群でもありました。その時代を幼少期に過ごした者にとって平成ガメラ三部作は、やっぱり思い入れの深い作品群であるんですよね。
・・特撮怪獣ファン界隈の間では、平成ゴジラを叩く為に平成ガメラを持ち上げる、みたいな殺伐とした風潮があったりもしていまして、両方共好きな管理人のような人間にとっては割とうんざりとしてはいるんですが。

まぁ、良い作品には変わり無い、と。
非特撮怪獣ファンにも予備知識無しで薦める事が出来る、数少ない怪獣映画ですしね!


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